役所広司の名演技に引き込まれ胸かきむしる傑作『すばらしき世界』。

  • 文:斉藤博昭

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『復讐するは我にあり』の佐木隆三の原案小説『身分帳』を映画化。これまでオリジナル作品を手がけてきた西川美和監督にとって初の原作ものとなる。役所広司演じる主人公に接近し、絆を結んでいくテレビマンを仲野太賀が演じる。 ©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

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映画のタイトルは、物語やテーマを単刀直入に表現するものが圧倒的に多い。しかしタイトルが皮肉めいていたり、想像力を刺激したりして、実際に作品を観て予想を裏切られるケースも稀にある。そうした作品に傑作が多いのも事実で、この『すばらしき世界』は明らかに後者に属するだろう。

主人公の三上正夫は、14歳で少年院に入って以降、犯罪を繰り返し、殺人の罪で13年の刑期を終えたばかり。身元引受人の弁護士夫婦に温かく迎え入れられるも、新たな仕事を見つけるのは一苦労で、更生への道は険しい。自由を手に入れたはずの彼にとって現実は「すばらしい世界」と真逆。三上を受け入れない側にも問題があるが、社会のルールに従うことができず、ちょっとしたことでキレてしまう本人にも原因がある。両者の言い分に引き裂かれるようなやるせない状況や、彼の日常を追うメディアの功罪が描かれ……と物語を書くと、ガチな社会派作品みたいだが、三上の突拍子もない言動や意外にほんわかした周囲とのエピソードも盛り込まれ、作品自体は軽やかに心に入り込む印象。リアルな会話で観る者を引き込み、余計な説明セリフを排除しながら人間の心の裏オモテを鮮烈に伝える展開に、『ゆれる』を始め、これまでの監督作で脚本も手がけてきた西川美和の熟練の技が光る一作だ。

そしてなにより、切実な運命を背負い、粗暴で自己中心的、邪悪な本質も顔を出すが、それでも憎めない主人公の三上。その複雑なキャラクターに観客の心をざわめかせつつ感情移入させる高難度の表現に、役所広司の実力を目の当たりにする。内なる怒りと闘うシーンは奇跡レベルの名演技で、元殺人犯の中年男に強引に感情移入させられた我々は、ラストシーンの後、三上にとって「すばらしき世界」とはなんだったのか、胸をかきむしられ、想像の翼を広げることになる。

©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

『すばらしき世界』
監督/西川美和
出演/役所広司、仲野太賀ほか 2021年
日本映画 2時間6分  2月11日より全国の劇場で公開。
https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/