建物エントランスには、グランドセイコーのロゴが掲げられる。ファサードも木を用いており、温かみのある印象をつくっている。
スイスでの機械式腕時計の復活を受け、1998年から機械式ムーブメントを搭載するモデルを再び製造するようになったグランドセイコー。するとグランドセイコーの知名度や人気、そしてブランド価値がさらに高まった。生産現場への取材依頼も増え、海外からの注目度も増してきたことを受け、グランドセイコーのさらなる発展を見据えた製造施設が必要ではないかという話が持ち上がった。そこで2004年に製造拠点であった「盛岡セイコー工業」に「雫石高級時計工房」を立ち上げた。しかし雫石高級時計工房はパーツなどを製造する工場の内部にあったため、時計製造の現場を見せるという目的は達成したものの、グランドセイコーの世界観を伝えるというところまでは至らなかった。
そこで雫石高級時計工房を発展させる形で、グランドセイコーの誕生60周年となる2020年に発足したのが「グランドセイコースタジオ 雫石」である。
ムーブメントのパーツやヒゲゼンマイなどを一貫製造する盛岡セイコー工業の社長、林義明。
「銀座の和光やセイコーミュージアム 銀座、あるいはパリのヴァンドーム広場のグランドセイコーブティックなど、様々な形でグランドセイコーの魅力を発信する場所があります。そして“機械式腕時計製造の聖地”として、この『グランドセイコースタジオ 雫石』が誕生しました」と語るのは、盛岡セイコー工業の林義明社長だ。
「隈研吾さんには、最高峰の実用時計を目指してきたグランドセイコーがたどり着いた“時の本質”を意味する『The Nature of Time』というブランドフィロソフィに共感していただき、時計製造のためのクリーンルームをはじめとする素晴らしい工房が完成しました。2020年の7月にオープンし、時計の製造を開始していますが、時計技術者からも好評です。特に岩手山が見えるところが素晴らしい。盛岡セイコー工業の従業員のほとんどが地元出身であり、岩手山は大切なシンボルですから」
グランドセイコースタジオ 雫石は、まさに働く人にとっても理想の空間なのだ。
日本を代表する建築家、隈研吾。近年の代表作に、新国立競技場や高輪ゲートウェイ駅がある。
この工房の心臓部、時計師たちが作業を行うクリーンルームを一望する。
「グランドセイコースタジオ 雫石」は、クリーンルームを持つ精密工場でありながら、木造建築であるという世界でも稀な建築物である。清浄な空気を保つためには、埃がたまりやすい梁などの水平材を使いたくない。そのため強度に優れる鉄骨造やRC造にするのがセオリーだが、隈研吾は自然と共生するために木造にこだわった。クリーンルームを挟んだ二つの廊下に構造体を集約させることで、木造でありながらクリーンルームを実現させている。
「こういうところで働くこと、それ自体が誇りになります。新型ムーブメントであるキャリバー9SA5の生産もスタートし、グランドセイコー誕生60周年に向けて、みんなでつくり上げたストーリーが上手くつながりました」と林は語る。
雫石での時計づくりの伝統は、もう50年にもなる。そしてグランドセイコーの世界観の中には、雫石の自然や文化がしっかりと浸透している。これからはそういった部分をしっかりと伝えていきたいと考えているのだ。