【ピアジェとゴールドの秘密を解く】講義②:セレブやアーティストと時計の華やかな関係。

  • 写真:宇田川淳
  • 文:本間惠子、並木浩一
  • イラスト:黒木仁史

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1874年創業のウオッチ&ジュエリーブランド「ピアジェ」。その魅力を語る上で切り離せないゴールドとの深い関係について、4人の講師がひも解きます。第2回は、セレブが魅了されたジュエリーウォッチや、著名アーティストのゴールド製ウォッチにまつわるエピソードについて、時計ジャーナリストの本間恵子さんと並木浩一さんがそれぞれ解説します。

左から、しなやかな仕立てによって手首にフィット。「ライムライト ハイジュエリーウォッチ」クオーツ、WG、ダイヤモンド。ケースサイズ25.0×25.0mm、¥22,200,000(税抜)。彫刻をほどこしたアメシストのカバーを開けると文字盤が現れる「ライムライト ハイジュエリー シークレット カフウォッチ」クオーツ、WG、ダイヤモンド、アメシスト。ケースサイズ27.0×22.0mm、¥20,200,000(税抜)。気品ある紫がアクセントの「ライムライト エクセプショナル カフウォッチ」クオーツ、WG、ダイヤモンド、アメシスト。ケースサイズ32.0×16.0mm、¥16,000,000(税抜)

カフ、またはフランス語でマンシェット(袖口)と呼ばれる大ぶりなジュエリーウォッチの存在は、20世紀の宝飾品史を語る上では避けて通れません。1960年代の後半から70年代にかけてのゴージャスで大胆なモードによく似合い、ハリウッドスターや女性ビリオネアたちにとってはマスト・ハブ・アイテムだったのです。

エリザベス・テイラー●1932年、イギリスロンドン生まれ。「ハリウッド黄金時代」を代表する大女優のひとり。愛称は「リズ」。PHOTO:Getty Images
1971年につくられ、エリザベス・テイラーが購入した翡翠の文字盤のカフウォッチ。イヴ・ピアジェが訪れた山荘にはリチャード・バートンもいたといいます。ⓒPiaget/Fabien Cruchon
同じくリズが購入した1981年製のジュエリーウォッチ。ロープ状のチェーンをブレスレットにしたエレガントな仕立て。ともに2011年に開催されたクリスティーズのオークションでピアジェが落札しました。

このトレンドの最先端を走っていたのは、間違いなくピアジェです。当時メゾンを率いていた創業家の第3世代、ヴァランタン・ピアジェが目指していたのは「かつてだれもやったことがないこと」。複雑なテクスチャーをゴールドに彫金したブレスレットと、色鮮やかな宝石を文字盤にはめ込んだカフウォッチは、まさにそれでした。ジュエリーをこよなく愛するエリザベス・テイラーも、ピアジェに魅入られたひとりで、ジュネーブにあるピアジェのブティックに電話をかけ、品物を見たがったのです。そこで現会長イヴ・ピアジェが時計を抱えて彼女の山荘を訪ね、リズはきらびやかなイエローゴールドのカフウォッチを購入したのだといいます。

ジャクリーン・ケネディ・オナシス●1929年、アメリカニューヨーク州生まれ。第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの夫人。愛称は「ジャッキー」。PHOTO:Getty Images
1967年にジャクリーン・ケネディが購入したジュエリーウォッチは、翡翠の文字盤をダイヤモンドとエメラルドが囲むデザイン。映画『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』では主人公を演じるナタリー・ポートマンがこれを着用。ジャッキーの没後に開催されたサザビーズのオークション以来、この時計はピアジェのアーカイブに収蔵されています。ⓒArchives Piaget

こうした時計をいっそうジュエリーライクなものにしていたのは、卓越したゴールドの加工技術です。たとえばジャクリーン・ケネディ・オナシスが愛用した時計のブレスレットにあしらわれていたのは、ファブリックを思わせるテクスチャー。これは「パレス装飾」と呼ばれる技術で、ゴールドの表面に手作業で彫りを刻みつけています。1957年にプレシャスメタルのみを素材とする決定を下して以来、ピアジェはゴールドのオーソリティなのです。

1961年に貴金属加工の専門工房を次々に買収したピアジェは、スイス伝統の高度な技術を自社に集約。パレス装飾だけでなく、メッシュやブレード装飾、ハンマー仕上げ、鍛造など、特殊な技法を習得したジュエリー職人たちが、アトリエの時計製造部門と同じフロアで働いています。宝石をセットするビジュティエ(石留め職人)やジェモロジスト(宝石鑑定士)も自社にいるピアジェは、ジュエラーと呼んでもさしつかえない布陣なのです。

そのハイジュエリーウォッチは、軽やかにしてモダン。手首にフィットするしなやかさは往年の名作そのままに、オートクチュールのドレスにもたとえられる優美さを実現しています。そしてその背後には、職人たちの注ぎ込んだ技術の粋が隠されているのです。

本間恵子(ほんま・けいこ)●1964年、東京生まれ。ジュエリーデザイナーから宝飾専門誌ファッションエディターに転身し、現在はフリーランサーとして国内外を取材する。SIHHやバーゼルワールド、パリオートクチュールの常連でもあり、宝石用高倍率ルーペを常に持ち歩く宝石好き。

ゴールドで結ばれた、著名アーティストとの縁。

アンディ・ウォーホル●1928年、アメリカニューヨーク州生まれ。ポップアートの旗手。映画制作なども手がけたマルチ・アーティストとしても知られる。Photo:Getty Images
「エクストリームリー・ピアジェ・アーティー」自動巻き(ピアジェ自社製ムーブメント534P搭載)、18Kピンクゴールド、ケースサイズ45×43mm、アリゲーター革ストラップ、ピアジェ ブティック限定。¥2,900,000(税抜)

歴史上ピアジェときわめて関係の深かったアーティストは、アンディ・ウォーホルとサルバドール・ダリです。ポップアート界最強のマルチ・アーティストと、ピカソらとも活躍時期を重ねたシュルレアリスムの画家ダリ。前後して20世紀のアートシーンを牽引した巨匠は、ゴールドを通して、ピアジェとの縁を結びました。

アンディ・ウォーホルは生涯にピアジェの時計を7本、自ら購入して所有していました。なかでも気に入っていたのは、ユニークなデザインの一本です。現在とはアスペクト比が異なる70年代のテレビのような、スクエアに近い文字盤と丸みを帯びたフォルムのケース。ウォーホル自身がつよくコミットした“その時代”を象徴するように見えます。

およそ半世紀を経てその腕時計は再解釈され、再び世に出ることになりました。「Extremely Piaget Arty(エクストリームリー・ピアジェ・アーティー)」ウォッチがまさにその品です。ピンクゴールドでつくられた形と色、輝きは、妖しいほどのオーラを備えています。不世出のアーティストとピアジェのゴールドの記憶が、ここに蘇りました。

サルバドール・ダリ●1904年、スペインカタルーニャ地方生まれ。シュレアリスムの代表的な作家。スキャンダラスな作風と行動で20世紀のアートシーンを騒がせた。Photo:Getty Images
ピアジェによる、ダリ金貨を用いた腕時計、リング、マネークリップ。腕時計は金貨をスライスして、自家製極薄ムーブメントを挟み込むという離れ業によるもの。ダリ夫婦の肖像はばね仕掛けの表蓋に描かれている。

サルバドール・ダリは、ゴールドを通じてピアジェとこの上なく深い関係を結んだ芸術家です。幻想的な作風に負けず劣らず、その人物自体も奇想と奇行で知られていたダリは1966年、自分の“金貨”の創造を構想し、実行に移しました。それは単なるメダルではなく1ダリ、1/2ダリといった単位を伴う、ゴールド製の通貨を誕生させる試みでした。

サルバドール・ダリのダリ金貨「ダリ ドール」は、ピアジェが買い上げ時計とジュエリーの一大コレクションに。ⓒPiaget Archives

金貨にはダリの重要なモチーフである“卵”によって形を得ていく、未来の世界が描かれています。支配者を夢みる自己顕示欲に結びつけるのはたやすいが、そうとも言えません。逆の面のレリーフには自分の横顔の隣に、最愛の妻ガラが並んでいるのです。詩人エリュアールの妻であったガラは、年下で独身のダリとの電撃的な恋に走り、一生添い遂げました。ゴールドの貨幣は、運命の恋を永遠にしようとするものでもあったのです。

ピアジェは67年、ダリ金貨を独占的に使用する契約を結びました。ピアジェは芸術に直接コミットし、芸術品「ダリ ドール」をつくったのです。こうして各種のジュエリー、アクセサリーが誕生しましたが、ピアジェのお家芸とも言える極薄ムーブメントはダリ ドールの最高傑作に結実。ピアジェはダリ金貨をスライスして、その中にムーブメントを収めた腕時計をつくり上げました。金貨であり、アートであり、ジュエリーで腕時計。それはゴールドが結ぶ、世界で最も素敵な部類のエピソードにほかなりません。

並木浩一(なみき・こういち)●1961年、神奈川県生まれ。桐蔭横浜大学教授(博士)、腕時計ジャーナリスト。スイス腕時計の執筆は1990年代からで、本誌にて「両天秤の腕時計」を連載中。著書に『腕時計一生もの』(光文社新書)、『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)などがある。

問い合わせ先/ピアジェ:0120-73-1874
www.piaget.jp