【グランドセイコー、未来へ紡ぐ10の物語】Vol.4 進化するクオーツで、新たなる究極をつくりだす。

  • 写真:宇田川 淳
  • 文:篠田哲生

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日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。1960年の誕生から現在に至るまで、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきた物語を紹介します。

1960年、スイスの最高級品に挑戦する国産の最高級品として、正確で見やすく美しい腕時計を目指して誕生した「グランドセイコー」。グローバルブランドとしてさらなる飛躍を目指す今年、誕生から今日にいたるまで様々な困難に立ち向かい、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきたその物語を、全10話の連載記事でご紹介します。

第4回のテーマは「復活」。腕時計の主流が機械式からクオーツ式へと移っていく中で、“最高峰”にふさわしい腕時計をいかに生み出していったのか。精度はもちろん視認性や操作性、デザインにいたるまで、妥協なきその挑戦をひも解きます。

クオーツ、そして高精度時代の到来。

1988 年に復活した「グランドセイコー」。低トルクというクオーツムーブメントの弱点をカバーするために、針は細いバトン型を採用しました。薄型のケース側面は美しく磨きこまれており、上品さと品格を感じさせます。

最高精度の機械式ムーブメント、「V.F.A.(Very Fine Adjusted)」を開発したセイコーですが、同年に世界初のクオーツ式腕時計「クオーツ アストロン」を発売したことで、腕時計技術はクオーツ式へと移行していくこととなりました。アポロ11 号が月面着陸に成功し、科学技術の目覚ましく進化する時代にあって、クオーツムーブメントも未来を感じる技術だったのです。

腕時計業界の最先端を進むセイコーもクオーツムーブメントの開発に力を入れますが、その目標はあくまで高精度の追求。1969 年に誕生した「クオーツ アストロン」の精度は月差± 5 秒ですが、ここから先が困難でした。クオーツムーブメントは、水晶振動子に電圧を加えると発生する振動を利用して、正確な1 秒を割り出すメカニズム。ところが水晶振動子は、温度の変化によって振動数が変わってしまうという特性があるのです。

そこでセイコーは2 本の水晶振動子を内蔵し、一つを温度検出用として使い、もう一つの振動子の温度変化による誤差を時計内部で補正する方式を考案しました。1978 年に完成したこのムーブメントは“ ツインクオーツ” と命名され、精度は遂に年差レベルに突入。「グランドツインクオーツ」が年差± 10 秒精度で、「セイコースーペリア ツインクオーツ」がさらにその上をいく年差± 5 秒精度で発売されました。

しかしまたもや試練が訪れます。80 年代に入るとムーブメントの薄型化が進行し、腕時計は一気にファッション化したのです。バブル期に突入すると、ドレッシーな「クレドール」や多機能ウオッチ、スポーツウオッチは好調でしたが、「グランドツインクオーツ」の販売は伸び悩み、1985年を最後にカタログからも姿を消してしまいます。もはや高精度腕時計は市場が小さくなってしまったのです。クオーツ時代のセイコーの腕時計とは何か? その答えを見出すべく、機械式グランドセイコーの製造が終了して10 年以上経った、1980 年代後半にプロジェクトが発足しました。

クオーツを搭載し、高精度な腕時計が次々に誕生。

1974年 セイコークオーツ スーペリア 3883

平均月差を± 2 秒に収めた高精度モデル。水晶の振動数は現在の半分の16,384Hz。電池寿命は1 年。20万円以上の高級モデルでした。

1976年 セイコークオーツ スーペリア 4883

1976 年に発売されたモデルで、月差はなんと± 1 秒を実現。電池寿命も2 年以上になり、実用性も向上しました。振動数は現在と同じ32,768㎐。

1975年 グランドクオーツ 4843

1975 年発売のグランドクオーツ。精度は月差± 5 秒。シンプルなデイデイトに、10 秒ごとの秒針停止装置や電池寿命切れ予告機能も備えていました。

1978年 グランドツインクオーツ 9943

1年で± 10 秒しか誤差が生じない超高精度ウオッチ。6 時位置の水晶振動子マークを二つ重ねて、ツインクオーツであること示しています。

1978年 セイコースーペリア ツインクオーツ 9983

時刻をつかさどる基準水晶振動子と温度検出用の副水晶振動子を搭載し、温度変化による誤差を補正することで年差レベルの高精度を実現。小型化、薄型化、低消費電力化もクリア。

※掲載している時計の写真は、一部、発売時の仕様とは異なるものがあります。

機械式腕時計で最高峰の精度を誇ったV.F.A. は、月差± 1 分。機械式腕時計としては驚異的な高精度だが、セイコーの高精度クオーツムーブメントは月差が± 15 秒以内がほとんど。温度変化にも対応したツインクオーツになると、精度基準は“ 年差” となり、精度レベルは圧倒的に向上している。

究極のクオーツで、ブランド復活を目指す。

1993年 Cal.9F83

年差± 10 秒という超高精度ムーブメント。輪列部を金属のプレートで覆い、衝撃や埃からムーブメントを守る。裏ぶたに隠れているが、ゴールド色のパーツが華やか。

1993年 グランドセイコー

ダイヤカットを施した時分針を使用することで、グランドセイコーの名にふさわしい視認性と迫力を手に入れた。カレンダーも大型化し、高精度と高視認性を両立。

クオーツウオッチが目覚ましく進歩していた1980 年代、セイコーにはドレス系・女性用としては「クレドール」があり、好評を博していました。一方、男性用として「The SEIKO」と言える最高峰の商品、ブランドが存在していませんでした。ではクオーツ時代を代表する“ セイコーの最高峰ウオッチ” とは何か? 導き出したその答えは、やはり「高精度」でした。

耐温性、耐湿性、耐衝撃性といった基本性能を向上させ、エージングまで行った高性能水晶振動子を開発し、さらにICのセンサーが温度情報をキャッチして微妙な進み遅れを補正。そして1988 年、遂に「グランドセイコー」の名が復活します。年差± 10 秒の高精度ウオッチは、薄型ケースを採用。12 万円~ 48 万円の4 モデルが発売されました。

ところがかつてのグランドセイコーを知る人からは、厳しい意見も寄せられたのです。「これがセイコーの最高峰の腕時計と言えるのか」。特に不満が集まったのが、細い針と小さなカレンダー。クオーツ式ムーブメントはトルクが小さく、太い針や大きなカレンダーを採用できないのです。

このままでは終われない……。そこで開発チームは初代グランドセイコーを目標に、デザインとムーブメントの両面で完璧を目指しました。新型ムーブメントの開発は、セイコーエプソンが担当。高精度、高視認性、操作性を追求しました。

こうして生まれた“ クオーツの頂点”こと9F ムーブメントは、年差が± 10秒。単に高精度なだけでなく数々の新機軸を加えました。秒針のふらつきを抑えるためバックラッシュオートアジャスト機構を組み込み、ツインパルスによってクオーツでは不可能だった大きな針を回せるようになりました。カレンダーは瞬間日送り機構を搭載。輪列部はシールド構造にしてクオーツには必須の電池交換時にゴミが入るのを防ぎ、ローター部を組合わせ軸受けで覆い保油性を飛躍的に高めています。さらにシースルーバックではなく、ゴールド色パーツで美しく仕上げました。

1993年に最新型のCal.9F83 を搭載したグランドセイコーが発売されると、もはや苦言を呈する人はいませんでした。

復活を期して、ディテールの見直しが図られた。

(左)9F ムーブメントは、カレンダーサイズを大きくするところが始まりでした。(中)約30 度でカットし、ポリッシュ仕上げした時分針。秒針の上面は丸みがついています。(右)時刻合わせ時には、りゅうず3 回転で分針が1 周60 分動きます。9F の折り目正しさです。

クオーツに受け継がれた、最高峰のDNA

クオーツの頂点を目指して開発された「9F ムーブメント」を搭載するグランドセイコーは、デザインと性能の両面でクオーツ式の最高峰という評価を得ます。再びブランドイメージを確立しながら、ゆっくりと高級腕時計市場に浸透していきました。「9F ムーブメント」は1993 年に開発されて以来、グランドセイコーが単独ブランドとして独立した現在まで、クオーツムーブメントの最高峰としてのステイタスを守っているのです。

新作「SBGV205」は、1967 年に確立したデザインコード「セイコースタイル」を受け継いでおり、ザラツ研磨を施した歪みのない綺麗なポリッシュ面が特徴。造作に凝ったケースとは対照的に、ダイヤルは極めてシンプルにまとめています。

グランドセイコーには、最高峰の腕時計を目指し続けるという明確な目的があります。だから機械式からクオーツ式へとムーブメントが変更になっても、骨格はまったく揺るぎません。それは高精度、優れた視認性、心地よい操作性という高級腕時計の本質に真剣に向き合っているから。グランドセイコーは、技術と哲学、そして信念によって支えられているのです。


Grand Seiko SBGV205

Cal.9F82 を搭載し、精度は年差±10 秒。12 時位置に「GS」「GrandSeiko」を掲げただけの端正なダイヤルデザインは視認性に優れています。ケースの厚みを10.4㎜に抑えているので装着感も良好。ブルーの秒針も差し色として効いてお理、ケースバックには獅子の紋章が入っています。クオーツ、ステンレススチールケース、ケース径40.0㎜、マスターショップ限定モデル、320,000 円+ 税