【グランドセイコー、未来へ紡ぐ10の物語】Vol.9 時を切り取るスポーツウオッチへ、伝統は受け継がれた。

  • 写真:宇田川 淳
  • 文:篠田哲生

Share:

日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。1960年の誕生から現在に至るまで、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきた物語を紹介します。

1960年、スイスの最高級品に挑戦する国産の最高級品として、正確で見やすく美しい腕時計を目指して誕生した「グランドセイコー」。グローバルブランドとしてさらなる飛躍を目指す今年、誕生から今日にいたるまで様々な困難に立ち向かい、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきたその物語を、全10話の連載記事でご紹介します。

高度で正確無比な機械式腕時計を作ることに成功したグランドセイコー。“正確で見やすく美しい” ことが重視されたため、複雑な機能を追加することは主目標にされてきませんでした。しかし、時を計測するという機能も腕時計の存在意義のひとつ。“腕時計の原点と頂点を同時に究める” ことを目指してきたグランドセイコーの次なる目標は、最高峰のクロノグラフをグランドセイコーに搭載することでした。

クロノグラフを開発し、さらなる高みを目指す。

左:1969年5月に発売された「セイコーファイブ スポーツ スピードタイマー」は、世界初の日付・曜日付きの自動巻クロノグラフ。搭載するムーブメントはCal.6139 右:2007年発売の「グランドセイコー SBGC003」。スプリングドライブクロノグラフムーブメントCal.9R86を搭載。文字板の3 時側に縦配列された30 分計と12 時間計により判読性が向上しました。

機械式腕時計の高級化にともなって、2000年代はトゥールビヨンや永久カレンダーといった複雑な付加機構への注目も高まってきました。グランドセイコーでは“正確で見やすく美しい” ことが重視されており、複雑な付加機能はいわば“遊び” の部分です。しかしそういった余剰が腕時計に深みを与えるのも事実で、無用に思えるが実は大切な役割を果たしている“無用の用” の価値も取り入れるべきではないか? そういった意見が社内からもあがってきました。

では、グランドセイコーが領域を拡大していく上で、最も適した機構は何なのでしょう。そこで浮上したのがクロノグラフでした。セイコーは1964年の東京オリンピックを皮切りに、72年の冬季札幌大会、92年のバルセロナ大会など、計6大会でオリンピック公式計時を担当。そのために必要なのが高度な技術力やマネージメント力なのです。セイコーはその高い技術力でクロノグラフ機構を開発。69年には世界初の日付・曜日付きの自動巻クロノグラフ「セイコーファイブスポーツ スピードタイマー」を発売しました。この年はクロノグラフ機能の歴史的転換期であり、スイスブランドからも自動巻式クロノグラフの発表が相次ぎます。セイコーは自動巻クロノグラフに、技術的に困難と言われていた日付・曜日表示もつけて販売したのです。しかもこの自動巻式クロノグラフに搭載していたCal.6139は、クロノグラフ機構へ動力を伝達する手段として、皿ばねを使った垂直クラッチ方式を採用していました。この方式は計測スタート時の針飛びがないため、現在でも多くのクロノグラフが採用しています。

こうした歴史をもつセイコーが、最高峰のグランドセイコーにクロノグラフを取り入れるのは当然のこと。しかしグランドセイコーである以上は、精度、操作性、視認性のすべてに妥協は許されません。ムーブメントだけでなく、ケースやダイヤルも最高品質を目指すことが至上命題であるなかで、複雑機構であるクロノグラフを実現できるのだろうか? 社内でも意見は割れました。

しかし時を計測するという機能も、腕時計の存在意義の一つであることは明白。そこに挑戦するのが、“腕時計の原点と頂点を同時に究める” ことを目指してきたグランドセイコーの役目ではないか。そうした声に応えてついにクロノグラフモデルの開発が始まりました。

セイコーの遺伝子を継承し、「スポーツ」という新たな領域へ。

1964年開催の東京オリンピックで使用された、機械式の1/10秒計測ストップウオッチ。スプリングドライブクロノグラフCal.9R86の開発では、このストップウオッチのボタンの押し感を徹底的に研究しました。

スプリングドライブクロノグラフ Cal.9R86垂直クラッチ部

クロノグラフを動かす動力は基本時計の動力と同じ。スタートボタンを押すことでクロノグラフ機構へと動力を伝える仕組みです。セイコーでは1969年にCal.6139にて皿ばねを使った垂直クラッチ方式を考案。動力伝達時の針飛びをなくし、高精度な計測が可能になりました。スプリングドライブクロノグラフでも、この機構をさらに改良して採用しています。

※掲載している時計の写真は、一部、発売時の仕様とは異なるものがあります。

機能を最大限に活かす、美しき外装。

グランドセイコー「SBGC221」を横から見る。ベゼルやラグの角度やボリューム感を研究し、可能な限り厚みを抑制して重心を下げている。この工夫が、着け心地を向上させているのです。

グランドセイコー初のクロノグラフは“世界で最も正確なぜんまい駆動のクロノグラフ” を目指して開発が始まりました。根幹技術として採用されたのが、2004年にグランドセイコーに搭載された自動巻スプリングドライブムーブメント。自動巻スプリングドライブムーブメントは将来的にGMTやクロノグラフへと進化できるようにあらかじめ設計していたのです。トルクが大きくて持続時間が長く、しかもモジュールを加えてもムーブメントが大きくなりすぎないように、厚みも配慮されました。さらにパワーリザーブ表示を7-8時位置に置くレイアウトも、バリエーションの追加を見据えたものでした。

“時を操る” というエモーショナルな魅力を最大限に活かすために、デザイン面も進化を遂げました。2007年の初代スプリングドライブクロノグラフでは、プッシュボタンを大型化することで計測機器としての価値をアピール。2010年以降は世界市場を意識し、グランドセイコーの魅力をよりダイレクトに表現するデザインを模索し始めます。

2016年に誕生したスプリングドライブクロノグラフは、セラミックス製の外胴パーツを使い先進性を表現しました。セラミックス素材は時計業界のトレンドでもありますが、グランドセイコーがこの素材を選んだのは軽く着け心地が向上するという理由から。しかも硬くて傷がつきにくいため、グランドセイコーのデザイン基準である歪みのない鏡面とシャープな稜線がいつまでも損なわれないというメリットもあるのです。

しかしその一方でセラミックスは衝撃に弱く、万が一にも腕時計を落としてしまうと、ケースが割れてしまう恐れがあります。そこでデザインチームは、ブライトチタン製のインナーケースにムーブメントを収め、その外側にセラミックスパーツを配置する方法を考案しました。この複合構造を採用してケースサイズが大きくなりすぎるのを防ぐために、ベゼルの角度を抑え、ラグにボリュームをもたせて視覚的重心を下げ、腕元に安定感を与えています。革新性をデザインしたスプリングドライブクロノグラフですが、ケース素材や構造は極めて論理的に導き出されました。だからこそグランドセイコーにふさわしいクロノグラフへと、辿り着くことができたのです。

軽くて強固なブライトチタンでインナーケースと裏ぶたを構成。外側からセラミックスの外胴パーツをビス留めするのですが、その際に内胴と外胴の間にごくわずかの隙間をつくっています。ここで衝撃を逃がし、メンテナンスがしやすい構造にしているのです。

COLUMN

「G-Surface」という、試作機が存在した。

先進的な腕時計の開発を目指し、2013年に発足した「Advance DesignProject」。ザラツ研磨を施した外胴と硬質ラバーの内胴を組み合わせたコンセプトモデル「G-Surface」の存在が、複合ケースのヒントとなったのです。

セラミックスとブライトチタンの革新的な融合。

2007年に完成したスプリングドライブクロノグラフムーブメントCal.9R86は、平均月差が±15秒で連続駆動時間はスプリングドライブのベースムーブメントCal.9R65と同じ72時間。開発時にクロノグラフまでを見据えたプラットフォーム設計をして、ベースムーブメントは余裕のある安定したトルク部分で駆動させているため、クロノグラフ作動時でも72時間の駆動を可能としています。

さらには1969 年製Cal.6139 のメカニズムを進化させた垂直クラッチ式伝達機構を採用し、クロノグラフスタート時の針飛びをなくしました。クロノグラフボタンの操作感は1964年の東京オリンピック公式計時用ストップウオッチを参考に、重すぎず、誤作動も起こさない1.5㎏という絶妙な押しトルクに仕上げているのです。

しかしスプリングドライブクロノグラフの魅力は、ムーブメントだけには終わりません。セラミックスとブライトチタンを融合させた構造美は、ケースだけでなくブレスレットにも転用し、グランドセイコーらしい高い品質を表現力豊かにアピールしています。

いまやクロノグラフはどのブランドでも人気機構。しかしグランドセイコーは徹底的に独自性を加え、さらには信頼性と実用性にも注力します。そのこだわりと熱量が、時計全体から漲っているのです。

Grand Seiko SBGC221

ダイヤルの端まで届く長い針を使用することで、視認性が高く、迫力あるルックスに。腕時計の右側には30分計と12時間計を配置し、左側にはスモールセコンドやパワーリザーブ表示というように、クロノグラフと時計の区分を明確に分けているのも特長です。自動巻スプリングドライブ、セラミックス+ ブライトチタンケース、ケース径46.4㎜、マスターショップ限定モデル、1,550,000円+税

※価格は2017年11月現在のメーカー希望小売価格(税抜き)を表示しています。