あえてサイズを“縮小”して見えてきたものとは? 写真家・上田義彦さんが新作『林檎の木』を熱く語ります。

  • 文:牧野容子

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『林檎の木1』イメージ部分 ©Yoshihiko Ueda, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

「今回の『林檎の木』は、僕にとって、改めて写真について多くのことを考えるきっかけを与えてくれた作品です」

2018年1月13日まで小山登美夫ギャラリーにて開催され、大盛況のうちに終了した展覧会『林檎の木』について、こう振り返る上田義彦さん。写真家として30年以上第一線で活躍を続け、東京 ADC 賞最高賞、ニューヨークADC賞、日本写真協会作家賞など、国内外のさまざまな賞を受賞。これまで35冊の写真集を刊行している上田さんの最新作『林檎の木』は、訪れた多くの人々を魅了しました。上田さんとその “林檎の木”の突然の出会いは、2013年のこと。

「仕事で群馬県を訪れた際に移動中のタクシーの窓から見えた、たわわに実った林檎の木。ほんの一瞬の出来事であったにもかかわらず、僕は強烈な印象を受けました。強い日に照らされた赤い実の美しさに惹かれると同時に、懐かしいという気持ちが沸いてきたのです。それは前にどこかで見たことがあるものに対する懐かしさ、というのではなくて、脳が求めていたもの、見たがっていたものに出会った懐かしさ……。実のなる木に対する、生命としての根源的な感覚だったのだと思います」

その光景が頭の中でフリーズしたまま時が経ち、どうしてもまた会いたくなって、3年後の16年に群馬県川場村を再訪。役場でそのイメージを伝え、無数にある果樹園の中から、ついにその木を探し当てました。

「現地に行ってわかったことは、それは村でいちばん古い林檎の木だということでした。何十年という歳月を生きてきた、その生命力みたいなものも、僕を惹きつけた一因だったのかもしれません。見ているうちに嬉しくなって、すぐに撮影を始めました。1日、2日と撮るうちに、林檎の木の命が最も輝いて、生き生きと見えるのは朝だということがわかってきました。面白いもので、夕方には別の感情が出てきます。それは全部、光によって起こっていることです。夕日が落ちて、いったん終わった命が朝日とともに再生される。その繰り返しの中で、朝の強い日を受けて、林檎の赤い実や緑の葉が放つエネルギーを感じながら、シャッターを切り続けました。その間、僕の体も光に包まれ、沸き上がってくる喜びが身体全体に満ちていました」

古い友人との久しぶりの邂逅を慈しむような、林檎の木との濃密な対話の時間。納得のいく数日間を過ごし、上田さんは村を後にしました。

アクリル製のフレームに収められた『林檎の木』。
上田義彦『林檎の木 5』 2017年  c-print, acrylic frame  
image size: 8.7 x 6.8 cm, frame size: 63.1 x 52.8 cm  
©Yoshihiko Ueda, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

3連作の『林檎の木』。
上田義彦『林檎の木 9』  2017年  c-print, acrylic frame 
image size: 8.7 x 6.8 cm(each), frame size: 52.8 x 124.1 cm  
©Yoshihiko Ueda, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

写真との「親密さ」が伝わる距離を見つけた。

2連作の『林檎の木』。
上田義彦『林檎の木 8』  2017年 c-print, acrylic frame  
image size: 8.7 x 6.8 cm(each), frame size: 52.8 x 124.1 cm  
©Yoshihiko Ueda, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

撮影は無事に終了。しかし、現像する段になって、ひとつの問題が浮上しました。

「8×10インチフィルムを使用した大判カメラで撮影したフィルムをいつものように大きなサイズ(120×170cm)で現像し、プリントした後で、徐々に違和感を感じるようになったのです。撮影していた時の記憶と、目の前にある大判プリントはなにかが違う。大きい写真には強いイメージが出ているけれど、自分は迫力が欲しかったわけじゃない。本来そこに写っているはずのもの……。カメラを持って動いている時に、僕の身体や脳が喜んでいた感覚、その“親密な感じ”が、そこでは失われていたのです。それで、試しにフィルムの原寸の8×10サイズ(20×25cm)で焼いてみたら、意外によくて……」

林檎の木と対峙していた時の“親密さ”をより強く感じられるようにと、上田さんはサイズを徐々に縮小していき、たどり着いたのが87×68mmというサイズ。撮影時のフィルムの8分の1以下の大きさでした。8×10から縮小したのは初めてで、これまで考えたこともなかったという上田さん。そのイメージを印画紙に直接、焼きつけることで、白い余白をたっぷりと生かした『林檎の木』を完成させました。

「印画紙の白は光の色だと思う。昔からこの白が好きなんです」

展示する際は、紙の表情をそのまま見せることができるようにと、フレームのアクリルとアクリルの隙間に印画紙を差し込むという手法を考案。これも初めての試みでした。白い印画紙の光の中で輝く林檎の木。その小さな画面の中には、遥か彼方まで続く無限の空間が広がり、空気の瑞々しさまで伝わってくるようです。

「小さいから近づいて目をこらすと、そこにあるすべての情報が一気に入ってくる。このサイズが、写真との親密な距離の心地よさを僕に見つけさせてくれました」と上田さんは言います。

「それだけじゃない。自分はこれまで“親密さ”を常に感じて写真を撮ってきたのだということを、改めて思い出すことができました。それを見せる段階で、そのような感覚よりも、強さやインパクトや美しさを追求してサイズを大きくしたり、フレームや額のことを考えたりしてきたわけですが、本当に大事なのは、写真との親密な関係性とか、なぜ撮ったのかという想いを伝えることなのかもしれない。それを今回の『林檎の木』の一連の作業で見つけたのだとしたら、それは今後、続けていく価値のあることではないかと思っています。実際、以前の作品を数枚、試しに今回のやり方で現像してみたら、とてもいい感じなんですよ(笑)」

写真は不可抗力で、偶然に満ちたもの。いまだにわからないことだらけで、だから面白い。口癖のようにそう話す上田さん。広告写真でもアート作品でも、上田さんの作品に魅了されるのは、そんな写真に対する常に真摯な眼差しを感じられるからなのかもしれません。『林檎の木』が新たな境地を拓くきっかけになったのだとしたら……。今後の上田さんの制作活動に、さらに注目です。

小山登美夫ギャラリーでの個展『林檎の木』の展示風景。多くの人が、画面を覗き込むようにじっくりと鑑賞していました。

『林檎の木3』イメージ部分  ©Yoshihiko Ueda, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

2018年3月25日(日)まで、gallery916にて展覧会『Forest 印象と記憶 1989-2017』を開催中の上田義彦さん。1957年兵庫県生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科教授。代表作に、ネイティブアメリカンの神聖な森を撮影した『QUINAULT』(京都書院 1993)、屋久島で撮り下ろした森の写真『Materia』(求龍堂 2012)など多数。2015年には、数多くのポートレートや自然、スナップ、広告などを撮り続けてきた自身の30有余年の活動を集大成した写真集『A Life with Camera』(羽鳥書店)を出版。

※小山登美夫ギャラリーで開催されていた上田義彦さんの展覧会『林檎の木』は終了し、現在はgallery916にて下記展覧会が開催されています。

『Forest 印象と記憶 1989-2017』

上田義彦さんが、生けるものの原初の摂理を現す森の姿を約 30年間撮り続けてきた中から、今回は1989年から2017年の最新作まで約50点の作品を展覧。展覧会に併せて写真集『FOREST 印象と記憶 1989-2017』(青幻舎)も出版されます。

開催期間:2018年1月19日(金)~3月25日(日)
開催場所 :gallery916
東京都港区海岸1-14-24 鈴江第3ビル6F
開廊時間:11時~20時(火~金)11時〜18時30分(土、日、祝)
休廊日:月  ※祝日の場合は営業
入場料: 一般¥800(税込)

トークセッション&ブックサイニング

上田義彦氏がゲストの方と対談。
トークセッション後には上田氏によるブックサイニングも行います。

開催日時: 3月3日(日) 16時〜17時30分
ゲスト: 飯沢耕太郎(写真評論家)