透明感のある映像美と、ナチスが恐れた強い意思。

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    『名もなき生涯』

    テレンス・マリック

    透明感のある映像美と、ナチスが恐れた強い意思。

    高松啓二イラストレーター

    テレンス・マリック監督のもとに、『イングロリアス・バスターズ』のアウグスト・ディール、『エゴン・シーレ 死と乙女』のヴァレリー・パフナー、昨年、他界したブルーノ・ガンツなどヨーロッパの名優が集まった。

    マジックアワーと呼ばれる日没前の太陽光で撮影することで知られるテレンス・マリック監督。寡作な映画作家だが、今作はナチスへの忠誠を拒絶して処刑されたフランツ・イェーガーシュテッターの実話を映画化した。
    1939年、オーストリアのザンクト・ラーデグントで農家を営むフランツと妻のファニは幸せに暮らしていた。オーストリアはドイツに併合され、フランツはドイツ軍兵士として軍事訓練に招集される。その後故郷へ戻るが、信仰を理由に兵役を拒否。村人からは猛反発され、孤立してしまう。ついに彼の元に召集令状が届くが、ヒトラーへの忠誠を拒否したために投獄される。しかしフランツは拷問や執拗な説得にも応じず信念を貫く──。
    オープニングからローアングルで山々と農夫の営みをていねいに描く。自然光で撮影している効果で透明感のある独特の映像美を創り出している。特に草原で寝転ぶフランツとファニのシーンは、手前に人間、その向こうに教会、包み込むように山と空が広がり、宗教画を思わせる。セリフも散文詩的で神と対話している感じがする。
    しかし、拘置所に収監されると様相が変わる。壁と床に囲まれ、光も射さず、神が居ない世界になる。故郷との対比がさらに閉塞感を出す。この光の演出と宗教観こそがマリック監督の特徴的な演出である。ストーリーよりも映像で語りかけるので、絵画鑑賞した気分になる。フランツが捕らえられ、処刑されるまでは半年足らずだ。ナチスが用意した形だけでも忠誠するフリさえすれば無罪放免にする、という取引にもフランツは頑なに拒む。
    この強烈な意思が、ナチスが恐れる“力”なのだ。それはマリック監督の強い作家性を貫く姿勢にも通じるものがあり、この主人公に惹かれたのもわかる気がする。多くの無名の意思が、世界を変える原動力となる。

    『名もなき生涯』
    監督/テレンス・マリック
    出演/アウグスト・ディール、ヴァレリー・パフナーほか
    2019年 アメリカ・ドイツ合作映画 2時間55分 2月21日よりTOHOシネマズシャンテほかにて公開。
    http://www.foxmovies-jp.com/namonaki-shogai/