トップジュエラーの宝飾と時計制作の技を学ぶ、「レコール ヴァン クリーフ&アーペル」を体験してわかったこと。

  • 写真:杉田裕一
  • 文:本間恵子

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ジュエリーと時計制作の世界へ誘う教育機関として、パリのヴァンドーム広場に創設された「レコール ヴァン クリーフ&アーペル」。今回3年ぶりに日本で開講された特別授業を通して、トップジュエラーの匠の技に迫りました。

日本では3年ぶりの開講となった「レコール ヴァン クリーフ&アーペル」。パリで行っている講義をそのまま受講できる。

メゾンが行う文化事業としてはかなり珍しいといえる、ジュエリーと時計制作の学校「レコール ヴァン クリーフ&アーペル」――。本校はフランス・パリのヴァンドーム広場界隈にありますが、この学校、実はさまざまな国で出張授業をしています。これまでにも日本で開講された特別授業が話題になってきましたが、この夏、3年ぶりにスペシャルな授業が東京で行われました。

「宝飾工芸」クラスの切り出しの工程。糸ノコを使っての切断はかなり力がいる作業で、受講生たちは真剣そのものだ。
こちらは装飾の工程。歯科用ドリルのような工具で、蝶の羽の部分に手彫りのようなテクスチャーをつけていく。

受講会場となった東京・虎ノ門ヒルズのホテル、アンダーズ東京を訪れると、まず手渡されるのが白衣。教室にはジュエリー職人が実際に使用する、木製の作業台が用意されています。今回の特別授業は「探求と創造3:フランスのジュエリーから日本の漆芸まで」というコース。まずはジュエリー制作の基本的な工程を学ぶ、「宝飾工芸」のクラスから――。「ヴァン クリーフ&アーペル」の象徴的なモチーフ“蝶”をかたどったブラス(真鍮)素材を用い、切り出しから研磨、装飾を施し仕上げるまでを実際に体験します。

白衣を纏い作業台に着くと、もう職人の気分。まず糸ノコで金枠から“蝶”の本体を切り出し、金ヤスリでバリを取る工程ですが、これが一筋縄ではいきません。力とともにコツがいる作業で、開始早々に糸ノコの歯が折れてしまいました。硬い金属を切断・研磨するには力の加減はもちろん、歯を当てる角度が重要なのです。続いて表面に削り出しの装飾を施す工程では、各種の凹凸効果を生むアタッチメントと電動ドリルを使用。「素手で行うのは危険なのでは?」とやや臆しましたが、繊細で緻密な作業ゆえ、素手の感覚が重要になるのです。最後に本体にはめ込む“象牙椰子”を彫刻する工程も、金ヤスリを用いて根気よく削り続けなければなりません。想像した以上に時間も労力もかかることに驚きますが、美しさのためには手間を惜しんではいけないのだと気づかされます。

「漆芸」クラスの下絵をつける工程。面相筆で図案を描き、ここから金粉を蒔くという本格的な漆芸を体験する。
こちらは漆で彩色する工程。赤・青・緑・白など鮮やかな色彩の漆を、講師陣のアドバイスをもとに色づけしていく。

つぎに昨年パリ本校で開講された新講座、日本が誇る伝統工芸「漆芸」に焦点を当てたクラスへ――。しかし「なぜヴァン クリーフ&アーペルで漆が?」と思われる方も多いのではないでしょうか。実は同メゾンは石川県輪島市の漆工芸家、箱瀬淳一さんとのコラボレーションで“蒔絵”を施した蝶のジュエリー「パピヨン ラケ」を制作しているのです。またフランスにも“西洋漆(ラッカー)”の伝統があり、和洋に共通する工芸でもあるため、漆芸の講座がスタートしたとのこと。今回は箱瀬さんご本人が講師として、実技指導に当たります。

漆の下塗りが施された“蝶”の金属プレートに、自分なりの図案を考え、下絵をつけることから授業が始まります。これは「漆芸」独特の工程で、図案に薄い美濃和紙を重ね、面相筆を用いて“焼き漆”でトレース。それを本体に転写し、粉状になったアウトラインをもとに、無色の漆で下絵を描くというものです。続いて金粉を“粉筒”に入れ、指で振動を与えながら蒔く工程と、夜光貝の薄片を竹ベラで散らせていく工程。どちらも無色の漆で描かれた下絵上に、装飾要素が重ならないように配する緻密さが要求されます。最後に色漆の顔料を溶き面相筆で彩色する工程は、描き損じたら修正がきかないもの。息を詰めて集中したつもりでも、思い通りの線はなかなか描けません。絵筆の使い方や漆の溶き具合をはじめ、気が遠くなるような年月の修練によって、この伝統工芸は完成されるのです。

“レコール(学校)”を通じて理解する、職人の手作業による芸術。

装飾を施した“象牙椰子”のピースをはめ込み、「宝飾工芸」クラスの作品は完成。完成品とともに修了証が手渡される。
金粉と“夜光貝”、そして漆で装飾された「漆芸」クラスの作品は、完全に乾くまで数週間もかかるとのこと。

およそ4時間にわたる特別授業で「宝飾工芸」と「漆芸」を体験すると、最後に自身が手がけた完成品と修了証が受講生たちに手渡されます。漆工芸家の箱瀬さんからの修了挨拶では、職人の減少や原材料の入手の難しさなどが語られ、伝統工芸が直面する諸問題への理解を深めることができました。文様を描くための面相筆は、既に原材料の調達が不可能とのこと。日本が誇る伝統工芸「漆芸」をめぐる環境は、厳しいものであることに間違いないようです。

今回はジュエリーと時計制作の入り口をのぞいただけではありますが、技術の片鱗に触れ、「ヴァン クリーフ&アーペル」の“マンドール(黄金の手)”と呼ばれる宝飾職人と、日本を代表する漆芸家と出会うことで、モノづくりの歴史や奥深さを知ることができました。華麗に輝くジュエリーの背景には、日々積み重ねてきた職人の技、創造への飽くなき情熱が秘められていたのです。実際に作品づくりを体験することを通して、改めてその美しさと緻密さ、たぐいまれなる匠の技に感銘を受けました。

講師を務めた“輪島塗り”の第一人者、箱瀬淳一さん(右)と、“西洋漆(ラッカー)”に通じたフランク・センジザルブ(左)。
「レコール ヴァン クリーフ&アーペル」理事長を務めるマリー・ヴァラネ=デロム。教育の大切さについて熱心に語ってくれた。

2011年に「レコール ヴァン クリーフ&アーペル」を立ち上げたマリー・ヴァラネ=デロム理事長は、次のように語ります。「パリ本校では既に15ものクラスがあり、“サヴォアフェール(匠の技術)”や芸術史について学べるようになっています。『ワインと宝石学の知識を深める』といったユニークなコースもあります。東京での特別授業は大変人気なので、またいつか行いたいですね」とのこと。これまで未知のベールに閉ざされていた、ジュエリーと時計制作の世界を分かち合うために、この“レコール(学校)”は存在するのです。

最新作「レディ アーペル ジュール ニュイ フェ オンディーヌ ウォッチ」。自動巻き、ホワイトゴールド、ケース径38mm、予価¥15,500,000(2017年1月発売予定)

今回の特別授業を体験した後、新作時計「レディ アーペル ジュール ニュイ フェ オンディーヌ ウォッチ」を改めて見てみると、その高度な技術力や手間のかけ方がよくわかります。「水の妖精」を立体的な“ミニアチュールペインティング”やエナメルで描いたこのモデルは、昼にイエローサファイアの太陽が昇り(左)、夜はダイヤモンドの月が水面を照らす(右)、という趣向。ロマンあふれる最新作のタイムピースもまた、「ヴァン クリーフ&アーペル」が誇る“サヴォアフェール(匠の技術)”が実現したものだったのです。(本間恵子)

レコール ヴァン クリーフ&アーペル サマーセッション
探求と創造3:フランスのジュエリーから日本の漆芸まで

●問い合わせ先/ヴァン クリーフ&アーペル ル デスク TEL:0120-10-1906
www.vancleefarpels.com