創設60周年を機に振り返る、国立西洋美術館のアイデンティティ

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    『国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展』

    国立西洋美術館

    創設60周年を機に振り返る、国立西洋美術館のアイデンティティ

    赤坂英人美術評論家

    ウジェーヌ=ルイ・ジロー『裕仁殿下のル・アーヴル港到着』1921~22年 松方コレクション。当時の裕仁殿下が軍艦「香取」でル・アーヴルに到着した様子を描いたもの。風にはためく旭日旗は往時の日本の姿を語っているようだ。2点すべて国立西洋美術館所蔵。

    フランク・ブラングィン『松方幸次郎の肖像』 1916年 旧松方コレクション。

    国立西洋美術館で、開館60周年記念として同美術館のアイデンティティ(存在証明)というべき展覧会『松方コレクション展』が始まった。この言い方は大袈裟だと思う人もいるかもしれないが、決して言い過ぎではない。なぜなら、国立西洋美術館は「松方コレクション」を収蔵・展示するために創設された美術館だからである。

    「松方コレクション」とは、明治の元勲、松方正義の三男で川崎造船所社長だった松方幸次郎(1866~1950年)が、大正中期から昭和初期にヨーロッパで収集したモネなどの印象派絵画、ロダンなどの彫刻、浮世絵など、総数1万点にもおよぶ大コレクションのことだ。松方はなぜ、これほど膨大に美術品を購入したのか。

    第1次世界大戦の戦時下、松方は造船業で巨万の富を築き、その財力で美術品を収集した。帰国後、日本に美術館を建て、若い画家たちに本物の西洋名画を見せる夢を実現させるために。彼は富の力で文化を変容させようとしたのだ。だが、歴史は残酷だ。

    1927年の金融恐慌とその後の世界恐慌の巨大な波は、川崎造船所を破綻に追い込み、松方の美術品をことごとく離散させた。パリとロンドンに保管されていた美術品は、ロンドンのものは39年の火災で焼失。パリの作品群約400点は、フランス政府に敵国人財産として接収された。

    第2次世界大戦後、吉田茂首相がフランス政府に松方のコレクション返還を提案。フランス側は美術館創設を条件に寄贈返還した。そうして生まれたのが国立西洋美術館である。

    ぼくがまだ学生だった頃、松方コレクション展を見に行った覚えがある。どの絵画や彫刻も微妙な光と影の中にいるように感じた。いま思う、このコレクションは、戦争と芸術という人間の理性の最悪と最良の部分が交差した時の産物なのである。



    『国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展』
    開催中~9/23
    国立西洋美術館
    TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
    開館時間:9時30分~17時30分(金曜、土曜は21時まで)
    休館日:月
    料金:一般¥1,600(税込)
    https://artexhibition.jp/matsukata2019