イメージの力を信じ、言葉以上に語れる映像を。

  • 文:山田泰巨

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イメージの力を信じ、言葉以上に語れる映像を。

文:山田泰巨
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山田智和

映像作家/写真家

●1987年、東京都生まれ。日本大学芸術学部映画学科映像コース卒業。数々のミュージックビデオやCM、ブランド広告を手がける。クリエイティブチーム「Tokyo Film」主宰。今夏は自身初の個展『都市の記憶』を開催し、森山大道のアートプロジェクトにも参加した。Instagram: @tomoymd

フィルムからビデオテープ、さらにデジタルデータへと記録媒体が変化していったことで、映像は格段に身近な存在になった。いまや撮るのみならず、動画共有サービスなどで子どもでも気軽に発信し楽しんでいるほどだ。

こうしたさまざまな動画があふれる現代、米津玄師やあいみょんなどのミュージックビデオやCМ広告で注目を浴びている映像作家・山田智和。デジタルネイティブ第1世代として、彼は高校生の頃からコンパクトデジタルカメラで日常を動画撮影していたという。映像の面白さに引き込まれ、やがて大学で映像を学びながらデジタル一眼レフカメラで短編映画を撮影するようになった。

「僕が学生の頃に登場したデジタル一眼レフによって、機材におけるプロとアマチュアの差がほとんどなくなりました。そこで、純粋になにをつくるかという時代に切り替わったように思います。いまはさらにスマートフォンが進化し、いよいよボーダーのない時代を迎えたんじゃないでしょうか」

山田はいまも学生時代の友人を中心にスタッフを組み、少人数で撮影に挑むことがある。大雪の新宿や大晦日の渋谷を舞台に撮影された東京という街の息づかいは、軽やかながら生々しく、「いま」という時代を描く。

「いまっぽいとはよく言われます。でも、いまっぽさってなんですかね。ただひとつ言えるのは、僕はいまこの瞬間に大事だと思えることから目を逸らさずにいたいということ。その瞬間に純粋であり続けたいんです。たとえば東京に雪が降ってきれいだとか、どうして街の風景が変わるんだろうとか、好きな女の子が家から出ていって悲しいとか……。面白いものを、普遍的な作品を撮ろうと思って撮影はしていないけれど、日々を生きながら撮り続けることで、作品が普遍的な存在となってくれれば嬉しいですね」

山田はいま、長時間の映像製作に関心を寄せている。時代が短時間の映像を求めるならば、長時間の作品で勝負をしたいと意欲をみせた。

「僕は誰かのために映像をつくるのが好きで、誰かの思いを伝えようとしてきました。たとえばミュージックビデオはミュージシャンが身体を張って表現するもので、監督である僕はどこか伸び伸びとやらせてもらっているように感じます。もっと自分の表現に責任をもち、自作をつくりたいんです」

山田はそこで「映像のための映像をつくりたい」と続ける。小津安二郎らに見られるような映像の力をもった作品を、再びつくることができないかと考えているのだ。

「映像で言葉以上に物語を伝えることができたら。僕は光であったり、街であったり、水であったりと抽象的なものを愛していて、撮影しているとそこにエクスタシーを感じます。もっとイメージの力を信じたいんです」

今年は写真作品の個展を開催し、森山大道のアートプロジェクトでは映像作家として参加した。そこで彼は、自ら撮影し続ける東京の風景をベースに国内外の街の写真を展示した。

「街って実体がないと思いませんか。東京は次々とビルが建て替わって変化していくけれど、僕たちの眼にはいつだって東京として映ります。その軸にあるのが普遍性なのかもしれません」

たとえば渋谷の再開発が終わりを迎える頃、記録し続けてきた映像や写真を展示したいと彼は言った。新陳代謝を続ける東京の瞬間瞬間に向き合った結果、どのような物語が見えてくるのだろうか。


※Pen 2019年12月1日号 No.486(11月15日発売)より転載


あいみょん『今夜このまま』

都内の河川を漂う船上で唄うあいみょんの背後に街の風景が流れていく。
ミュージックビデオ 2018年 4分6秒

サカナクション『years』

タクシーに乗ったボーカル・山口一郎と変化する東京を描く。開発前の渋谷駅など、既に失われた風景が多く登場。
ミュージックビデオ 2015年 4分22秒