ゴールドラッシュの時代へと旅をする、写真家・石塚元太良の新作展がスタート

  • 写真・文:中島良平

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ゴールドラッシュの撮影を継続するきっかけを次のように語る石塚元太良。「金鉱の発見が、誰も見向きもしなかった場所に人々が向かうきっかけになるんですが、自然環境が厳しい土地が多いので、あらかた金を掘り尽くすとまた人がいなくなって、小屋や道具などがポツンと残される。そのリサーチの過程もおもしろかったんですよ」

雄大な自然と人工物のコントラストに着目し、ドキュメンタリーとアートの境界をまたぐような写真表現が「コンセプチュアル・ドキュメンタリー」と評される石塚元太良。大判カメラを武器に世界を切り取る彼が、アメリカ・カリフォルニア州とニュージーランド・オタゴ州を舞台にゴールドラッシュの痕跡をたどった作品を紹介する新作展が、東品川のギャラリーKOTARO NUKAGAでスタートした。

石塚の出世作となった作品が、アラスカの平原を縦横に貫いて石油を輸送するパイプラインを撮影したシリーズだ。その圧倒的で有無を言わせないフォトジェニックな光景に魅了され、石塚は撮影のために通い続けた。すると100年ほど昔、北極圏にほど近いこの地でも、金鉱が見つかったことで一攫千金を目指して金鉱夫が集うゴールドラッシュが起こったことがわかった。現地で調査をしながらその痕跡を撮影するうちに、ゴールドラッシュ以前に白人がやって来たことはほとんどなく、また金鉱を掘り尽くすと人々は立ち去ってゴーストタウンが生まれてしまうという土地の運命のようなものも知った。そして2016年、ゴールドラッシュ発祥の地であるカリフォルニアを目指した。

「カリフォルニアはよく知られているところですし、いまや大都会だからよい撮影ができるか懐疑的ではありましたが、実際に行ったらおもしろい被写体がそのままたくさん残されていました。アラスカで撮り始めたときからおもしろいと感じたのが、現場に行くと昔のツルハシなどが落ちていたり、岩を掘った跡が残っていたり、それらは撮られ、記録されるのを待っている感じがするんです。8×10の大判カメラでアオリ(※)によって空間を著しく歪めながら撮影していると、時空を超えてゴールドラッシュの時代に接続していくような感覚があるんです」

各地のゴールドラッシュの痕跡を辿り、ドキュメンタリーとしてその様子を記録しているが、いわゆる正統なドキュメンタリーとは異なることを理解している。しかし、撮影という行為を通じて、あるいは画面を通して「それらの遺物を眺めるとゴールドラッシュの時代に脳味噌が入っていくような感覚」を疑似体験できるような写真を目指したのだと話す。

※レンズをフィルム面と平行に固定せず、傾けることで、画面の歪みや構図を修正できる大判カメラ特有の機能。

「現在の空間に歴史的なもの(車輪)がポツンとあることで、時空の歪みみたいなのを感じた」と、アオリの意図と効果を石塚が説明する。「光があたった車輪の縁の部分と、その左下手前にある数個の小石にしかピントが合っていないんですよ。人間の視線でこんなことはありえないし、普通のカメラではレンズから同じ距離で面状にピントが合うので、こんなに時空が歪むことはありません。1m50cmの実物のプリントを見てほしいですね」。

金鉱夫たちのランプに用いるオイルの入った缶を写した作品(右)など、ゴールドラッシュの熱気の痕跡が画面に残されている。奥の展示室には、4×5のカメラを携えて最初にカリフォルニア州を訪れた際に撮影した作品と、今回初の試みとなる立体作品が展示されている。

「カリフォルニアでは、ヨセミテの裏手にあたるボディっていう町をメインに撮影しました。いまは川でダイビングして、水中探知機で金を探すのが主流らしいんですけど、掘り当てた人から『これは8000ドルぐらいするんだぜ』って自慢しながら見せられたのが左の写真です」

ゴールドラッシュの熱狂を追体験する。

左手の展示室にはニュージーランドで撮影した作品が並ぶ。「ニュージーランドでは南側の島の南の方にあるオタゴ州で撮影をしました。メイスタウンという集落やアロー川です。カリフォルニアよりもこぢんまりと行われていたらしいのですが、チャイナタウンがあった記録も残っていたり、東洋系の人がニュージーランドに来るきっかけにもなったようです」

アラスカでの撮影がひと段落つき、カリフォルニアとほぼ同時期にニュージーランドのゴールドラッシュの調査と撮影にも着手した。アラスカでの経験から、リサーチから撮影までのプロセスを理解していた。現地の資料館や博物館に行き、そこで新たな情報や地図を手に入れて、実際に金鉱や金鉱夫たちが集まったブームタウンの跡を訪れる。その過程で時空を超えた想像が広がる。

「ゴールドラッシュは19世紀半ばから20世紀にかけて起こったできごとだから、いろいろなことが想像しうるんですよ。もしこれが500〜600年前や中世とかになってしまうと、人々がどういう思考を持っていたか想像し得ないと思うのですが、120年前ぐらいだと射程が届く感じがあります。それがおもしろいんでしょうね。それに、写真の記録や物語なども残されていますから」

金鉱夫たちはアロー川を遡上し、山の中を歩き尽くして金を探し求めた。実際にオタゴ州の山を訪れると豊かな自然が気持ちよく、夏になれば自然遊びをしに来るレジャー客が多いであろうことが予想できた。富を得ようと自然に分け入り、ギャンブル感覚で山道を整備していった金鉱夫たちの行動を追体験する撮影にしたいと考え、撮影は冬に行った。

「当時の人の動きの痕跡を追いかけて、金鉱を目指して山の中に作られた細い道を歩いたんですが、100年前の強靭な人たちの自然に分け入るための労力のかけ方がまるで漫画みたいだと思いました。富に対する欲望なのか、ただ単純に体力があったからなのか、出るのか出ないのかわからない金を見つけるために山道を何往復も何往復もする。憧れに近い気持ちを抱く自分もいました。いまは『マイニング』って仮想通貨の用語だったりしますけど、元は『鉱山を掘る』のが語源です。たかだか120年で人間は、世の中が便利になっていく過程でこんなに弱くなるんだなということも感じましたね」

ゴールドラッシュを被写体とする撮影とプリントを通して、時空を超える表現を形にした。また、ニュージーランドのトレイルで撮影した赤い木の実の写真などを立体化し、「写真を展示する際のどうしようもない二次元性」からの脱却も試みている。写真に刻まれた旅の足取りから先人の旅を想像し、さらには、この立体的な取り組みから、写真家が暗室で行う作業にまでイメージを広げてくれる重層的な構成の展示に身を置いて欲しい。アナログな写真だからこその魅力を体感できるはずだから。

人々が金を探したアロー川の写真には、人工物が写っていない。「いままでは自分の頭の中で自然と人工という構図を作り込んで、それを写真に当てはめていく自分がいたんですけど、この写真はもっと土地からのインスピレーションに忠実に撮影できたと思っています」

プリントがうまくいかなかった印画紙を処分しようとしたとき、立体としての美しさに気付かされて立体作品を制作したプロセスを説明する石塚。「ぐしゃっとするのは結構勇気がいりました。針と糸を使って固定しながら立体にする作業は、正解がわからなくて作り続けていますが、アナログの暗室に集中する作業もいまは大事だと思っています」

「8×10で撮影して大きく引き伸ばしてプリントするおもしろさって、小さな木の実が写っていたり、枝が凍ってる質感が見えたり、実際に撮影したときには気づかなかったものが見えることだったりします。ニュージーランドは土地から受けられるインスピレーションがもっとあると思うので、早く再訪したいですね」

石塚元太良『Gold Rush California/NZ』
開催期間:2020年7月11日(土)〜8月29日(土)
開催場所:KOTARO NUKAGA
東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 3F
開廊時間:12時〜18時
休廊日:日、月、祝日
会期中入場無料
https://www.kotaronukaga.com