マティスからリヒター、藤本壮介まで集う『窓展:窓をめぐるアートと建築の旅』が深い。

  • 文:はろるど

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奈良原一高『「王国」より 沈黙の園 6』1958年 東京国立近代美術館 © IKKO NARAHARA 奈良原の初期を代表するシリーズ。窓から差し込む白い光が神々しい。全87点中37点が窓を中心的なモチーフとしており、うち12点が今回展示されている。

「窓学」なる言葉がある。これは建築だけでなく、文化や美術で表現される窓を多面的に研究するため、「窓は文明であり、文化である。」の思想のもと2013年に設立された、窓研究所が提唱する学問だ。

東京国立近代美術館で開催中のこの『窓展:窓をめぐるアートと建築の旅』では、「窓学」の観点から選定された115点の作品を展示。アンリ・マティスの『待つ』(1921-22年)やピエール・ボナールの『静物、開いた窓、トルーヴィル』(1934年頃)や、奈良原一高の『王国』(1956-58年)など、窓を主要なモチーフとした絵画や写真が並ぶ。

注目は窓と現代美術の関わりだ。アメリカの批評家、ロザリンド・E・クラウスは、20世紀美術のひとつの潮流である抽象絵画の発想源として、窓のモチーフを指摘。マーク・ロスコの『無題』(1961年)やアド・ラインハートの『抽象絵画』(1958年)を見ていると、フレームに囲まれた画面から、まるで別世界への入口を開く窓が浮かび上がるかのようだ。またゲルハルト・リヒターの『8枚のガラス』(2012年)も、窓を通して見え隠れするようなイメージを生み出す。どれほど多くの窓が美術として表現されてきたかに驚く。

ゲルハルト・リヒター『8枚のガラス』2012年 ワコウ・ワークス・オブ・アート © Gerhard Richter, courtesy of WAKO WORKS OF ART さまざまな角度に傾いた8枚のガラス板。約35%は鏡のように像を映し、約65%は透けるという特殊なガラスを使用しているため、周囲を歩くと、人や景色が重なったり、反射する様が面白い。photo:Harold

もちろん窓は、建築物にとっても欠かせない存在だ。会場ではアメリカの建築家、ピーター・アイゼンマンの住宅設計図なども展示し、設計においてどのように窓を意識していたかについてもうかがえる。藤本壮介は美術館前庭に『窓に住む家/窓のない家』(2019年)を設置。中に入って自由に行き来しながら、窓の内外で変化する景色を楽しめるのだ。

美術や建築と窓との歴史を記した全長12mの年表を前にすると、古代から現代にかけて窓は意味も用途も大きく変化を遂げてきたことがわかる。いまや窓を広く捉えれば、PCのウィンドウやスマホのスクリーンなど、目の前にあるものを映すだけではなく、仮想空間を表したりコミュニケーションのツールとしても用いられている。『窓展』をきっかけに、窓から開かれる景色の未来について考えたい。

藤本壮介『窓に住む家/窓のない家』2019年 藤本が設計した住宅『House N』(大分県、2008年)と同様の入れ子構造を体験できる大型模型。藤本は手に収まる小さなものから宇宙までのすべてが入れ子構造の空間であるとして、その大小さまざまなスケールの中に人間の暮らしがあると考えてきた。photo:Harold

アンリ・マティス『待つ』1921-22年 愛知県美術館 窓をモチーフとした作品を多く制作したマティス。1917年に初めて訪れ、しばしば滞在した南仏ニースのアパートを描いている。左の女性の手と窓の外のヤシの葉が重なるなど、室内と屋外を連続させる構図上の工夫も見どころ。

ユゼフ・ロバコフスキ『わたしの窓から』1978-1999年 プロファイル・ファウンデーション 約22年間も自宅アパートの9階から見える広場を撮影し続けた映像作品。ロバコフスキ自身が行き交う人々をつぶさに観察し、職業や家族構成など、どのような人物であるのかについてのナレーションを付けているが、本当なのかは誰もわからない。一歩たりとも外に出ることなく、ひたすら窓の外を眺める作家の執念に驚かされる。photo:Harold

『窓展:窓をめぐるアートと建築の旅』

開催期間:2019年11月1日(金)~2020年2月2日(日)
開催場所:東京国立近代美術館 1階 企画展ギャラリー
東京都千代田区北の丸公園3-1
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時~17時(金曜・土曜は20時まで)※入館は閉館30分前まで
休館日:月(1/13は開館)、年末年始(12/28〜1/1)、1/14
入場料:一般¥1,200(税込)
東京国立近代美術館:www.momat.go.jp
窓研究所:madoken.jp