『コロナ時代のアマビエ』プロジェクトに川島秀明の作品が登場

  • 写真・文:中島良平

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作品『SHI』を前に、その制作プロセスなどを説明する川島秀明。疫病払いの厄除けを作りたかったのではなく、諸行無常に裏打ちされた仏教の哲学的な側面をどうやって図解するか、そんな動機で描いたのだという。

角川武蔵野ミュージアムで昨秋スタートした「アマビエ・プロジェクト〜コロナ時代のアマビエ」。疫病を退ける江戸時代の妖怪「アマビエ」をモチーフに、現代アーティストが作品を制作するこのプロジェクトで、会田誠、鴻池朋子に続く第3弾として川島秀明が『SHI』と題する作品を発表した。20代半ばに1995年から2年間、比叡山延暦寺で仏道修行した経験をもつ川島に、作品に込めた想いなどを聞いた。

「コロナの流行が始まったとき、いろいろなイラストレーターやデザイナーがアマビエの画像をSNSなどにアップしているのは知っていましたし、実際に見てもいました。僕はお寺にいた経験もあるので、呪い(まじない)に対して意外と潔癖です。しかし依頼をいただいたので、であるならば、仏教をハッキリ意識して描いてみようと思いました」

角川武蔵野ミュージアムの2階ロビー展示風景。作品とあわせて「四諦」「四苦」の説明にはじまる作家ステイトメントが、グラフィックデザイナーのバンドウジロウによる「生老病死」などのタイポグラフィとともに掲示されている。

川島は、お釈迦さまが説かれた話を思い出した。まずは、四つの真理を意味する四諦(したい)。一切は苦である〈苦諦(くたい)〉、その原因は煩悩である〈集諦(じったい)〉、それを滅すれば苦は除かれる〈滅諦(めったい)〉、その為の正しい道を実践すべし〈道諦(どうたい)〉。その苦諦において、生・老・病・死という逃れようのない四つの苦しみ〈四苦(しく)〉が説かれている。仏教の教えと、ある文学作品から4という数を表現する図柄というアイディアが生まれた。

「去年が三島由紀夫の没後50年ということで、たまたま『豊饒の海』という遺作を読み返していたんですね。あの作品は全4巻で、4人の生まれ変わりという輪廻の話です。このアマビエの制作のことも考え始めたところだったので、4つの頭を描くのはどうだろうかと思いつきました。生老病死とか苦集滅道というのも4ですし、森羅万象がつながって関係し合っているというようなある哲学を図解するようなイメージもありました」

疫病を退散させるファンタジーとしてアマビエを描くのではなく、昔から起こってきた疫病の流行がいま世界規模で起きているだけで、諸行無常であることを再び認識することでコロナ禍を平常心で受け止めることができるのではないだろうか。そんな思いを込めて、『SHI』と題する作品を制作した。

普段はアクリル絵具で描くことが多いが、この作品では珍しく油絵具を用いた。「乾くのに時間がかかるから使いにくいんですけど、色は綺麗なんですよね。次の個展をいつやるかわかりませんが、それまでは油絵具を使ってみようと思っています」

作品の下絵。長方形の画面に最初は描いていたが、ぐるぐると回るイメージを考えるようになり正方形に変化した。

寺では自己を消す修行を、絵を描くときは自己表現を、という矛盾と向き合う。

川島秀明●1969年愛知県生まれ。1991年東京造形大学卒業後、1995年から2年間比叡山での仏道修行を経て、2001年アーティスト活動を開始。国内外で多数の展覧会に出展するほか、おもな個展に『youth』(小山登美夫ギャラリー、2018年)、『Back and Forth』(Richard Heller Gallery、アメリカ、2014年)など。

「学生のときは三島由紀夫ばっかり読んでいました。ちょうど昭和天皇が亡くなった時期で、三島の没後20年ということで一水会の集会に行ってみたり、過激なことをやりたいような思いが強かったんです。卒業制作で三島の生首を描いたりもしました。それが、卒業したらプツリと切れて、美術大学の環境を離れるとだんだん自分は何なのだろうと途方に暮れてしまって、作品も作らなくなっていった。そんなときに仏教の本を読んでいたら、比叡山延暦寺が修行者を一般公募していたので、応募してみました」

仏教との最初の接点は、2.26事件の青年将校の精神的指導者であった思想家の北一輝への興味がきっかけで生まれたという。三島作品にも描かれていた北一輝の絶筆が南無妙法蓮華経だったことを知り、仏教の経典には何が書かれているのか学ぼうと思った。

「いまとなっては美化された思い出ですけど、比叡山では非常に清潔な2年間を過ごしました。アルコールも飲まず、掃除をして写経をしてと、規則正しくキビキビと暮らしました。比叡山に上がる前から本を読んでいたのでそれなりの仏教理解はありましたが、お寺の世界はそうした哲学的なものだけではなく、人間臭いものだと感じました。生身の信者さんを相手にもするので、悟りがどうこうということだけではなく、宗教は人を助けるものなんだということをすごく感じましたね」

少女たちの髪の毛が渦巻くような描写をすることで、ぐるぐると回りながらあらゆるものが変わり続ける諸行無常を視覚化した。

2年で修行を終え、得度し、比叡山を下りた。しかし、また「元の木阿弥でアルバイト生活が始まって、バイトして酒飲んで寝て、という毎日を過ごすのは違う」と思って、再び絵を描き始めた。自己を消す寺の修行と、自己表現をする絵画。そのアンビバレントな部分を理解したうえで、自己を吐き出すことが必要なのだと笑いながら説明する。

「本心はこのまま静かに死んでいきたいようにも思うけど、それでも実際には絵を描くことで自分を出してしまう。だから、僕は絵を描くことは自分を苦しめることになっているんじゃないかと常々思うんですね。制作は自意識を惹起するものですから。でも、絵ができあがって手放したとき、苦しみから解放されて嬉しい気分になるんです。だったら描かなきゃいいのにとも思いますが、自意識過剰なので絵を描き始めてしまう。早く終わらないかと思いながら苦しんで、完成するとすごく解放される。これって何なんですかね」

絵を描くことも、もしかしたら川島にとっては人生という修行の一部であり、自らに課す〈苦〉のひとつなのかもしれない。その先にある涅槃を目指し、心に平安をもたらすまで絵を描き続けることが生涯のテーマなのではないか。川島がどのように制作と向き合っていくのか、今後も制作を追いかけ続けたい。

建物外には、鴻池朋子の作品『武蔵野皮トンビ』が展示されている。7月に予定する大岩オスカールと荒神明香の作品発表のタイミングで、第1弾の会田誠の作品もあわせてアマビエプロジェクトの全作品が集結する予定。

【コロナ時代のアマビエ】プロジェクト
開催期間:〜2021年10月(予定)
開催場所:角川武蔵野ミュージアム
埼玉県所沢市東所沢和田 3-31-3 ところざわサクラタウン
TEL:0570-017-396(ところざわサクラタウンお電話窓口)
※電話受付時間10:00~17:00
開館時間:10時~18時(日〜木)、10時〜20時(金・土)
※入館は閉館30分前まで
休館日:毎月第1・第3・第5火曜日
※祝日の場合は開館・翌日閉館
入館無料
※ロビーの展示は無料で鑑賞可能だが、展示室や図書館には別途入館料あり