あなたが街を案内するなら? リー・ミンウェイが個展『The Tourist』で発信する、“ツアーガイド”とつくるアート

  • 写真・文:中島良平

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台北でリー・ミンウェイを案内してくれたのは一人のピアニストの女性。「自分の心は音楽の中に存在すると語った彼女の内面世界を、彼女が選んだ楽譜とピンクの繊細な紙の球で表現しました」とリー。

コミュニケーションをテーマにした作品を多く手がけ、2014年に森美術館で開催された大規模な個展『リー・ミンウェイとその関係』でも注目された台湾出身のアーティスト、リー・ミンウェイ。6月26日までペロタン東京で開催中の個展『The Tourist』では、知人や一般公募による者などプロジェクトへの参加者が“ツアーガイド”となり、“ツーリスト”であるリーに街を案内をした記録を元にしたユニークな作品として展示されています。制作のきっかけについて、リーは次のように語ります。

「私がまだ、医師を目指して生物学を専攻する学生だった頃に、親戚が暮らすローマを訪れる機会がありました。たしか1993年のことです。その時に6歳だった甥が、私をフォロ・ロマーノという古代ローマの遺跡に連れて行ってくれました。自分が知っている古代遺跡に大人を案内してみたいと思ったのでしょう。私は喜んでついて行きました。フォロ・ロマーノに着くと甥は、遺跡の片隅に住んでいる猫の家族のところに案内してくれたんです。ローマでは街の中にも観光名所にも野良猫が多く住んでいるので、遺跡内で彼と猫探しをしながら2時間以上過ごしました。有名観光地であるフォロ・ロマーノが、甥の視点を通して見るとガイドブックのものとはまったく変わってくる。その体験が楽しく、とても強く印象に残ったのです」

アーティストとなったリーは、ヒューストンのライス大学アートギャラリーのコミッションワークとして、2001年に『The Tourist』と題するプロジェクトを開始しました。その後、ニューヨークのMoMA(2003年)をはじめ、各地を巡回しながら断続的に制作と展示が進められ、今回の個展では、ニューヨークやパリ、台南、東京などの9都市で制作された9点の作品が展示されています。

展示空間に立つリー・ミンウェイ。1964年に台湾で生まれ、医師である父親の仕事の都合でサンフランシスコに移住したのが14歳のこと。現在はパリとニューヨークを拠点に制作活動を続けています。

左にはミンウェイが撮影した写真が、右にはツアーガイドが撮影した写真がスライドショーとなって壁面に投影されています。BGMにはその都市の文化やツアーガイドのバックグラウンドと結びついた楽曲が流され、ノスタルジックな映像インスタレーションが展開します。Photographer: Kei Okano. Courtesy of the artist & Perrotin

展示什器は、ギャラリーの入口から奥にかけて微かに傾斜しています。軽快なイメージで旅立っていくような視覚的な心理効果を意識して、この展示デザインを実現したのだそうです。Photographer: Kei Okano. Courtesy of the artist & Perrotin

一切の先入観をもたず、純粋な視点でモノや人と対峙する。

東京を案内したツアーガイドの一人は、20年以上にわたって東京で暮らすドイツ人語学教師のアクセルという友人。「日本人の清潔さに彼は強く惹かれており、その象徴としてこれを選んでくれました」と、インスタレーションの一部となった小さな箒について作家は説明します。

作品の制作は、“ツアーガイド”に地元のパーソナルな場所を案内してもらい、ランチをともにして意見を共有することから始まります。「ツアーガイドと私のコミュニケーションからは予測のつかないストーリーが生まれるので、それが作品のテンションを生み出すと考えています」と、リーは対話の重要性を語ります。幼い頃に禅に興味をもち、6歳から12歳まで毎年の夏休みを禅寺で過ごした経験が、この制作スタイルの根底にあるようです。

「7歳の時に、禅僧の先生が私にリンゴを差し出して『今から1時間、私にこれが何であるのかを話してください』というお題を下さりました。『これはリンゴという果物で、甘くて…』と話し始めたのですが、30秒もするともう話すことが無くなってしまったのです。残りの59分30秒は、ただ考えるだけでなにも話すことができない苦痛の時間だったのですが、1時間が経つと、先生は私に『どうぞ』とリンゴをくれました。手に触れた瞬間に、表面の感触や重み、温度が感じられ、一口かじってみると、瑞々しくて甘みも香りもあって、とても複雑な味わいがあることに気付かされたのです。私は恥ずかしかった。大好きなリンゴのことを、何も知らないのに知ったつもりになっていたわけですから。物事を注意深く観察し、純粋な視線で対峙することの大切さを、禅僧の先生が教えてくれたのだと思っています」

自分が知らない街に対するリーの純粋な視線と、ツアーガイドを務める相手への敬意。そして、ツアーガイドからリーに対しては、自分の特別な場所を体験してもらいたいというホスピタリティがあります。ツアーガイドによる自己紹介と案内する場所の説明で映像が始まり、ツアーガイドが選んだ楽曲をBGMに、ふたりが撮影した映像のスライドショーでその街の様子が映し出されるインスタレーション『The Tourist』。コミュニケーションが根底にあるからこそ、ただ美しいだけではなくさまざまな示唆に富んだイメージが空間に展開しているのです。

東京をよく知るドイツ人語学教師のアクセルは、明治神宮や根津美術館の静けさと竹下通りなどの雑踏のコントラストを体験してもらおうと、原宿と青山を案内場所に選んだそうです。

台湾で最古の都、台南では、道教の寺を案内してもらいました。自分が文化を知る土地であっても、その土地を知る人物から案内してもらうと新たに知ることばかりだとリーは強調します。Courtesy of the artist & Perrotin

パリでは、ベトナム系フランス人のダンサーにペール=ラシェーズ墓地を案内されたリー。埋葬された人物の彫像や丘からパリ市街を見渡せる風景とあわせて、墓石の前に供えられた白い花と赤い玉のイメージが印象に残ったといいます。

リー・ミンウェイ『The Tourist』
開催期間:2019年5月15日(水)〜6月26日(水)
開催場所:ペロタン東京
東京都港区六本木6-6-9ピラミデビル1階
TEL:03-6721-0687
開廊時間:11時〜19時
休廊日:日、月、祝日
会期中入場無料
https://www.perrotin.com