スイス高級時計と気鋭の現代アーティスト、両者を結ぶ「オーデマ ピゲ」というキーワード

  • 写真:齋藤暁経
  • 文:並木浩一

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「アート・バーゼル」といえば、現代アートに興味のある方なら見逃せない一大イベントでしょう。いまではスイス・バーゼルだけでなく、香港とマイアミビーチでも開催。欧州・アメリカ・アジアを網羅する、文字通り世界有数のアートショーとなりました。スイス高級時計ブランドのオーデマ ピゲは、2013年からこのアート・バーゼルのオフィシャル・アソシエイトパートーナーを務めています。時計と現代美術というそれぞれのステージでクリエイションを行う者同士が、うってつけのパートナーを選んだことになります。

その関係の中から脚光を浴びたアーティストがセバスチャン・エラズリスです。ニューヨークを本拠に活動するエラズリスは2016年と2017年の2年連続で、アート・バーゼルに設置されているオーデマ ピゲのコレクターラウンジを監修し、自身の作品を展示する機会を得ました。今回、オーデマ ピゲ ブティック銀座に新たに誕生したキュレーターラウンジのオープンに際して彼の作品を展示、これを機に、エラズリス本人が来日を果たしています。

実は、オーデマ ピゲのコレクターズラウンジは、このアートショーの隠れた“目玉”と言える存在です。毎年、オーデマ ピゲが独自にデザイナーやアーティストを選定・招聘する理由とは、オーデマ ピゲの背骨を貫く時計師たちの伝統や原点を創造的に解釈した、革新的なラウンジコンセプトを実現するため。『Second Nature』と名付けられた今回のコラボレーションのコンセプトも、オーデマ ピゲのハートランドであるスイス・ジュウ渓谷からインスピレーションを得たものにほかなりません。

「オーデマ ピゲがあるジュウ渓谷のル・ブラッシュが、今年の作品の原点です。木片から材料を切り出して、時間も手間も必要以上にかけているのは、時計づくりの仕事と同じですよね。芸術と同様、必要以上と思える時間と手間を、時計にかけている。初めてジュウ渓谷のオーデマ ピゲに伺った時、時計職人が多彩で、数言語を話す人やアスリートのような人もいて、流れ作業などでは決してなく、それぞれが技を駆使し腕をふるっている。そのことに刺激を受けました」

そもそもエラズリスの代表作とも賞賛される作品が『The Wave Cabinet』です。直立し直列する角材で構成された直方体の箱は、少しの力で自在にそのエッジを波打たせて形を変容させ、しかもその形で留まり、二度とは生まれない造形を見せます。インスタレーション的な自在さをもつオブジェの外観は温かな木質のマテリアルを見せていますが、それを作品に活かしたアーティストは、後に山間の桃源郷ジュウ渓谷に本拠を置く、世界有数のマニュファクチュールと協働することになったわけです。

セバスチャン・エラズリス。 NYで活躍中のチリ生まれのアーティスト兼デザイナー。今回来日し、オーデマ ピゲの銀座ブティックで作品を展示した。

『The Wave Cabinet』。形の変化するさまは動画で確認可能。(https://www.youtube.com/watch?v=Vye7whtWStI)

手でなでるように触れれば、作品は形を変える。並行して配置された木材とマグネットの絶妙な構造を持つ。「毎日、『設計図を見せてくれ』というメールが来ます(笑)」

職人への深い理解と共感が、アーティストへの敬意につながる。

連作シリーズ『12 SHOES FOR 12 LOVERS』ありえない靴をモチーフとした作品は、すべて3Dプリンターで製作したもの。

『12 SHOES FOR 12 LOVERS』の第1作“HONEY”は、全体がハニカム構造のレディス靴。

セバスチャン・エラズリスはチリのサンティアゴで生まれ、ロンドンで青年期を過ごし、チリの大学で工業デザインを学んで卒業の後ニューヨーク大学で美術の修士号を取得。現在ではブルックリンを本拠地に活動しています。作品は40以上の国際的な美術館・博物館で収蔵・展示されているほか、28才の時には、サザビーズのオークションに作品が出品された、2人目の存命のアーティストとして話題になっています。2014年には初エキシビション「Look Again」がカーネギー美術館で開催されています。

「TEA FOR TWO」は1998年の作品。ふたつでひとつのカップは「ご一緒にお茶を」というコネクションのメッセージだそうだ。

実はエラズリスには過去、2010年に、腕時計をモチーフとした作品もあります。その作品『Personal Registration of Time Passing, 』は腕時計から時針・分針を取り去って、秒針だけが回るアートピースです。「私は、学んできたことも現在の活動も『アーティスト兼デザイナー』です。作品には、哲学的な社会心理学がはいってくるのはそのせいです。秒針はあるが時針と分針がない時計は、時間を知ることはできないけれど、時間が過ぎていくことがわかるのです。しかも手巻きなので、時間を教えてくれない時計を、わざわざ巻く。時間は過ぎていくものだ、ということをリマインドする作品です」

映像は今年3月の「アートバーゼル香港」でオーデマ ピゲのVIPラウンジに展示された『Second Nature』。木材からロボットでいくつもの形を切り出して継いだ、木製の彫刻。

「これはまだ製作途中」とエラズリスがいう、“木材から切り出す樹木の彫刻”。最終的には幹と枝を残し、葉と花がつくのだという。

彼自身の自由な創作活動と、企業とのコラボレーションはどのように結びついているのでしょうか。

「最初のつながりは2016年、アート・バーゼル関係のコンペティションで選ばれたことです。通常は、アーティストとしての自由が阻害されるおそれがあるから、企業とのコラボは積極的にできないのです。でも、オーデマ ピゲは大きなプロジェクトでもそうした束縛がありません。自由にやっていいよと言ってくれ、例えばロゴをあちこちに配置しろとかの強制もなく、ほかとは違うのです」

セバスチャン・エラズリス自身も職人技に敬意を持っており、お互いに敬意をもつ絆が生まれた、と言います。オーデマ ピゲが芸術に示す理解と共感は、ものをつくる人とその才能・努力に対する敬意に基づき、時計づくりと重なっていきます。また、そうした度量を示すことができるのは、オーデマ ピゲが現在のスイスでも極めて珍しい、独立した家族経営を守り続けるブランドであることと無関係ではないでしょう。それは芸術と企業の関わり合い方の、一つの幸運な例を示しているように見えます。

問い合わせ先/オーデマ ピゲ TEL:03−6830−0000