志賀理江子が探し続ける眼差しの先とは? 猪熊弦一郎現代美術館で開催中の...

志賀理江子が探し続ける眼差しの先とは? 猪熊弦一郎現代美術館で開催中の『Blind Date』に迫ります。

写真:涌井駿(ポートレート) 文:山田泰巨

宮城県を拠点に制作活動を行う写真家、志賀理江子さん。

2008年に写真集『Lilly』『CANARY』で第33回木村伊兵衛写真賞を受賞。宮城県名取市の北釜に移り住んで制作された『螺旋海岸 album』を2013年に発表し、これまでの集大成ともいえる表現は非常に多くの注目を集めました。

先日、4年ぶりの作品集となる『Blind Date』を刊行した志賀さんは現在、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で同名の展覧会を開催しています。これまであいちトリエンナーレへの出展やせんだいメディアテークでの展示はあったものの、国内の美術館では初めての個展だという志賀さんにインタビューを行いました。

志賀理江子 <ブラインドデート> 2009年 © Lieko Shiga

「前作を発表したあと、妊娠、出産、そして育児。私自身の生活も大きく変わりました。個展を開きたいという嬉しい声をかけていただき、完全版をつくろうと考えていた『Blind Date』に取り掛かることに決めました。Blindという言葉をあらためて考えることになり、ずいぶんと長く時間をかけることになってしまいました」

展覧会、そして写真集としてまとめられた本作『Blind Date』は、志賀さんが2009年にアーティスト・イン・レジデンスとしてタイのバンコクに滞在し、撮影した作品をまとめたものです。

初めて訪れる国でなにをテーマに据えるべきか迷っていた志賀さん。その心を掴んだのは移動時に乗るバイクタクシーですれ違う、自分と同じように後部座席に座る女の子たちの視線だったといいます。ふとした時にぶつかり合う視線。親しい関係にない限り見つめ合うことのない日本人には新鮮な体験である一方、彼女の脳裏には実家に飾られていた曾祖父母のどこを見ているかわかない眼差しの写真が思い浮かびあがったそうです。会ったことのない祖先の眼差しとの交差が初めての写真体験ではないか。写真を通じて視線を捉えたいとの思いから作品制作は始まったと言います。志賀さんは街中でバイクに乗る男女のカップルを見つけては声をかけて撮影し、数分間並走して、また別れていく作業を繰り返し、約100組を写真に収めました。

志賀理江子 <ブラインドデート> 2009年 © Lieko Shiga

「笑わずに私を見つめてほしい、撮影の時にそれだけをお願いしました。笑うと本当の顔が見えなくなってしまう気がして。気があったカップルとは撮影後にお茶をしながら、他愛もない話から、どんな付き合いなのかといった踏み込んだ話まで互いの話をしました。そうして撮影を重ねていくうちに、私の中でひとつの妄想が膨らみました。それは後部座席の子が運転する子の目を隠し、心中してしまった恋人たち。そんな恋人がこの街にいたかもしれないという思いにとらわれ、そこから「Blind Date」という言葉が浮かあがったのです。私は向き合わずとも写真は撮影できてしまうという暴力性がずっと気になっていたのですが、この撮影ではそれを考える余地がありませんでした。「Blind」は主に「盲目」という意味ですが、「Blind Date」には「知らない人と会ってデートをすること」という意味がある。私自身が置かれた状況とも重なり、「Blind」という言葉が写真を撮る上でどう意味を持つのかに迫ったのです」

志賀理江子 <ブラインドデート> 2009年 © Lieko Shiga

志賀さんはもうひとつ、写真作品を制作するうえで「写真は目にしか見えないのか?」という問いを抱えていたと言います。盲目になったら写真は意味を失うのか。全盲の人は目が見えることを前提とした社会と断絶しているのか。こうして志賀さんはタイで暮らす全盲のカップルと出会い、女の子が語る話にひとつの答えを見つけます。

「彼女は私に言いました。『目が見えぬ、らしいのです。それは私の知らない前世に関係するでしょうか。本当のことを知りたくて、大学に行き、世界中のさまざまな宗教について学びました。それらは生死について実にさまざまなことを述べています。でも、その全てに違和感を感じました。私には当てはまらない気がするのです』と。タイで信じられている輪廻転生によると、盲目で生まれた人は前世で悪い行いをしたからだという。彼女は自ら、それと向き合いました。彼女たちは私たちの無自覚な視覚の世界と少し違う世界に生きていて、けれどそれは私たちのすぐ近くにある。そう思うと救われた気がしたんです。私がずっと探している、誰もが心の奥に持つ自由な心の領域ではないかと。そして同時に、あらためて写真は目、そしてさまざまな感覚が身体に結びついて感知するものなのだと。目に見えないものとも向き合えるのだと思ったのです」

「バンコクの湿った空気で電話帳をめくるようしたい」とデザイナーの森大志郎さんに伝え、ぐにゃっとした自立しない紙と造本にしたといいます。志賀理江子 写真集『Blind Date』(100頁、全ページ袋とじ・並製本 (特製函入) )発行:T&M Projects ¥8,640

展示・作品集の制作にあたり、志賀さんはふたたび「Blind Date」に向き合うこととなりました。

「シンプルな作品ですが、あらためて見返すことで彼女たちは何を見ていたのかを探ることになりました。彼女たちの眼差し、という私の中で宙吊りになっていたことをもう一度模索することにしたのです」

書籍のレイアウトは非常に難航したといいます。志賀さんは、彼女たちの目の中心をページ中央にもってくることにしました。これにより私たち読者は、志賀さんがバンコクで感じた違和感を体験することができます。なかには大胆なトリミングを行なったページもあり、どこにも焦点が合わない写真もあります。この違和感に印刷所でも作業に戸惑ったとか。また志賀さんが撮影を行なった2009年、タイは非常に不安定な時期にありました。クーデターにより政情は不安定になり、市民による大規模なデモとそれを政府が鎮圧する武力弾圧が行われた時期です。志賀さんはこの作品で、いまの日本の状況を隠喩したといいます。

「人が何を見ているのか、そして見えていないのか、私たちには何が見えているのかを問う側面もあります」

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