『ランス美術館展』で、レオナール・フジタの晩年と近代フランス絵画史をたどる。

  • 文:坂本 裕子

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フランス革命において過激な言論で支持を得ていたマラー暗殺をドラマティックに描いた新古典主義の巨匠ダヴィッドの再制作作品のひとつ。ベルギー王立美術館所蔵のオリジナルにはない、木箱に「私を貶められぬが故に、彼らは私を暗殺した」との文言が、マラー礼賛をより強調しています。 ジャック=ルイ・ダヴィッド(および工房) 《マラーの死》 1793年7月13日以降 油彩、カンヴァス Reims, Musée des Beaux-Arts ©MBA Reims 2015/Christian Devleeschauwer.

パリから急行で2時間弱、フランス北部にあるランス。かつては歴代フランス国王の聖別戴冠式が行われたノートル=ダム大聖堂のある、歴史を色濃く残す街には、日本人が親しみを感じられるもうひとつの聖堂があります。シャンパンでも有名なこの地にメゾンを持つマム社の敷地内に建つそれは、「平和の聖母礼拝堂」。地元では「フジタ礼拝堂」と呼ばれています。第二次大戦後、戦争高揚画協力の責任を背負い、失意のままに日本を去った画家・藤田嗣治が、晩年のすべてをかけて、建築のみならず、ステンドグラス、金物、彫刻、庭、そして聖書のエピソードのフレスコ画を作成したものです。同地の大聖堂でキリスト教の洗礼を受け“レオナール・フジタ”となった彼の謝意から生まれ、時代の変遷とふたつの祖国のあいだで翻弄された彼の、全世界へ訴える平和への祈りとなっています。

この「フジタの礼拝堂」のための優れた素描作品とともに、ランス美術館所蔵のフランス近代絵画が、東京・東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で紹介されています。フランス王室の伝統を反映し、初期ルネサンスから20世紀美術まで幅広く豊かなそのコレクションが、国内でも高く評価され愛されている当館の、17世紀~20世紀の選りすぐり約70点でたどる展覧会は、革命とナポレオン王政を経て、王室から庶民へ、歴史画から自分たちの生きる現実の風景へと、フランス近代の歴史と芸術の誕生を浮かび上がらせます。「特別コレクション」として会場の一画を占めるフジタ・コレクションは、2013年~14年に礼拝堂の相続人からの2000点以上の絵画、彫刻、陶芸品や資料の寄贈を受けて、さらに充実したものからセレクト。日本国内の作品も補完され、エコール・ド・パリの寵児となり、その後南米へと旅し、大戦期の日本を経てランスへとたどり着いた藤田の足跡を、作品で確認できるようになっています。
なによりもランスから来日した質の高い素描とステンドグラスのデザインは、いずれもが繊細な作品、そのサイズと展示数は、なかなか出逢えない貴重な機会です。伝統と近代、日本的なるものと西洋的なるもの、各々の要素が融合した世界に、彼の切実な想いが感じられ、キリスト教に詳しくなくても胸を打たれます。

ダヴィッド、ドラクロア、ピサロ、ゴーギャン、ドニなど、フランス近代を代表する画家たちの秀作と、フジタの生きざまを、ぜひ会場で!

印象派の先駆者とされるコローは、「銀灰色」といわれた靄に包まれたようなやわらかい空気を感じさせる独特の詩的な風景画を多く描きました。実景に基づきながらも、アトリエで風景と人物を組み合わせて構成される作品は、歴史画とも写実画とも異なる、抒情的風景ともいえる世界を創り出しました。 カミーユ・コロー 《川辺の木陰で読む女》 1865~70年 油彩、カンヴァス Reims, Musée des Beaux-Arts ©MBA Reims 2015/Christian Devleeschauwer.

バルビゾン派の画家ミレーは敬虔な農民の姿を描いたことで知られていますが、素早いタッチで人物の特徴を捉えた肖像画も遺しています。歴史的人物でもなく、貴族や領主などでもない、市井の男を描く肖像は、新しいテーマとして近代のアーティストたちに引き継がれていきます。 ジャン=フランソワ・ミレー 《男の肖像》 1845年頃 油彩、カンヴァス Reims, Musée des Beaux-Arts ©MBA Reims 2015/Christian Devleeschauwer.

「天使を描いてほしいなら、自分の目の前に連れてこい」というほどに写実をめざしたクールベが描いた女性は彫刻家。女性であることを隠すために使用されたペンネーム「マルチェロ」は、女性アーティストが台頭し始めた時代性をも感じさせます。控えめながら意志を感じさせる表情が美しい肖像画です。 ギュスターヴ・クールベ 《彫刻家マルチェロ(カスティリオーネ=コロンナ公爵夫人)》 1870年 油彩、カンヴァス Reims, Musée des Beaux-Arts ©MBA Reims 2015/Christian Devleeschauwer..

晩年まで印象派の画家として近代都市パリや郊外を描き続けたピサロ。オペラ座通りの連作のひとつ、遠くかすむオペラ座へ通じる広場の俯瞰の風景からは、人々のざわめきが聴こえてきそうです。スーラやゴーギャンら革新をめざす若者にも理解が深く、新時代の土台を用意した人でもありました。 カミーユ・ピサロ 《オペラ座通り、テアトル・フランセ広場》 1898年 油彩、カンヴァス Reims, Musée des Beaux-Arts ©MBA Reims 2015/Christian Devleeschauwer.

ポスト印象派の画家ゴーギャンが下宿した、ポン=タヴァン近くの小村ル・プリュデュにある宿屋の食堂の風景。輪郭を明確にするクロワゾニスムで描かれた静物は、やわらかい彩色と浮世絵の影響を思わせる考え抜かれた構図で穏やかな静けさを持っています。テーブルの小像は彼がマルティニック島で作成した唯一の丸彫り彫刻だそうです。 ポール・ゴーギャン 《バラと彫像》 1889年 油彩、カンヴァス Reims, Musée des Beaux-Arts ©MBA Reims 2015/Christian Devleeschauwer.

「フランス絵画の宝庫 ランス美術館展」

開催期間:~6月25日(日)
開催場所:東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
東京都新宿区西新宿1-26-1 損保ジャパン日本興亜本社ビル42階
開館時間:10時~18時(金曜日は19時まで、入館は閉室30分前まで)
休館日:月曜
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
観覧料:一般¥1300

http://www.sjnk-museum.org/