【グランドセイコー、未来へ紡ぐ10の物語】Vol.10 高い実用性能に美しさを加えた、 最高峰の8日巻。

  • 写真:宇田川 淳
  • 文:篠田哲生

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日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。1960年の誕生から現在に至るまで、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきた物語を紹介します。

1960年、スイスの最高級品に挑戦する国産の最高級品として、正確で見やすく美しい腕時計を目指して誕生した「グランドセイコー」。グローバルブランドとしてさらなる飛躍を目指す今年、誕生から今日にいたるまで様々な困難に立ち向かい、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきたその物語を、全10話の連載記事でご紹介します。

高精度や視認性など機能的な側面を磨き続け、「質実剛健」と呼ぶにふさわしいブランドとなったグランドセイコー。しかし、真の意味で究極の腕時計となるには「美しさ」を手に入れる必要がありました。心を動かし、時代を超えるデザインとはなにか? その答えに挑んだのが、セイコーエプソンの特別部門「マイクロアーティスト工房」でした。


実用を超えてたどり着いた、理想のメカニズム。

グランドセイコー初となる、8日間のロングパワーリザーブムーブメントCal.9R01 を搭載した「SBGD201」。手巻スプリングドライブ、プラチナ950 ケース、ケース径43.0㎜、セイコープレミアムブティックおよびセイコープレミアムウオッチサロン限定モデル、6,200,000 円+ 税

グランドセイコーは1960 年の誕生以来、高精度や視認性など、機能的な側面を磨いてきました。しかしさらに高いレベルを目指すには「美しさ」を突き詰める必要があります。しかし“美しい” という言葉はとても曖昧です。心を動かし、時代を超えるデザインとはなにか? その答えに挑んだのが、セイコーエプソンの特別部門「マイクロアーティスト工房」でした。
スプリングドライブ式ミニッツリピーターなどの複雑時計を製作し、ムーブメントの仕上げにも完璧を期し、いくつもの傑作をつくってきた彼らですが、主戦場はエレガントな「クレドール」。実用性を重視するグランドセイコーを製作するのは初めての経験となります。では、マイクロアーティスト工房らしいグランドセイコーとはなにか? そこで意識されたのが、スプリングドライブムーブメントと機械式ムーブメントの違いでした。
機械式ムーブメントは、動力ぜんまいがほどけてトルクが弱まると、てんぷの振り角が落ち精度にも影響します。しかしスプリングドライブは動力ぜんまいの力で発電し、IC回路で歯車の回転速度を制御するため、トルクの変化が精度に影響を与えません。つまり機械式ムーブメントが逃れられない弱点を、完璧にクリアしているのです。
ぜんまい残量に関わらず、高精度を維持できるスプリングドライブのメリットを感じてもらうには、ロングパワーリザーブ機構こそが最適です。Cal.9R01 は8日間も連続駆動しますが、これは現代人のサイクルである1週間に、1日の余裕を与えるという意味があります。しかも裏側に配置したインジケーターはりゅうずを回すことに応じて動くので、その動作を通して“時計との対話” を楽しめます。実用性能をより高め、所有する喜びも得られる特別なムーブメントによって、グランドセイコーの最高峰への道が見えました。

8 日間連続駆動というスペックを表すために、裏側にパワーリザーブ表示を搭載。ゼロ位置をあいまいにせず目盛りを切っているのは、ぜんまいの巻き上げが極限まで少なくなっても精度を維持できることを示すため。
腕時計を長時間駆動させるためには、動力ぜんまいの長さが重要になる。Cal.9R01では3つの香箱を使ってパワーを確保。さらに香箱車と角穴車をダイレクトにかみ合わせることで、力の伝達ロスを最小限にしています。
写真:アフロ

COLUMN
ムーブメントに描かれた、霊峰富士を望む諏訪の情景。

ムーブメントは一枚の大きな受け板で歯車の輪列を押さえ、衝撃にも強い構造となっています。受け板のエッジは日本産のゲンチアナルチアという植物の枝で磨き、美しいポリッシュ面に。受け板形状は富士山、ローターは太陽、ルビーは諏訪の街の灯り、そしてパワーリザーブ表示は諏訪湖をイメージしています。

ディテールにこめられた、こだわりと美意識。

ダイヤカットを施した角形略字と針は、光を受けてきらめき、さらに視認性が増します。ダイヤルは表面加工やめっきなどが複雑かつ繊細な積層構造になっており、奥深い表情をつくり上げています。シンプルに見えても、その背後には豊かな表現を引き出す様々な技術の蓄積があるのです。

グランドセイコーらしい実用性を備えつつ、誕生の地・諏訪への敬意を込めた受け板のデザインを取り入れることで、ロングパワーリザーブムーブメントCal.9R01は、これまでにない価値を提案しました。しかし、この秀逸なムーブメントを搭載するに見合うケースやダイヤル、針やインデックスも必要です。グランドセイコーのデザインコードは、1967年製「44GS」によって確立されました。「歪みのない鏡面とシャープな稜線をもつ」ケースと「見やすくキラキラと輝く」ダイヤルまわりこそが、グランドセイコーのデザインの醍醐味です。
ではこのスタイルを守りつつ、最高峰へ押し上げるためにはどうすればよいのでしょうか? そこで、不変の価値をもつプラチナ素材でケースをつくり、いままでにない鮮烈な輝きを得ることが目標となりました。ただしプラチナはステンレススチールよりも柔らかいため、面と角をつくるのが困難でした。そこで、まずは冷間鍛造によってプラチナの密度を高め、切削して形状を整え、最後に特殊ザラツ研磨を施しました。こうすることで、柔らかな素材であっても平滑で歪みのない鏡面とシャープな稜線を完璧に実現させることができるのです。
ダイヤルまわりにも、やはり美学が投影されています。グランドセイコーでは端正なフラットダイヤルにダイヤカットを施した角形略字を組み合わせ、光が当たってきらめくことで視認性を高めています。針にも同様にダイヤカットを施しますが、太くて長い針を使用することで見栄えのよさも追求してきました。この針がつくり出す表情を最大限に利用するため、「スプリングドライブ8Days」はダイヤル直径を過去最大にし、さらに秒針の長さを16.5㎜に設定。その結果、針の先端が見返し部分の秒目盛りまで達しています。
実用性を犠牲にすることなく、美しさを追求した「スプリングドライブ8Days」は、こうしてマスターピースと呼ぶにふさわしい腕時計に仕上がりました。

スラリと伸びた秒針のクリアランスは、横方向が0.25㎜で縦方向が0.42㎜のみ。これだけ長い針を動かすには大きなトルクのムーブメントが必要になり、針を取り付ける際の技術の高さも要求されます。
ラグの先端部分まで稜線を設けるという、精度の高い研磨技術を実現。非常に細やかな作業が必要となるため、通常よりも10 倍の時間をかけています。美しい光と影は、こうしてつくり出されているのです。

技術と伝統を積み重ね、たどり着いた“究極”。

グランドセイコー初のマイクロアーティスト工房モデルとして誕生した「スプリングドライブ8Days」は、質実剛健なイメージが強かったグランドセイコーのデザイン領域を広げました。ケースに華やかな貴金属素材を使いつつも、完璧な面と稜線をもつキレのあるフォルムに仕上げ、ダイヤルはベース部分に凹凸をつくり、めっきや塗装などを幾層も重ねて奥行きのある表情をもたらす「レイヤリングシステム」を考案。光の加減によってキラキラと美しく輝きますが、これはラメではなく各層ごとに異なる光の反射で生まれているのです。また、高温多湿の日本の気候に合わせた耐久性も備えています。
プラチナモデルのホワイトダイヤルは、信州・霧ケ峰高原で見られるダイヤモンドダストの情景をイメージし、ピンクゴールドモデルのブラックダイヤルは、信州・八ヶ岳から見上げる満天の星空を思わせます。それはグランドセイコーが、腕時計の本質である“時間を知る道具” としての価値だけではなく、“流れる時を楽しむ” というエモーショナルな存在へと昇華したことの表れなのです。
グランドセイコーは、腕時計とはいかなる存在であるべきかという問いに向き合い、技術を積み重ねてきました。だからこそ、これほどまでに優雅で美しい腕時計へと、たどり着くことができたのです。

Grand Seiko SBGD202

すらりと伸びた針やノンデイトの端正な佇まい、重層的な輝きを放つダイヤルなどさまざまな魅力を備える。“ ぜんまいを巻き上げる”という行為を楽しむため、大型のりゅうずを採用。手巻スプリングドライブ、18Kピンクゴールドケース、ケース径43.0㎜、セイコープレミアムブティックおよびセイコープレミアムウオッチサロン限定モデル、4,400,000円+ 税