波乱に満ちた夭逝の画家、日本初の回顧展「ヴォルス――路上から宇宙へ」展へ駆けつけよう。

  • 文・内山さつき

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生前は作品発表を好まなかったヴォルス。死後評価が高まり、「アンフォルメル」の代表的な作家とされるようになります。《無題》1942 / 43年 グアッシュ、インク、紙 14.0×20.0㎝ DIC川村記念美術館

ドイツに生まれ、写真家として成功を収めたものの、戦争によって収容所に入れられ、絵を描くことに没頭した夭逝の画家ヴォルス(1913〜1951)。死後「アンフォルメルの先駆者」と評されたヴォルスの日本初の回顧展「ヴォルス――路上から宇宙へ」展がDIC川村記念美術館で開催され、話題となっています。

ヴォルス――本名アルフレート・オットー・ヴォルフガング・シュルツは、1913年、ベルリンの豊かで教養ある家庭に生まれました。音楽と詩を愛し、特にヴァイオリンを弾くことが好きだった少年は、勉学のかたわら独学で水彩画も描いていましたが、16歳のときに最愛の父親を亡くし、大学進学を断念します。

その後写真の修行を積み、1937年にはフランスで写真家としての才能を認められ、売れっ子の生活を送るものの、戦争の勃発によってドイツ人のヴォルスは敵国人とみなされ、収容所に収監されてしまうのです。

愛するヴァイオリンを手放し、戦乱の中でカメラも失い、ヴォルスは描くことに没頭していきます。初期の幻想的な水彩画は、幼い頃に展覧会を見たというパウル・クレーの影響を思わせるものも。しかし、ヴォルスは目を閉じると現れるイメージを自らのやり方で描いたと記しています。浮遊する船や、まぼろしのように浮かぶ街。蜘蛛の巣のような儚い線と色彩は、自由を奪われた彼の内面に浮かび上がった幻影だったのでしょうか。

戦後、ヴォルスは画商のすすめで油彩画に取り組みます。独学でカンヴァスに向かい、絵の具を盛り上がらせたり、ドリッピング、グラッタージュ(ひっかき)など、さまざまな技法を取り入れた抽象画を残しました。

また、文学を愛したヴォルスは、ジャン・ポール・サルトルと出会い、彼に認められて、サルトルの著作に銅版画の挿絵を描きました。ヴォルスは1945年〜49年に集中的に銅版画制作を行って、アントナン・アルトーら詩人の挿絵も手がけています。

数奇な運命の末、38歳で夭折したヴォルス。幻想的な水彩画を始め、独創的な写真、存在感のある油彩、不思議なイメージを描いた銅版画と文学とのコラボレーションなど、その作品は今も多くの人を惹きつけてやみません。

写真家としては1937年のパリ万国博覧会の「エレガンスと装飾館」を撮影したり、マックス・エルンストをはじめ著名人の肖像写真を依頼されるほど成功を収めました。《ニコール・ボウバン》 c.1933 / 1976年 ゼラチンシルバープリント 13.6×20.2㎝ The J.Paul Getty Museum, Los Angeles

絵の具の厚塗りなどの技法によって、動きのある画面が特徴の油彩画。《構成 白い十字》1947年 油彩、カンヴァス 32.5×45㎝ 国立国際美術館

持ち味である生き生きとした線の魅力を発揮している銅版画。《裸体の花》 1949 / 62年 サルトル『食料』(1949年刊)の挿絵 ドライポイント、紙 12.3×10.0㎝ DIC川村記念美術館



ヴォルス――路上から宇宙へ

開催期間:~7月2日(日)
開催場所:DIC川村記念美術館
千葉県佐倉市坂戸631
営業時間:9時30分~17時(入館は30分前まで)
休館日:月曜
入場料:一般¥1300

http://kawamura-museum.dic.co.jp/