【グランドセイコー、未来へ紡ぐ10の物語】Vol.6 技術者たちの理想を叶えた、腕時計の未来形。

  • 写真:宇田川 淳
  • 文:篠田哲生

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日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。1960年の誕生から現在に至るまで、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきた物語を紹介します。

1960年、スイスの最高級品に挑戦する国産の最高級品として、正確で見やすく美しい腕時計を目指して誕生した「グランドセイコー」。グローバルブランドとしてさらなる飛躍を目指す今年、誕生から今日にいたるまで様々な困難に立ち向かい、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきたその物語を、全10話の連載記事でご紹介します。

機械式の新たな基準を生み出すことに成功したグランドセイコー。しかし、彼らの目標は次なる分野に進んでいました。それは、「機械式時計をクオーツで制御する」ということ。スイス時計業界との開発競争の中、グランドセイコーが示し続けたのは“独創の方式への挑戦”でした。

究極の技術から生まれた、新世代ムーブメント。

左は、1999年に誕生した世界初のスプリングドライブウオッチで、手巻式のCal.7R68を搭載。セイコーブランドで発売され、パワーリザーブ表示は10時位置に配置。右は、2004年に誕生した初のスプリングドライブ式グランドセイコー。自動巻式へと進化し、72時間持続を実現したCal.9R65を搭載。

1969 年の「セイコー クオーツ アストロン」によってクオーツ式ウオッチが実用化されました。77年にはセイコーはソーラー式のアナログウオッチも発売。90年にはドイツで電波腕時計が生まれます。しかし高精度技術は電池や光、電波などの“外部要因”に依存し、腕時計技術として完璧とは言いにくいものでした。セイコーが理想とする究極の腕時計技術とは、ほかに頼らずに高精度を実現すること。そこで考えられたのが“機械式ムーブメントをクオーツ回路で制御する”という技術でした。

セイコーエプソンは78年にこの技術の特許を出願しましたが、実用化は困難を極めました。機械式の動力伝達で発電し、その電力でクオーツ回路を動かすには、発電効率を高めると同時にICの消費電力を減らさなくてはいけません。スイス時計業界もこの技術に注目し、90年代後半以降は、研究開発が急ピッチで進みました。

“スプリングドライブ”と命名された新世代ムーブメントは、手巻式で巻き上げたぜんまいがほどける力で歯車を回すのは機械式と同じですが、その際に発電して水晶振動子とICを駆動させ、歯車が回転する速度をコントロールするというメカニズム。商品化されたのは99年ですが、この画期的なムーブメントは「セイコー」と「クレドール」の2 ブランドで発売されました。当時のグランドセイコーは、圧倒的な高精度と革新的な新機軸を武器としたクオーツ式と復活したばかりの機械式の二本柱に力を入れていたからです。

99年当時、セイコーの高級腕時計といえばクレドールでしたが、“ぜんまい駆動でありながら機械式を超える高精度” という技術的な優位性や、ライバルであるスイス腕時計にはない独自性が一部のユーザーの心を捉えました。こうした中で、開発中だった自動巻式スプリングドライブムーブメントをグランドセイコーに搭載することが決定。9Fクオーツがクオーツ技術の完成形であり、9Sメカを伝統技術の究極形と考えるならば、自動巻式の9Rスリングドライブは、グランドセイコーにとって“独創の方式への挑戦”といえるでしょう。

腕の動きでぜんまいを巻き上げ、その力で発電し、クオーツ回路を使って正確に歯車の回転速度を制御して針を回すというメカニズムは、ほかには頼らない“自己完結”の高精度ムーブメントです。それは身に着ける者にとっての信頼の証であり、深い愛着にもつながるでしょう。このスプリングドライブは腕時計技術が進化してたどり着くことができた、現代における“夢の腕時計” だったのです。


1982年 手巻スプリングドライブ 第一次サンプル

第一次開発は、セイコーエプソンと某国立大学との共同研究。既存の機械式ムーブメントの脱進機まわりに電子パーツを組み込み、歯車の回転を制御。消費電力が大きく、発電効率も悪いため、3 時間程度しか駆動しなかった。


1993年 手巻スプリングドライブ 第ニ次サンプル

セイコーエプソンと当時のセイコー電子工業との共同開発。機械式ムーブメントを改良し、巨大なコイルを積み込んだ。電子回路も小型化する必要があり、パワーリザーブも約10時間程度で、実用化には至らず。


1999年 手巻スプリングドライブ

1999年に完成したCal.7R68。当時は「新世紀メカニズム」という呼び名を用いた。表面に美しい仕上げを施し、シースルーバックから鑑賞できるようにしていた。このムーブメントはセイコーブランドの腕時計に搭載。


COLUMN 2004年には自動巻スプリングドライブが登場。

実用性に優れる自動巻式のスプリングドライブは、1998年に開発をスタート。2002年にグランドセイコーへの投入が決定し、要求される技術水準が格段にアップした。03年に最終版が完成。04年9月にグランドセイコー専用ムーブメントとして搭載される。

造形に隠された、ブランドの美意識。

2004年誕生の“ 初代”、「SBGA001」。12時、6時、9時のくさび形インデックスは縦横のラインを強調。この文字板のバランスは「クロスラインレイアウト」と呼ばれました。

べゼルからケースへと繋がる滑らかな流れは「SLANT MONO FORM」と命名されました。

機械式やクオーツと比べると自動巻式のスプリングドライブムーブメントはやや大型。サイズ感を意識させないように、-13 度の逆斜面を作ってケースを薄く見せます。デザインの力で洗練されたフォルムに仕上がっています。

 手巻式を追いかけるように開発が進んでいた自動巻式スプリングドライブですが、グランドセイコーに搭載するには、より高品質化が必要でした。実用性を高めるために約72 時間の長時間駆動を実現させますが、核となる技術はセイコーエプソンが開発した超低消費電力のICでした。一方で、パワーロスを減らすために、伝統的な手法である歯車のカナ磨きを復活させました。さらに効率的に動力ぜんまいを巻き上げる方法として、1959年のジャイロマーベルで考案されたマジックレバー方式を採用。最新鋭でありながら、セイコーの伝統も受け継いでいたのです。

完成したグランドセイコー専用の自動巻式スプリングドライブムーブメントCal.9R65は、「SBGA001」など3モデルに搭載されて2004年の9月に発売されました。すると、すぐさま大きな話題となります。機械式のグランドセイコーにはスイス腕時計という強大なライバルがいましたが、スプリングドライブはほかとは異なる“独創” という価値があったからです。

SBGA001はグランドセイコーならではの大きな針やカレンダー表示に加え、ロングパワーリザーブで実用性を高め、さらにデザイン面でも挑戦しました。滑らかに動く秒針と同調するように、ケースはベゼルから胴、裏ぶたへとつながる滑らかなデザインを採用。ボリューム感のあるケースを軽やかにして装着感をよくするため、ケースサイドに逆テーパー斜面を作ったのです。初となるパワーリザーブ表示も特徴で、バーインデックスの形状を変えてダイヤル上の縦横ラインを強調。メリハリをもたせつつ視認性も向上させました。

ムーブメントのブリッジや輪列には、製造している信州 時の匠工房の周囲に広がる山々の姿を投影させ、高精度なだけでなくロマンティックな魅力にも満ちています。スプリングドライブには、腕時計技術者の“夢” が詰まっているからなのです。


自然の摂理と調和した、時計の新しい価値。

写真:毎日新聞社/ アフロ

時間という概念は、とどまらず動き続ける天体の動きから導き出されました。それゆえスプリングドライブムーブメントは、スイープ運針と呼ばれる方法で流れるように秒針が動きます。自然の摂理と調和し、人間のリズムと響きあう心地よさがあるのです。

写真:毎日新聞社/ アフロ

スプリングドライブが開発された信州・諏訪地方への敬意を表し、ムーブメントのブリッジや輪列の形状は、周囲を取り囲む穂高連峰や常念山脈などをイメージ。こういった感情に訴えかけるデザインを取り入れるのも、これまでにグランドセイコーにはなかった画期的なコンセプトです。

多様性あふれる、腕時計の新たな価値。

スプリングドライブ式のグランドセイコーが独自性を強く打ち出すことができたのは、二律背反する要素を巧みに組み合わせたからです。動力源はぜんまいでありながら圧倒的な高精度を実現し、電子制御なのに電池は不要。上質なデザインなのに実用的で、最先端でありながら伝統の力を感じさせる。その多様性が厚みとなって、新しい価値を作るのです。

しかもスプリングドライブは、ムーブメントの設計思想自体も画期的でした。開発当初からプラットフォームを定めており、3針のCal.9R65をベースに、GMTのCal.9R66やクロノグラフのCal.9R86へと、進化を見越した設計になっています。こうすることでダイヤルデザインに統一感が生まれ、今後の発展にもつながります。さらにはムーブメントのメンテナンス効率が高まるというメリットも大きいでしょう。

圧倒的な技術力を備えたグランドセイコーだからこそ実現できたスプリングドライブは、未来に向けた発展性や継続性もきちんと念頭に置いています。スプリングドライブは、積み重ねてきた腕時計技術の結晶であり、腕時計文化を未来へと前進させるための原動力でもあるのです。

Grand Seiko SBGA201

“初代”のデザインを継続したロングセラーモデルで、12時位置にGSロゴを掲げています。最大巻上時の駆動時間は約72時間。ぜんまい残量はパワーリザーブ表示で確認できます。搭載するのはCal.9R65で、シースルーバックから鑑賞可能。自動巻スプリングドライブ、ステンレススチールケース、ケース径41.0㎜、マスターショップ限定モデル、520,000円+税

※価格は2017年8月現在のメーカー希望小売価格(税抜き)を表示しています。