トーマス・ルフから森山大道まで、唯一無二の写真集をつくる出版社、トルーカ・エディションズに迫る。

  • 写真・文:中島良平

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現代ドイツ写真界でもっとも注目される写真家のひとり、トーマス・ルフのアーティスト・ブック『TWO WOMEN』。テキストは旧東ドイツ出身の作家であるインゴ・シュルツェが、ケースのデザインは日本の建築家ユニット、アトリエ・ワンが手がけています。

裏原宿のギャラリーTHE MASSを会場に、フランスの出版社トルーカ・エディションズの展覧会『12 TITLES』が2019年3月10日まで開催されています。通常の写真集に加え、プリントした写真を特別にデザインされたケースに収め、異なる手法で綴られたテキストをセットにして、限定版のアーティスト・ブックとして販売する出版社です。今回の展覧会では、トーマス・ルフやカンディダ・ヘーファーといったドイツの現代写真家、Supremeとのコラボレーションが物議を呼んだキューバ系アメリカ人写真家のアンドレス・セラーノ、さらに森山大道や荒木経惟、ホンマタカシらのアーティスト・ブックが展示されています。

トルーカ・エディションズの創業は2003年。ラテンアメリカの写真を専門にキュレーターとして活動してきたアレクシス・ファブリーと、カルティエ財団現代美術館やジュ・ド・ポーム国立美術館などの展示カタログやCIを手がけてきたグラフィック・デザイナー兼アート・ディレクターのオリヴィエ・アンドレオッティのふたりが共同で立ち上げました。「デジタルへのアンチとして立ち上げたわけではないのですが」と前置きした上で、ファブリーは次のように語ります。

「私たちはデジタル写真が生まれる前から写真と関わってきたので、プリントした写真の物質性、つまり実際に手に触れ、展示をしたり、ページをめくったりしながら写真を楽しめることを、なにものにも翻訳しがたい体験だと思っています。そして、その体験ができるものとして、私たちは限定版のアーティスト・ブックをつくっているのです」

右がグラフィックなどを手がけるオリヴィエ・アンドレオッティ、左がキュレーターでコレクターのコンサルティングも行うアレクシス・ファブリー。

カンディダ・ヘーファーのアーティスト・ブック『LES GRANDS TRANSPARENTS』。ブラジルを訪れ、オスカー・ニーマイヤー設計による建築物を撮影したヘーファーも、ルフなどと並んで現代ドイツ写真界で注目されている作家のひとりです。

アンドレス・セラーノの『MORGUES(死体安置所)』。スレスレのタブーに切り込んだ作風で知られるキューバ系アメリカ人写真家のセラーノの写真が、フィンランド人デザイナー、ハッリ・コスキネンが手がけたケースに収納されています。

セラーノの写真はなかなかエグいです。メキシコ出身の作家、マリオ・ベラチンによるテキストが添えられています。

森山大道の『眼の孤独』では、猥雑な東京の風景写真とフランスの前衛詩人、ミシェル・ビュルトーの6篇の詩が組み合わさっています。ケースデザインとグラフィックはともにアンドレオッティによるもの。

ギャラリー2には、森山大道、荒木経惟、高梨豊という3名の日本人写真家の作品が並びます。

稀代のクリエイターをつなげ、作品としてアーティスト・ブックをつくる。

荒木経惟『Tin Ashes』は、1970年代に道端で拾った空き缶を潰し、平面にして撮影した作品。そこには森山の『眼の孤独』と同様に、詩人のミシェル・ビュルトーによる詩が添えられます。

トルーカ・エディションズのふたりは、物質性の意義を写真のプリントのみならず、アーティスト・ブックという形状においても追求します。写真を撮影するフォトグラファー、装丁を手がけるデザイナー、テキストを綴るジャーナリストや作家、詩人、という3者の組み合わせが決まると、そこにアンドレオッティがグラフィックデザイナーとして加わり、全体のプロデュースをファブリーが行う、というのが制作の共通した流れです。ファブリーは続けます。

「トルーカで最初に手がけたアーティスト・ブックでは、ジャン=マルク・ビュスタモントという写真家がウルグアイを旅して撮影した家の写真に、マリオ・ベラチンというメキシコの作家がカフカの『変身』を再構築したテキストを付け、ドイツ人デザイナーのコンスタンティン・グルチッチが黒いウレタンフォームをアスファルトのような風合いに加工したケースをつくりました。このコラボレーションを非常に楽しめましたし、想像していた以上にクラフトへの興味が広がり、ケースの形状へのこだわりが強まっていきました」

残念ながら、今回の展覧会にこのアーティスト・ブックは出展されていませんが、クラフト的な視点から見ても充実したラインアップの展示です。トルーカ・エディションズ最新作にして42作目のトーマス・ルフ『WORLD WIDE CLOUD』では、表参道のプラダを設計したことで日本でも馴染み深いヘルツォーク&ド・ムーロンが木製のボックスをデザインしました。ホンマタカシが東京郊外を撮影した写真を収めたアーティスト・ブックは『STRUCTURE PULSION(欲動押戻の構造)』と題され、佐藤オオキ率いるnendoによる、和柄を連想させる造形が特徴的なポリアミド製のケースに収められています。

デザインとテキストを一緒に味わう写真。ふたりのフランス人が提案するアーティスト・ブック12作品が、印象的なインスタレーションとして空間を彩っています。

トーマス・ルフ『WORLD WIDE CLOUD』。 10年ほど前から、インターネットから拾った画像をもとにした作品も手がけるようになったルフ。解像度の低い画像をプリントしたときに生じるピクセルのグリッドをあえて見せるシリーズです。ケースのデザインはヘルツォーク&ド・ムーロンが担当しました。

ホンマタカシ『STRUCTURE PULSION(欲動押戻の構造)』では、東京とその郊外を撮影したホンマの写真にフランスの元ミュージシャンである作家、パトリック・ブーヴェが、単語のサンプリングとループで綴ったような音楽的なテキストを添えました。

エリック・ポワトゥヴァン『LE SACRIFICE DES BÉLIERS』。真っ白な背景に人物の裸体やドクロを写し、被写体の色彩や光と影のコンポジションにこだわるフランス人写真家の作品。

ミゲル・リオ=ブランコ『CETTE BLESSURE』。ブラジル人写真家のリオ=ブランコは色彩や被写体を繰り返し展開する自らのスタイルを「コードの展開からメロディを発展させるジョアン・ジルベルトの音楽のよう」と表現します。

TOLUCA ÉDITIONS『12 TITLES』
開催期間:2019年2月9日(土)〜3月10日(日)
開催場所:THE MASS
東京都渋谷区神宮前5-11-1
TEL:03-3406-0188
開廊時間:12時〜19時
休廊日:火、水
会期中入場無料
http://themass.jp