ゴッホやピカソら巨匠たちの生涯が一枚のカンバスに……。 桑久保 徹の『カレンダーシリーズ』が必見です。

  • 撮影:江森康之(アトリエ)
  • 文:牧野容子

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1月に訪れた桑久保さんのアトリエでは、『ジョルジュ・スーラのスタジオ』が完成間近でした。背景には、桑久保さん自身の思い出のある須磨の海も描かれています。

「毎年、名画のカレンダーを年初に買うのが好きなんです。それで、自分の尊敬する画家たちを12の月に当てはめて描いてみたいと思ったのが始まりでした」

東京・六本木の小山登美夫ギャラリーで、画家・桑久保 徹の4年ぶりの個展『A Calendar for Painters Without Time Sense 1. 3. 4. 5. 7. 8』が開催中です。2002年のデビュー以来、国内のみならず韓国、台湾、シンガポール、ロンドンなどで個展を開催し、高い評価を受けている桑久保さん。一筆一筆、カンバスに油絵の具を丹念に塗り込める、古典的ともいえる技法を用いながら、現代的な感性で物語性にあふれた世界を豊かに描く作品が人気を集めています。

今回の「カレンダー」シリーズでは、自身が愛する画家の生涯を1枚のキャンバスに表現しています。たとえば、鮮やかな青い星空が印象的な画面をのぞいてみると、そこに並ぶのは、ひまわりや教会、見たことのある自画像……。それはゴッホの世界でした。それぞれの作家の代表作を画中画として描き、さらにその絵の中に出てくるモチーフを外の空間にも描きながら、画家の人生をなぞっていくのです。

「2014年から制作を始め、まずムンクを描いてみました。最初のうちは画中画の描写はそれほど精密にせず、エッセンスを抽出して描けばいいと思っていました。しかし、描いていくうちに絵の中の絵をちゃんと描きたくなった。すると、どんなに小さく描いてもいい絵には力があるので、背景が負けて、画中画が浮かび上がりすぎてしまうのです。そうならないように、背景にもある程度の強さをもたせ、色やバランスを見ながらひとつの空間に馴染ませていく作業も重要になってきました」

制作を進めていくほどにかなりの時間と労力を要することが判明。ムンクはいったん諦め、3年間で6人の画家を描き上げました。

「集中すると時間が短く感じられるということがありますが、このシリーズを始めてからは、1年があっという間でした。気がついたらまた桜が咲いている、ということが2度くらいあって……。画家たちも多分こうやって死んでいったのだなと思いました。彼らが描いた絵を自分で再現していくうちに、まるでその人生を追っている感覚になって、自分が実際に過ごしている時間というものが、よくわからなくなっていったのです。きっと彼らも描きながら時間の感覚がなくなっていたのだろうなとシンパシーを感じつつ、カンバスに向かう日々でした」

『フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホのスタジオ』は夏の夜の海を感じさせる8月。 
Vincent Willem van Gogh's Studio 2015 oil on canvas 181.8 x 227.3cm 
photo by Kenji Takahashi ©Toru Kuwakubo, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

小山登美夫ギャラリーでの展示風景。「ずっとピンクのイメージだった」という『ジェイムス・アンソー
ルのスタジオ』(左)は4月、『パブロ・ピカソのスタジオ』は1月。「ピカソは“神の力”かと思うほど、圧倒
的な絵のうまさを思い知らされます」と桑久保さん。
Installation images from “A Calendar for Painters Without Time Sense 1. 3. 4. 5. 7. 8”
at Tomio Koyama Gallery, Tokyo, 2018.) ©Toru Kuwakubo photo by Kenji Takahashi

アトリエの一角。1978年神奈川県座間市に生まれた桑久保さんは、2002年多摩美術大学絵画科油画専攻卒業後、現在も神奈川県を拠点に活動を行っています。受賞歴/トーキョーワンダーウォール賞 (2002年)、第三回絹谷幸二賞(2011年)、第3回Dアートビエンナーレ最優秀賞 (2013年 )ほか。作品は、高松市美術館、高橋コレクション、タグチアートコレクション、第一生命保険株式会社、ジャピゴッツィコレクションなど、国内外で数多く所蔵されています。

画家の性格や感情が、わかるようになってきた。

『ヨハネス・フェルメールのスタジオ』は3月。 Johannes Vermeer's Studio 2016 oil on canvas
181.8 x 227.3cm photo by Kenji Takahashi
©Toru Kuwakubo, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

画家はなにを考えながらこの絵を描いていたのか……。それぞれの絵と向き合いながら、色をつくり出し、筆の勢いを模索する。そんな一連の作業によって、その画家の心境や人柄までもわかるようになったという桑久保さん。

「ゴッホは真摯でニュートラルな人間だと思います。『星月夜』という絵の空に大きな渦巻きが描かれていて、それが彼の複雑な感情を表現したものだという意見もあるけれど、当時、天体望遠鏡が開発されて、渦巻状の銀河の画像が新聞に出たことがあったんですね。おそらくゴッホはその記事を見ていて、それを自分の絵にも描いたのでしょう。『ひまわり』も『アルルの跳ね橋』も、見たままを描いている。イマジネーションは豊かだけれど、わざと恣意的になにかを主張するタイプではない」

また、『真珠の耳飾りの少女』や『絵画芸術』などの代表作で知られるフェルメールの作品点数は、確認されているもので37点。今回はそのすべてを画中画に描きました。

「絵の構図が水平・垂直で成立していて、かなり“理知的”なフェルメール。天文学者や地理学者を描き、地球儀やコンパスなどのモチーフも登場します。理系タイプで、世界を合理的に考えようとする人だったと思います」

そして、個展の直前まで取り組んでいたスーラは、描いていてとても気持ちがよかったといいます。

「スーラは点描という技法を用いていて、僕にとっては経験したことのない描き方でした。その意味では、色のつくり方も含めてとてもしんどいものでしたが、実は心地よさのほうが勝っていました。素直で調和と均衡を感じる絵。スーラ自身もそういう性格だったのではないかと。いまは巷に奇抜でキャッチーな表現の絵があふれているけれど、むしろ、現代では静かでストレスを与えないもののほうが新しく感じられるような……。今回、6人の画家の名画と向き合って、改めてそんなことも感じました」

画家の人生を追いながら、導き出された桑久保さんの“画家評”もなかなか興味深いものです。ギャラリーに並ぶ6つの絵は、6人の画家の一生と、そこに対峙した画家・桑久保 徹の時間が塗り重ねられ、圧倒的な迫力で見る者の心に迫ってきます。油絵を描き始めた2002年よりも、いまのほうが断然、描くことが好きになっているという桑久保さん。今後は3月に台湾で個展を開催。その後、新たに6人の画家のカレンダーシリーズの制作が始まります。“シリーズ2”も乞うご期待です。


『ポール・セザンヌのスタジオ』の展示風景。「絵の中に風が吹くような感じが
する」ので5月に。Installation images from “A Calendar for Painters
Without Time Sense 1. 3. 4. 5. 7. 8” at Tomio Koyama Gallery, Tokyo,
2018.)©Toru Kuwakubo photo by Kenji Takahashi

今回は「カレンダーシリーズ」作品のペインティング6点と、それぞれのドローイング6点を展示。
Installation images from “A Calendar for Painters Without Time Sense 1. 3. 4. 5. 7. 8” at Tomio
Koyama Gallery, Tokyo, 2018.)©Toru Kuwakubo  photo by Kenji Takahashi

桑久保徹展『A Calendar for Painters Without Time Sense 1. 3. 4. 5. 7. 8』

開催期間:2018年1月20日 (土) ~ 2月17日 (土)
開催場所:小山登美夫ギャラリー
東京都港区六本木6-5-24 complex665 2F
開廊時間:11時〜19時(火〜土)
休廊日:日、月、祝
会期中入場料無料
http://tomiokoyamagallery.com