変身を続けてきた、森村泰昌の集大成かつ新たな出発。

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    『森村泰昌:エゴオブスクラ東京2020−さまよえるニッポンの私』

    原美術館

    変身を続けてきた、森村泰昌の集大成かつ新たな出発。

    赤坂英人美術評論家

    『モデルヌ・オランピア2018』 2018年  ©Yasumasa Morimura

    『なにものかへのレクイエム(MISHIMA, 1970,11,25-2006,4,6)』 2006年 三島由紀夫との対峙をテーマに制作された作品。 ©Yasumasa Morimura

    『ポートレイト(女優)/駒場のマリリン』 1995~2008年 この写真は、かつて三島が東大全共闘と討論会を開いた900番講堂で撮影された。 ©Yasumasa Morimura

    ゴッホの自画像に扮した自らを収めた写真で、1980年代中頃に世界の美術シーンに登場して以来、活躍し続けてきたアーティスト、森村泰昌。彼の集大成、また新たな出発となるような展覧会が開催されている。会場は東京・品川の原美術館だ。
    彼はこれまで「セルフポートレート」の手法を大胆に使い、ヨーロッパの名作絵画に描かれた人物や、誰もが知っている映画に登場した名女優たちに幾度となく変身してきた。今回は変身にさらなる趣向が凝らされている。
    軸となるのは、自ら脚本・演出を手がけた映像作品『エゴオブスクラ』である。森村は、その映像と本人による生身のパフォーマンスをかけ合わせ、より明確なメッセージを投げかける。「内面奥深く、私の中心らしきところをいくら探しても、『真理』に出会うことなどはあり得ず、ただただ、そこには『空虚』が広がっているだけなのだということを、私は子どもの頃からよく知っていた」。「真理や価値や思想というものは、私の身体の外側にあって、それはまるで『衣服』のように、いくらでも自由に着替えることができるのだ。そのように捉えた方が、私にはずっとよく理解できた」。これらの言葉は『エゴオブスクラ』内で語られる、メッセージの一部である。森村は戦前の教えが戦後、一気に否定され、西洋の価値観で埋め尽くされてしまった日本の近現代史を、表現を通して語る。サブタイトルの「さまよえるニッポンの私」は、戦後の1951年に生まれ、変身し続けてきた自身への皮肉だろうか。
    さらに自由な解釈をすれば、今回の個展は、森村が作品を愛読していた三島由紀夫が予見した、日本の終末に対する森村流のレスポンスだろう。なぜなら、今年は日本とその文化の将来に、深い絶望と希望を抱きながら三島が亡くなってから半世紀が経つ年なのだから。

    『森村泰昌:エゴオブスクラ東京2020−さまよえるニッポンの私』
    開催期間:開催中~4/12 
    会場:原美術館 
    TEL:03-3445-0651  
    開館時間:11時~17時(水曜は20時まで)
    ※入館は閉館の30分前まで 定休日:月(2/24は開館)、2/25 
    料金:一般¥1,100
    www.haramuseum.or.jp