黒人カップルの受難を描いた、人生の「痛み止め」

『ビール・ストリートの恋人たち』

バリー・ジェンキンス

黒人カップルの受難を描いた、人生の「痛み止め」

菅付雅信 編集者

運命の恋人を演じるのは、オーディションで選ばれた女優キキ・レインと『栄光のランナー/1936ベルリン』の主演で脚光を浴びたステファン・ジェームス。ヒロインの母親を演じたレジーナ・キングが今年の賞レースを騒がせる名演を見せている。© 2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

「幸福とは不幸でないこと」というシニカルな定義があるように、幸福は不幸とのコントラストによって輝きを放つ。その文脈に沿って本作を形容すれば、とても不幸で幸福なカップルの映画と言えるだろう。
前作『ムーンライト』がアカデミー作品賞を獲得したバリー・ジェンキンス監督の新作は、彼が敬愛する作家ジェイムズ・ボールドウィンの小説を原作とし、1970年代のニューヨークを舞台にした若き黒人カップルの物語。彼氏がレイシストな警察官により婦女暴行の疑いで投獄され、彼女と家族は彼の無実の罪を晴らすべく奔走する。しかも彼女は身重で、日々大きくなるお腹を抱えて留置所に通い詰め、ガラス越しにふたりの愛を確認する。
ジェンキンス監督は『ムーンライト』で黒人少年の過酷な成長譚を、耽美的なカメラワークと物語と呼吸するかのような音楽&選曲で芸術的に描いたが、その手法は本作でさらに進化。貧しく不幸な黒人カップルを芳醇なライティングのもとに描き、甘いソウルミュージックが物語全体を包み込むように響き渡る。香港映画のウォン・カーウァイの傑作『花様年華』を想起させる、物語よりも映像美と音楽に酔う、きわめてムーディーな作品だ。しかしそのムーディーさは、ソウルミュージックが果たしたように、黒人がタフな現実を生き抜くための「痛み止め」としての甘さだ。
物語は、お互いがガラス越しに引き裂かれたまま、新しい命が誕生。やがて幸福な結末が……と紋切り型にしないところがジェンキンスらしさか。しかしそれゆえに、彼らの幸福の噛み締め方が切実に伝わってくる。若きふたりの愛を確かめる試練としての苦さとそれを乗り越えた者がもつ甘き至福感。『ビール・ストリートの恋人たち』は幸福について思いを巡らす、ムーディーな人生の痛み止めだ。

『ビール・ストリートの恋人たち』
監督/バリー・ジェンキンス
出演/キキ・レイン、ステファン・ジェームス、レジーナ・キングほか
2018年 アメリカ映画 1時間59分 
https://longride.jp/bealestreet

黒人カップルの受難を描いた、人生の「痛み止め」