石内 都40年の軌跡を辿る大規模個展で、濃密で繊細な写真の“肌理(きめ)”を目撃せよ。

  • 文:青野尚子

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「横浜」のセクションより。『金沢八景 #8』1975-76年  ©Ishiuchi Miyako

写真家、石内 都さんが長年暗室を構え、拠点としてきた横浜。その横浜の美術館で、大規模な個展が2018年3月4日(日)まで開催されています。『石内 都 肌理と写真』と題された展覧会の会場には、1977年に初めての個展『絶唱、横須賀ストーリー』を開いて以来40年にわたる石内さんの軌跡と、これからのことを暗示させる作品が並びます。

展覧会は4つのセクションに分かれています。最初のパートは「横浜」。会場に入って最初に『Apartment』のシリーズが目に飛び込みます。特に正面に見えるドアの写真は重要です。この写真から、石内さんの写真家としてのキャリアが始まったのです。

『Apartment』シリーズは、横浜の近代建築や古いアパートを撮ったもの。続く「連夜の街」は旧赤線跡を撮ったものですが、本展ではいずれも横浜で撮影されたものを展示しています。中には取り壊し寸前の廃墟のようになった姿のものも。アーカイブから選ばれたヴィンテージプリントが、当時の息づかいを伝えます。実質的なデビュー作『絶唱、横須賀ストーリー』より前に制作された『金沢八景』が、初めてまとまって展示されていることにも注目です。

ふたつめのセクションは「絹」。石内さんの生まれ故郷、群馬県桐生市は、明治・大正時代、銘仙という着物で知られ、生家は養蚕を行っていました。横浜も、明治期に生糸貿易で栄えた地。彼女が生きてきたふたつの場所は、絹でつながっています。

「石内さんは広島の被爆者の遺品を撮ったシリーズ『ひろしま』で、絹の服がしなやかに、丈夫に残っていることに触発され、絹のシリーズを始めました」と担当学芸員の大澤紗蓉子さんは話します。

展示室には、着物や布、繭などの写真が大小さまざまなプリントで、まるで風をはらんで飛んでいるかのように並びます。その中には、アメリカのファッションデザイナー、リック・オウエンスの父が日本で収集した着物の写真もあります。オウエンスの父は戦後、進駐軍の一員として日本に滞在し、そこで着物を集めていたのでした。展覧会カタログには、オウエンスが石内さんに宛てた手紙が収録されています。そこには父への複雑な思いが吐露されていて、着物に染みこんだ時間と感情が垣間見えます。

「絹」セクションより。『絹の夢 #50 併用絣銘仙 桐生』2011年 アーツ前橋蔵  ©Ishiuchi Miyako

「絹」セクションに展示されているリック・オウエンスの亡き父が日本で手に入れた着物。「絹」のコーナーは壁が銀色に塗られています。天井の高さ7mの大空間に、絹の服や糸、繭の写真が浮かんでいるようです。

40年という年月は、ひとつの区切り。

「無垢」のセクションより。『Innocence #85』 2017年 ©Ishiuchi Miyako

さらに進むと「無垢」のセクションが現れます。この展示室の最初に置かれているのは『不知火の指』というシリーズ。小説『苦海浄土』で知られる作家・詩人の石牟礼道子さんの手足をクローズアップした写真です。

この展示室ではもうひとつ、身体に残る傷跡を撮ったシリーズ『Innocence』の作品が並びます。1990年から20年にわたって撮り続けてきた作品の中から、女性の傷跡だけを集めました。深い切り傷や痛々しいケロイド、と書くと凄惨なものを思い浮かべるかもしれませんが、実際は繊細な階調のモノクローム写真がやわらかい光を放ちます。生々しさよりも、そこから経過した時間の長さを感じさせるシリーズです。

「遺されたもの」のセクションより。『Mother's #35』 2002年  ©Ishiuchi Miyako

最後のセクション、「遺されたもの」に登場する『Mother’s』は、さまざまな人の遺品と向き合うきっかけとなったシリーズ。化粧品や衣服など、石内さんの母の持ち物を撮った作品です。このシリーズは、それまでモノクロームで制作してきた石内さんがカラーを手がけるきっかけにもなっています。

「最初はこれもモノクロで撮っていたんです。そうしたら、口紅がきれいに見えないんですね。やっぱり口紅は赤くなくちゃいけない、ということでカラーで撮るようになりました」と石内さんは話します。

『フリーダ』はこの『Mother’s』のシリーズを見たフリーダ・カーロ博物館の学芸員の依頼で始まりました。石内さんはフリーダが暮らし、いまは「フリーダ・カーロ博物館」として公開されている通称「青い家」でフリーダの遺品と対面しました。フリーダは幼い頃に患った病気の後遺症と、18歳の時に交通事故に遭って大けがを負ったことで、生涯痛みと闘っていました。左右の大きさが違う靴や不自由な足を支えた装具がその苦闘を物語ります。同時に、コルセットに付けられたスカートのような布や真っ赤な靴には、フリーダの強い意志が伺えます。いかなる時も美しく装うことが、彼女の闘いの技法だったのです。

展覧会タイトルにある「肌理」(きめ)という言葉は、石内さん自身が選びました。それは、被写体の肌や布、建物などの表面の質感を表すとともに、フィルム写真の粒子も思わせます。会場で上映されているドキュメンタリー映像では、巨大な印画紙を現像する様子が流れています。石内さんは、美大では写真ではなく、染織を学んでいました。「現像液に印画紙を浸ける行為は染めに似ている」と石内さんは言います。建物や服に込められた記憶をたどりながら撮られた写真は、横糸を1本ずつ経糸に通していく織りの作業も思わせます。

「私の写真はけっこうきついので、わかっていただけるかどうか自信はないけれど、とにかく見に来てほしい。作品の前で立ち止まってなにかを感じて欲しい」。

石内さんはまた、「回顧展でない形で展覧会ができたのがうれしい」とも語りました。たとえば「遺されたもの」のセクションにある『ひろしま』は、いまもまだ続けられているシリーズです。40年という年月はひとつの区切りであって、石内さんの仕事はこれからより一層の重なりと深みを増していくものなのです。

フリーダ・カーロの遺品を撮ったフリーダのシリーズは、「青い家」を思わせる青に塗られた壁に並びます。(撮影・青野尚子)

開始から10年たった現在も撮り続けられている「ひろしま」シリーズ。右から2枚目と、いちばん左に見える2点は2017年に撮影されたものです。広島平和記念資料館には、いまも被爆者の遺品が届けられています。(撮影・青野尚子)

『石内 都 肌理と写真』

開催期間:2017年12月9日(土)~2018年3月4日(日)
開催場所:横浜美術館
神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
TEL:045-221-0300
開催時間:10時~18時 ※2018年3月1日(木)は16時まで、2018年3月3日(土)は20時30分まで、いずれも入館は閉館の30分前まで
休館日:木、2017年12月28日(木)~ 2018年1月4日(木) ※ただし、2018年3月1日(木)は開館
入場料:¥1,500(税込)
http://yokohama.art.museum