カーディフ&ミラーが紡ぐ奇妙な物語を体験しに、金沢21世紀美術館へ!

  • 文:青野尚子

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『Conversation with Antonello(アントネロとの対話)』の鑑賞方法を自ら実演してくれるジャネット。

瀬戸内海の豊島にある『ストーム・ハウス』に行ったことがありますか? なんの変哲もない日本家屋に入ると、外が晴れていても雷鳴が近づいてきて激しい雨になり、嵐になる……というアート作品です。その作者であるカナダ人のアーティスト、ジャネット・カーディフとジョージ・ビュレス・ミラーの日本初の大型個展『ジャネット・カーディフ & ジョージ・ビュレス・ミラー』が、金沢21世紀美術館で2018年3月11日(日)まで開催中です。

美大で出会ったふたりは、ジョージが絵画と彫刻、ジャネットが版画など伝統的なアートを学んでいました。ところが後に映像や音といったメディアと出合うと、それこそが自分たちのやりたいことだと考えるようになります。

「私たちはマジックを信じています。いまとは違う世界へと私たちを運んでくれる、魔法の力です」と彼らは言います。

今回の個展で展示されている作品は全部で8点。どれも展示室ひとつずつを占める大型作品です。「それぞれの作品が大きな物語を創造しています。展示室でそれを体感して、通路に出ると正気に戻る。でも8つもあると、通路に出ても正気に戻れない。ファンタジックに見えますが、現実的な作品は人間の内面、見えない部分への考察から生まれています」と同館のチーフ・キュレーターの黒澤浩美さんは話します。

出展作品のひとつである『アントネロとの対話』は、ロンドンのナショナル・ギャラリーでのグループ展に際して制作されたもの。同館の所蔵作どれか1点をテーマに音のアートをつくって下さい、という“お題”に対して、彼らはルネサンス期の画家であるアントネロ・ダ・メッシーナが1475年に描いた『書斎の聖ヒエロニムス』を選びました。

ヒエロニムスは聖書をラテン語に訳したとされる聖人。この絵は、書斎で仕事に励むヒエロニムスの姿を描いています。ふたりは遠近法で整然と描かれた空間に注目。実際にそれを立体化したジオラマを制作しました。作品の前にある板に顎をのせると、画家が描いた光景を見ることができます。

「こうすると建物の中を歩き回っているような気持ちになれると思います。野生の雁の鳴き声、風の音、飛行機も車も来ない森の中で録音した音が流れているので、静かに歩いて耳を澄ましてみてください」とジャネット。

『Conversation with Antonello(アントネロとの対話 )』2015年。『書斎の聖ヒエロニムス』に描かれた書斎を模型で再現した作品です。 写真撮影:木奥惠三 画像提供:金沢21 世紀美術館 Courtesy of the artists, Luhring Augustine, New York and Gallery Koyanagi, Tokyo

右側にあるのは『Conversation with Antonello(アントネロとの対話)』をつくり出すためのアーティストのスタジオを再現したコーナー。彼らの格闘の跡が垣間見えます。写真撮影:木奥惠三 画像提供:金沢21 世紀美術館 Courtesy of the artists, Luhring Augustine, New York and Gallery Koyanagi, Tokyo

彼らの作品は、あなた自身の物語でもあるのです。

『Opera for a Small Room(小さな部屋のためのオペラ)』2005年。架空の舞台の登場人物を装う男性の声が奇妙な物語を紡ぎます。写真撮影:木奥惠三 画像提供:金沢21 世紀美術館 Courtesy of the artists, Luhring Augustine, New York and Gallery Koyanagi, Tokyo

展示室の中でも、比較的大きなスペースに置かれているのが『小さな部屋のためのオペラ』という作品です。この作品は、ふたりが住んでいるカナダ西部の町にある中古レコード屋で、200枚ものオペラのレコードを見つけたことをきっかけにつくられました。このレコードには持ち主のサインもあったのです。「私たちが住んでいるのはごく平凡な町です。そんなところでオペラを聴いている人がいたなんて、ちょっと驚きでした」とジョージ。

展示室内にはレコードでいっぱいの小さな部屋が再現され、2台のレコードプレーヤーが置かれています。見ていると男性の声が聞こえてきます。「登場人物が自らオペラの物語をつくり始めるんです。舞台に座って、ある女性が他の男のもとに走ってしまい、悲劇的な結末を迎えるという悲しい体験を語ります」とジャネット。そのうち電車の音が聞こえてきます。車と電車の衝突事故で、彼女とその恋人は死んでしまうのです。語り手の男性は罪の意識や後悔にさいなまれながら、ロックオペラのスターになっていきます。赤や青の光が点滅する中、大音響で激しい音楽が鳴り響きます。

「誰もが小さい時、野球やサッカーをやっていて周りの観客が『すごい!』と賞賛してくれる、という妄想を抱いたことがあるのではないでしょうか。この作品は、主人公が頭の中で思い描いているに過ぎない、そんな内容を表現しています」とジョージは語ります。

『The Marionette Maker(マリオネット・メーカー)』2014年。古ぼけたキャンピングカーの中にあるものは……?。写真撮影:木奥惠三 画像提供:金沢21 世紀美術館 Courtesy of the artists, Luhring Augustine, New York and Gallery Koyanagi, Tokyo

『The Marionette Maker(マリオネット・メーカー)』のジャネット・カーディフのレプリカ。胸がかすかに上下しています。

物語が作品中の登場人物の夢なのか、アーティストがつくり出したものなのか、果ては私たち観客の妄想なのか、わからなくなってしまう展示作品が他にもあります。『マリオネット・メーカー』は、古ぼけたキャンピングカーの中でマリオネットたちが思い思いに動いているという作品。後部には実物大のジャネットのレプリカが寝息を立てています。

「眠っているのか、病気かなにかで意識を失っているのか、はっきりしたことはわかりません。彼女を起こすはずの男性はマリオネットをつくっています。ただし、すべてが彼女の夢なのかもしれません。マリオネットをつくっている男性が、愛する相手をもう一度つくり出そうとしているとも考えられるでしょう」とジャネット。

「『ガリバー旅行記』を思わせるところもあります」ともジャネットは続けます。誰か他の小説家が書いた物語の世界をマリオネットで再現している、ということなのかもしれません。

彼らの作品にはさまざまな物語が複雑に絡み合い、そこから新たなストーリーが生まれます。見ているうちに、その物語を考えたのは誰なのかもわからなくなっていきます。黒澤さんは「彼らの作品はあなた自身の物語でもあるのです」と話します。また、黒澤さんの言う通り、ふたりの作品は一見ファンタジックに見えますが、人間がもつダークな部分も垣間見えます。空間、映像、光、音が織りなす、夢なのか悪夢なのかわからない不思議な世界……。ぜひ、現地で体感してください。

『ジャネット・カーディフ & ジョージ・ビュレス・ミラー』

開催期間:2017年11月25日(土)〜2018年3月11日(日)
開催場所:金沢21世紀美術館
石川県金沢市広坂1-2-1
TEL:076-220-2800
開催時間:10時〜18時(月~木、日) 10時~20時(金、土)
休館日:月、12月29日(金)〜1月1日(月)、1月9日(火)、2月13日(火) ※ただし1月8日(月)、2月12日(月)は開場
入館料:一般¥1,000(税込)
www.kanazawa21.jp