セイコー プロスペックス「LXライン」のルーツをたどると、1968年に発表されたダイバーズウォッチに行き着く。これは前述した65年の国産初のダイバーズウォッチに次ぐもので、10振動のハイビートキャリバーを搭載し、防水性も300mに向上。4時位置のリューズが特徴である。70年5月11日、冒険家・植村直己が日本人として初めてのエベレスト登頂を成し遂げた際、このモデルを携行していたことがいまも語り継がれている。
「LXライン」は、このモデルをベースに、継承・進化を目指したものだが、セイコー担当者との議論の中で、奥山が気づかされたセイコーの製品哲学もあった。たとえばセイコーのダイバーズウォッチでは、ブレスレットを取り付けるバーをはめ込む穴が、ラグの裏から表まで貫通している。当初奥山は、この穴を貫通させる必要はないのではと主張した。しかしーー。
「塩水が凝固してピンが取れなくなることを避けるため、双方向から外せるようにするという社内規定があった。それについてかなり議論しましたが、これがセイコーのよさなんだと気づき、穴を残しました。セイコー社内で定めたダイバーズウォッチの規格が、後に国際的な規格のベースになったぐらい、セイコーは真摯な取り組みを続けてきた。それも守るべき企業文化ではないかと思ったんです」
セイコー プロスペックス「LXライン」の着想源となった、1968年ダイバーズウォッチのスケッチ。LXラインと見比べると、デザインの核となる要素に大きな変更はなく、継承されたディテールが顕著に見て取れる。
奥山は、世界初のクォーツ腕時計「クォーツアストロン」の開発を推進した元セイコーエプソン社長、故中村恒也との出会いをよく記憶している。
「ある方の紹介でご自宅にお邪魔した際、時計のデザインや判断基準について、いろいろ教えてくださいました。たとえば『主役は針だ、ダイヤルは舞台だ、だから主役の邪魔をするような舞台をつくってはいけない』とか、『シンプルでマット仕上げのダイヤルがいちばんいい』とか。日本のものづくりに欠けている“なぜ”を常に問う人でした。僕もイタリアでカーデザインに携わっていた時代、『なぜその機能を搭載するのか?』『なぜそれがそこになければならないのか?』と常に周囲から問われ続けていました。僕は、素材を素材らしく見せ、一本筋の通ったデザインだけが次世代に残ると信じています。腕時計のデザインについても同じです。ただ、その時代ごとのライフスタイルに合わせた変化をしなくては残っていけない。ヴィンテージを振り返りながら、次の世代のための新しいもの、つまり将来のヴィンテージになっていくものを目指さなくてはならないのです。未来に続くような、基本がしっかりした正直で本物のデザインが欲しいと思っています」
セイコー プロスペックス「LXライン」には、そんな奥山のデザイン哲学とセイコーのヘリテージが、しっかりと息づいている。
左:タフな使用を想定した、チタン素材の“陸”モデル。簡易方位計つき双方向回転ベゼルを備えた“陸”仕様モデル。厚みをもたせたチタンの武骨な佇まい。ブラックダイヤルとのコントラストが印象的な黄色の針によるGMT表示機能を装備。セイコー プロスペックス「LXライン」SBDB029。自動巻きスプリングドライブ キャリバー5R66搭載、セイコー独自の表面加工技術を施したチタンケース&ブレスレット、ケース径44.8mm、20気圧防水。セイコー ウォッチサロンのみでの取り扱い。¥583,000(税込) 右:黒と青にベゼルを彩った、空を感じさせるモデル。赤い針のGMT表示機能に加え、24時間表示つき回転ベゼルを操作することで、3つの時間に対応。ベゼルのブラック&ブルーのカラーリングやブルーダイヤルも目を引く。セイコー プロスペックス「 LXライン」SBDB031。自動巻きスプリングドライブ キャリバー5R66搭載、セイコー独自の表面加工技術を施したチタンケース&ブレスレット、ケース径44.8mm、10気圧防水、サファイアクリスタル風防。セイコーウォッチサロンのみでの取り扱い。¥638,000(税込)