執念がなしえた描写か!? 凄味さえ漂う吉村芳生の鉛筆画を東京初の回顧展で目撃せよ。

  • 文:はろるど

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『新聞と自画像 2008.10.8 毎日新聞』2008年 鉛筆、色鉛筆、水性ペン、墨、紙 個人蔵。新聞紙の上に自画像が描かれていますが、よく見ると新聞も鉛筆で描かれています。自画像は吉村のライフワークで、実際の新聞紙の上に自画像を描いたタイプの作品を合わせると、2000点を超える自画像を残しました。

画家、吉村芳生(1950〜2013年)。「描く」ことに対して執念を感じる作家です。たとえば新聞の上に自画像を描いたシリーズ。なんと新聞の活字もすべて描いています! 『ジーンズ』は、布目まで丹念に描いた鉛筆画。「うまい!」と唸ってしまいますが、単にジーンズを熟視して描いたわけではありません。まず、ジーンズを撮影した写真を引き伸ばして2.5mm四方のマス目を書き、1マスずつ鉛筆で写し描くという手のかかるプロセスを経ているのです。吉村は「自分の手を、目を、ただ機械のように動かす」と語りました。自画像も花畑の絵も、多くは写真を拡大・転写した上で方眼を書き、1マスごとに埋めるようにして描いています。まるでデジタル画像を、1ピクセルずつ人の手で再現するかのようです。超絶技巧という言葉ではくくれない前人未到の凄味こそ、吉村のオリジナリティでしょう。

この驚異の鉛筆画が脚光を浴びるまでには、長い時間がかかりました。吉村は1950年、山口県に生まれ、初め版画で名を挙げましたが一部で評価されるに留まっていました。2007年、『六本木クロッシング展』(森美術館)に出した作品群が注目され、現代アートの最前線に躍り出ます。吉村が57歳の時でした。しかし2013年に惜しまれつつ世を去ります。
全62件700点以上で構成された東京ステーションギャラリーでの展覧会は、中国地方、四国地方以外で初めて開かれる吉村の回顧展です。技巧を超えた驚愕の世界を、この機会にぜひ自分の目で確かめたいものです。

『ジーンズ』1983年 鉛筆、紙 個人蔵。「ドローイング 写真」と呼ばれるシリーズのひとつ。初期の吉村は、こうしたジーンズの他、川辺、通り道、駐車場など、身近でありふれた風景を版画や鉛筆のドローイングで表現しました。

『無数の輝く生命に捧ぐ』2011〜13年 色鉛筆、紙 個人蔵。1985年に山口へ戻った吉村は、同地で目にした自然にインスピレーションを受け、色鉛筆で花を描くようになりました。この満開の藤を描いた作品は、写真をもとにし、実際の状態よりも横に伸ばしています。吉村は、花の一つひとつが、東日本大震災で亡くなった人の魂だと思って描いたそうです。

2013年の作『コスモス(絶筆)』の展示風景。吉村の絶筆です。描写は左から右へ進み、4分の1ほど残して留まっています。残りの画面には下書きもなく、小さなマス目の線が引かれているのみ。ここでも吉村はマス目に従って描いたことがわかります。 photo: Harold

『吉村芳生 超絶技巧を超えて』

開催期間:2018年11月23日(金・祝)〜2019年1月20日(日)
開催場所:東京ステーションギャラリー
東京都千代田区丸の内1-9-1
TEL:03-3212-2485
開館時間:10時~18時(金曜は20時まで)※入館は閉館30分前まで
休館日:月(12/24、2019/1/14は開館)12/25、12/29~2019/1/1
入場料:一般¥900(税込)
http://www.ejrcf.or.jp/gallery