水素で走る‟未来のクルマ”を試乗レポート! 新型トヨタMIRAI のスゴさをひも解く。

  • 文:小川フミオ

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2020年12月にフルモデルチェンジを予定している新型「トヨタMIRAI」のプロトタイプをトヨタ自動車が公開、富士スピードウェイで行われた試乗会から、その魅力と真価をひも解いた。

カムリなどと共通する台形グリルを得た新型MIRAIのプロトタイプ。現行モデルとは、がらりと印象が変わった。

2020年12月、第二世代となる新型が登場することとなったトヨタ MIRAIは、水素を燃料として搭載し、酸素と反応させた際に発生する電気の力でモーターを回す「Fuel Cell Vehicle(FCV)」と呼ばれる燃料電池車だ。

環境問題への対応が急ピッチで進む自動車業界でも、環境への負荷が圧倒的に少なく、注目を集めてきたFCV。一般に普及するにはまだいくつものハードルがあるが、いち早く力を入れてきたのがトヨタ自動車だ。2014年に世界初の量産型セダンとして登場して早6年が経ち、2代目となったMIRAIはいかに進化したのか。試乗レポートをお届けする。

燃料電池車を“好きになれる”出来のよさ。

新型は走りのよさを追求し、モーターとバッテリーをリアに搭載して後輪を駆動する。リアビューも一新。

トヨタ自動車が、2020年12月にフルモデルチェンジを予定している新型「トヨタMIRAI」(プロトタイプ)を公開した。富士スピードウェイで、11月に試乗するチャンスを得た。燃料電池車というのは、かんたんにいうと水素で走る電気自動車。ガソリンのように水素を充填し、クルマがそれを酸素と電気化学反応させて電気を取り出し、モーターを回す。

究極のエコカーとして、燃料電池車(FCV)が話題になりはじめたのは、1990年代だった。メルセデス・ベンツが熱心で、初代Aクラス(1997年)は床を二重構造にしてバッテリーを搭載したり、水素タンクを積むことも考えられていた。

トヨタのいう「TNGA GA-L」というロングホイールベースの後輪駆動用プラットフォームを使用する。

私の燃料電池初体験を思い返すと、2002年にホンダが作った「FCX」というクルマだった。4165ミリの全長に1645ミリの全高で、背の高いハッチバックという風情。

試乗した場所はエコカーと相性がいいとのことで屋久島だった。当時ホンダは「ゼロエミッション(排出ガスゼロ)プロジェクト」に参画。屋久島のそれは、水資源で発電した電力で水素を発生する完全循環型の水素ステーションだった。(実証実験だったので、のちに撤去となる)

燃料電池車は、さきにも触れたとおり電気自動車であるので、FCXもよく走った。トルクがたっぷりあるのが印象的で、屋久島の縁を縫うように設けられたワインディングロードを、息つぎなど感じさせずに走り回ったのをおぼえている。

もうひとつ、私が忘れられないのは、「このクルマ(FCX)いくらぐらいするんですか」と崖っぷちの道を走りながら、ホンダの開発者に訊いたとき。うーんと困った顔をしたそのひとは、「だいたいですが、3億円ぐらいでしょうか」と答えてくれた。それを聞いて手が震えた。

ダッシュボードはツヤを抑えたブラックと、あえて輝きを出したブラックとを組み合わせている。
インテリアのアクセントには、導電率のよさから電気(自動車)と相性のいい銅(カパー)のイメージを用いている。

新しい時代がやってくるのだなあと、私が屋久島で感慨にふけってから10年ほどで燃料電池車が市販されるようになった。いまでは市場に数が増えてきた。日本の状況だけみても、MIRAIに加えて、「ホンダ・クラリティフューエルセル」、さらに「メルセデス・ベンツGLC F-Cell」や「ヒュンダイ・ネッソ」にも乗れる。

ヒュンダイのSUV型FCVだけはディーラーで販売していないものの(そもそもヒュンダイのディーラーはまだ日本に存在していない)、カーシェアリングで試乗可能というちょっと不思議な形態である。

私は、燃料電池車が好きだ。もっともいいところは、電気自動車だけど、ガソリン車のように使い勝手がいいこと。なにしろ水素を充填するのに必要な時間が、ガソリン車なみなのだ。充電が必要ない。

MIRAIプロトタイプは、燃料電池車をますます好きになれる出来のよさだった。というのは、操縦性がうんといい。「ドライバーズカーとして開発しました」と、開発を総指揮したトヨタ自動車のチーフエンジニア、田中義和氏が言うとおりの出来なのだ。

後輪駆動を採用し、クルマの基本をつくりこんだ。

新型MIRAIでは「クルマ本来の魅力にあふれ、エッジの効いた個性を追求している」と語る、開発総指揮の田中義和チーフエンジニア。

先述したとおり、試乗したの富士スピードウェイのショートコースというサーキットなので、一般道の評価がむずかしいものの、サーキット走行がとても楽しめたというのは、それはそれですごいことである。

走り出しと加速時はバッテリーでモーターが駆動されるので、かなり力強い。え、こんなに、と驚くほどの速度感なのだ。そのあと、燃料電池で走るようになる。小さなコーナーが次々に現れるサーキットでは、燃料電池で走る区間が短めのストレートだけ、という感じであったものの、もう、びっくりするほど、気持ちがよい操縦性である。

その秘密としては、システムがパワーアップしていることがひとつ。もうひとつはシャシーやサスペンションやステアリングといった、クルマの基本中の基本と呼ばれる部分が、しっかりつくりこんであること。さらに特筆すべきは、新型MIRAIは、リアにモーターを搭載した後輪駆動である点だ。

写真左下の外部給電器をつなげば、車両から取り出した電気を非常時の電源として使える。
水素から電気を取り出す装置であるFCスタック。燃料電池車の性能を左右する要(かなめ)の部品。

現行MIRAIは、フロント部分にモーターを搭載した前輪駆動なので、クルマの中身ががらりと変わった。「現行モデルはFCVであることばかり考えて開発したけれど、新型MIRAIは、なにも知らずに乗って”いいね”と思ってもらえることを念頭につくりました」と前出の田中チーフエンジニアは語ってくれた。

メルセデス・ベンツのGLC F-Cellは、燃料電池といっても、積極的にバッテリーを使って走るメカニズムなので、MIRAIと直接比較するのはややむずかしい。中身だけ見るなら、SUVスタイルのヒュンダイ・ネッソを競合とみることが出来るかもしれない。

黄色い円筒は水素用タンク(3本)で、オレンジ色は水素を運ぶパイプ(写真はリアからの眺め)。
写真のFCスタックから取り出した電気と、駆動用バッテリーとでリアに搭載したモーターを駆動する仕組み。

はたして、MIRAIのよさはスムーズな加速感と、スポーティな操縦性にある。「FCVらしいスタイルも必要でしょう、とデザイン部に言われたとき、あえて鬼面ひとを驚かすようなスタイルはやめましょう、と話しました」とは田中チーフエンジニアの言葉だ。

全長5メートルに近いボディの伸びやかさを活かした、ルーフからリアまでつながって見えるファストバックスタイルである。昨今のクーペライクなセダンの潮流にあるデザインで、現行MIRAIがよくも悪くも個性的だったのに対して、たしかに”特別感”はない。

トヨタ自動車では新型MIRAIをセダンのひとつの頂点に据えようと考えているとも聞く。たしかにデザインを見るかぎり、その下にカムリとかがあっても、モデル構成にまったく違和感をおぼえないだろう。

リアシートは3人がけで、ちょっと豪華な「エグゼクティブパッケージ」なる仕様も用意される。
水素タンクを小分けにしたり搭載位置を考えたりで、トランクは容量がかなり大きい。

オーソドクス。でもちゃんとスタイリング上のツボを心得たプロポーションだ。静かでパワフルで、環境に優しいという点からしても、これからのセダンの理想形ととらえるのも、やぶさかではない。

インテリアは、5人乗りのパッケージ。前席乗員の眼の前に広がるダッシュボードは、レザーより高価そうな合成樹脂をうまく使い、質感を追求している。全体はシンプルにまとめられ、ふたつの液晶モニターを収めたディスプレイが大きく目をひく。加えて、導電率の高さのためか、銅をイメージしたアクセントがダッシュボードをいろどっているのも印象的だ。

新型MIRAIプロトタイプのボディサイズは全長4975ミリ、全幅1885ミリ、全高1470ミリで、ホイールベースは2920ミリ。

先にふれたヒュンダイ・ネッソは、スタイルがトレンディなSUVだし、液晶を多用したモニターパネルには、ウィンカーと連動して視覚を映し出すカメラが作動するなど、それなりに新しい技術が採用されている。

MIRAIはそれよりはローテク。ローテクというか、スタイルを含めてオーソドクス。でもドライブを楽しませるというクルマの根源にたちかえったと考えると、こういうありかたも許容できる。新しさと伝統とのバランスに、その真価があるのかもしれない。

トヨタMIRAI
●サイズ(全長×全幅×全高):4975×1885×1470mm
●エンジン形式:燃料電池による電気モーター
●最高出力:134kW
●最大トルク:300Nm
●航続距離:約850km(WLTC)
●駆動方式:後輪駆動
●車両価格:未定