アーティスト 潘 逸舟インタビュー|上海から青森へ、「移動」の物語がアートになる。【創造の挑戦者たち#48】

  • 文:岩崎香央理

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上海から青森へ、「移動」の物語がアートになる。

文:岩崎香央理
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潘 逸舟

アーティスト

●1987年、中国・上海生まれ。97年に青森県弘前市に移住、2012年に東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻を修了。19年に東京・ANOMALYで個展『不在大地』、20年に弘前れんが倉庫美術館の開館記念展『Thank You Memory―醸造から創造へ』に参加。

海岸沿いに群れをなしてがっちりと組み合わさり、荒波を受け続ける無数の消波ブロック。もしも、そのひとつが重さを失くして浮かび上がり、波にさらわれて漂流し始めたら――?

「日産アートアワード2020」でグランプリに輝いた、潘逸舟(はん いしゅう)の『where are you now』。消波ブロックをかたどった高さ約3mの立体と、それが海上を漂う映像によって構成された作品だ。コロナ禍で人々の活動が制限される中、動かないことと動くこと、社会秩序と個人の関係を示唆した表現が、高く評価された。

「ずっと家で過ごしながら情報だけを得て外の世界を知る現状と、移動して生きてきた自分のいままでのテーマとを、重ねて表現しようと考えました」

中国・上海で生まれ育ち、9歳で青森に移住した潘は、「移動することで人と出会い、人間の居場所についての作品をつくり続けてきた」と語る。対馬で岩礁を使った椅子取りゲームをする映像『Musical Chairs』や、波の映像をピクセル化してQRコードと連動させた『Quick Response』など、海を題材にした作品も多い。

「私にとって海は、見えない向こう側との間にある境界。自分が生まれた場所は向こう側で、関係はつながりながらも、そこには社会的境界が横たわる。また、海は自分が生きている陸、つまり社会を反射する鏡でもある。かたちが定まらないものを作品に捉えようとしながら、海と向き合ってきました」

銀色に光る消波ブロックが黒い波間を漂う映像は、まるでサイエンスフィクションのように、軌道を外れた宇宙船を連想させる。集団で荒波をかぶることをやめ、潮に乗って移動を始めた個の物語という妄想が膨らんでいく。

「フィクションや妄想は、必ず現実と関係しながら生まれてきます。半分の現実と半分のフィクションが織り混ざりながら、社会に自分がどう存在するのかといったことを、想像力で超えていくのが面白い」 

 高校時代、初めて自らの身体を使ったパフォーマンスアートを発表した。移民のアイデンティティが彼を創作へ導くと同時に、青森という土地には「表現することの根源がある」という。

「上海から海を越えて青森で暮らし始めました。言葉が通じない中、初めて見た雪の中に、ぽつんと自分がいた記憶があるのですが、社会における自分の状況と、表現の上で重なるのかもしれない。社会をカンヴァスとして、身体でなにかを描く。初期の作品は風景に自分を介入させ、その風景からまた出ていくというものが多いんです。それによって風景がどう変わったか、残された痕跡はなんだったかを示す。そうした表現は、青森の場所性と関係があると思う」

移動の人生で培われた感性。潘は、日本語を習得するほどに、いまいる社会で自分は当事者なのか、他者なのかという問いが深まっていったと語る。

「当事者と他者の狭間にあるものをずっと表現してきました。それは、固定化した価値観や概念を周辺から揺さぶり、問い詰めること。問い詰めて、どれだけ語っても語れずに残ってしまう自分の中のモヤモヤした部分を、なんとか取り出して可視化していきたい」

取り出されたモヤモヤはユニークなフィクションを纏い、観客の中に入り込んで広がる。潘の作品は、人間の心の内に眠る澱のようなものをかき混ぜ、活性化させるのだ。


Pen 2021年2月1日号 No.511(1月15日発売)より転載


『where are you now』

日産アートアワード2020のグランプリ受賞作『where are you now』。銀色のエマージェンシーシートで覆った消波ブロックの造形を、海に流した映像とともに展示。「移動」をテーマにした新作を銀座のNISSAN CROSSINGで1/23~3/7まで展示。https://www3.nissan.co.jp/crossing/jp/event_20210123.html

2020年『日産アートアワード2020』展示風景
写真:木奥惠三
photo Courtesy:日産アートアワード