現代アートの美術館とコラボした、メキシコ新鋭による実験小説。

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    『俺の歯の話』

    バレリア・ルイセリ 著 松本健二 訳

    現代アートの美術館とコラボした、メキシコ新鋭による実験小説。

    今泉愛子 ライター

    本書は、少し風変わりな小説だ。主人公はハイウェイと呼ばれる男で、長く勤めたジュース工場のこと、オークションでマリリン・モンローの歯を手に入れ、その歯を自らの歯と差し替えたことを語る。彼が競売人となり、最初にオークションにかけたのは、その時に抜いた自分の歯だ。
    さらに「小ネズミと大ネズミの着ぐるみ」や「バオバブの盆栽」など、オークションにかけたものを解説するが、話術に長けたハイウェイの話はどれもすぐに買いたくなるほど愉快だ。
    最終章では、友人で作家志望の男が、これまで語られなかったハイウェイの人生を解説し、最後に遺書を公開。ひとりの男の物語はここで完結する。
    この小説は、あとがきに書かれた創作の経緯を読むとさらに楽しめるだろう。発端はこうだ。著者のバレリア・ルイセリは、飲料メーカーのフメックス社が出資する現代アートを扱うメキシコのフメックス美術館から、展覧会カタログへの寄稿を依頼された。テーマはアートと社会との関係性。そこでルイセリはまず、フメックスのジュース工場の工員向けに物語を執筆。これが冊子にまとめられ工員に配布された。工員の感想をもとにルイセリが改稿して物語を完成させ、カタログに掲載。作中でオークションに出された『バオバブの盆栽』は美術館で実際に展示されたアートだ。
    これをメキシコで書籍化する際、ルイセリは手を加え、英語版ではさらに推敲と書き直しを行った。メキシコに生まれてアメリカ在住のルイセリは、スペイン語でも英語でも執筆するため、翻訳する際に改稿することがよくあるという。従来の小説の枠組みを超えた本書は、現時点でも完成形ではないかもしれないが、描かれた男の人生は実に味わい深い。

    『俺の歯の話』 バレリア・ルイセリ著 松本健二訳 白水社 ¥3,080(税込)