【グランドセイコー、美しき「時」を伝える腕時計。】Vol.3 長谷川まみの金工と重なる、繊細な手仕事の技。

  • 写真:星 武志
  • 文:篠田哲生

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時の流れは止まることなく、移り変わっていくもの。だからこそ人々は、はかない時を大切にしたいと願うのです。手仕事で生み出される製品は、使うという行為を特別なものにします。金工作家の長谷川まみが手がける作品とともに、流れゆく時を豊かにするモノづくりを読み解いていきましょう。

長谷川まみが手がけた金工作品「銀匙」と、グランドセイコーのレディスウオッチ「STGK007」。どちらも人の手仕事からしか生み出せない魅力を湛えている。

毎日を忙しく過ごしていると、“時間”というものは生活を縛る鎖になりかねません。しかし美しいモノに触れ、心が満たされる瞬間もまた“時間”です。こういった暮らしの中での小さな喜びの積み重ねが、心地よく、美しい時間をつくり出すのです。現代社会にはさまざまなモノがあふれています。だからこそ腕時計も、工芸品も、人の手から生み出された製品に心惹かれるのでしょう。金工作家である長谷川まみの作品は、人の手仕事が生む繊細さと温もりを感じさせます。時間をかけてていねいにつくられた作品は、流れゆく時を大切に暮らすというきっかけを与えてくれるものなのです。

昔ながらの手仕事に、先達の職人への敬意が宿る。

純銀を素材に用い、ていねいに叩き出すことでカタチを仕上げた「銀匙」。槌跡(つちあと)が残り、形状も微妙に異なるが、その気取りのない佇まいが心に残る作品だ。

なにげない日常を、特別なものにする道具。

尾張徳川家の御用鍔師(つばし)の家系であり、茶道工芸の名門である長谷川家の三代目にあたる長谷川一望斎春洸(いちぼうさいしゅんこう)に嫁ぎ、伝統ある茶道金工の仕事を受け継ぐ一方で、金工作家として創作活動を行う長谷川まみ。自由な発想から生まれたその作品は、どれもが優しい表情を湛えています。

たとえばティースプーンサイズの「銀匙」は、手仕事ならではの不均衡さが、不思議と心に残ります。スプーンというありふれた日用品でありながら、手で触れ、眺めていたくなるのです。こういった日常づかいの道具をきちんと意識して選び、生活に取り入れていくことは、暮らしを豊かなものにすることにつながります。均質さこそが重視される現代社会だからこそ、手仕事から生まれる味わいを楽しむ……。所有し、日々使うことで、とても贅沢な時間が生まれるのです。

約50年ぶりに新開発された、レディス専用の小型自動巻ムーブメント「Cal.9S27」を搭載するエレガンスコレクション「STGK007」。ダイヤモンドのインデックスが華やかさを演出する。

日常という時間を演出する女性用腕時計。

普段のなにげない時間を特別なものにする――。それは腕時計の役割でもあります。スマートフォンでも正確な時間がわかる時代であっても腕時計を求める人が多いのは、時間を知るという実用性だけではなく、美しいモノを身に着け、目にするという喜びがあるからでしょう。

1960年に生まれた日本発の時計ブランド「グランドセイコー」は、製造技術だけでなく、美しいデザインや仕上げによって感性に響く腕時計をつくってきました。近年はレディスウオッチにも力を入れており、着用感に優れたサイズや大きな針で視認性を高めたダイヤルなど実用時計としての価値を守っています。その一方で、ダイヤルやケースは職人の繊細な手仕事によって仕上げられており、所有する喜びを感じさせてくれるのです。

伝統的な手仕事の技から生まれる「銀匙」は、ふたつとして同じものが存在しない。つまりすべてが一点物、一期一会の出会いとなる希少な作品だ。

手仕事の跡がうかがえる金工作品。

一般的な銀食器というのは、工作機械を用いて仕上げるために、硬度を高めたスターリングシルバーという銀合金を使用します。しかしこのコロンとしたやわらかなフォルムの「銀匙」は、純銀製。それは手仕事を大切にしているからです。

やわらかな純銀の板から切り出し、コツコツとていねいに金槌(かなづち)を振るい、スプーンのカタチへと仕上げていきます。始めはやわらかい純銀ですが、何度も鍛えることで徐々に硬度が増し、スプーンとして使えるようになります。使用する製作道具は、代々長谷川家に伝わるもので、江戸時代に使っていた道具もあるとのこと。こういった伝統的な道具でなければ生まれない味わいがあるのでしょう。銀匙に残った無数の槌跡は、費やした時間の証しでもあるのです。

人の手から生まれた製品は、時間をも超えてゆく。

古くから日本で親しまれてきた麻布をモチーフとした、シャンパンゴールドのダイヤルデザイン。1本ずつ手仕事で仕上げるブルースチールの秒針も印象的だ。

熟練した職人による、精密なモノづくり。

14世紀頃に誕生したとされる機械式時計は、金属素材を手で加工して小さなパーツに仕上げ、職人がていねいに組み立てていくものでした。現代では工作機械が発展し、多くの工程で機械化が進んでいますが、それでもなお熟練職人の手仕事に頼る部分は少なくありません。

グランドセイコーの場合は、ケースやムーブメントもすべて自社一貫製造(マニュファクチュール)体制を整えており、小さな歯車やネジも内製しています。しかしこういった小さなパーツを組み立て、さらに微調整を行って寸分の誤差もなく高い精度を生み出すためには、ミクロン単位で作業を行う熟練した職人の経験が必須です。こうして生まれるグランドセイコーの腕時計は、工芸作品的な魅力も宿しているのです。

下の「鉄錆皿」は、お茶菓子などを載せて使用。その上に載せた「真鍮匙」は、料理を取り分けるサーバースプーンとしても活用できる。ともに使い込んでいくことで、徐々に風合いが変わるのも魅力だ。

時を経てたどり着く、素材の新たな魅力。

長谷川まみの作品は、使用している素材にも特徴があります。それは日用品だからこそのこだわり。手や口に触れるものだからこそ、素材がもつ特性が如実に現れるのです。たとえば「鉄錆皿」は、まず鉄板を10年ぐらい屋外に放置して錆を付け、その表面の錆を削ぎ落とすという工程を何度も繰り返すとのこと。やがて金属的な光沢は失われ、理想とする質感と色合いへとたどり着きます。

これは素材を枯れさせてから再生することで、鉄という馴染み深い素材に新たな“深み”を加えていく金工の伝統的な技法によるもの。また「真鍮匙」の素材である真鍮も、使い込んでいくことで、当初の金属色から味わい深い質感と色合いへと変化していきます。いずれも素材そのままで完成形にするのではなく、伝統的な技法や時間の経過によって生まれる風合いや深みが、その作品をより魅力的なものにしてくれるのです。

ケースサイドを走る鏡面がかん足(ラグ)部分へとつながり、立体的な造形美をつくり上げる。しかもこれだけの仕上げを、外径27.8㎜という小さなケースに施しているのだ。

手仕事が可能にした、美しい稜線の造形。

グランドセイコーの美しく繊細な手仕事をその目でじっくりと堪能するなら、ケースの造形に注目すべきでしょう。同ブランドには「セイコースタイル」という独自のデザインコードがありますが、そのひとつに「鏡面研磨した平面と、それに連続する二次曲面で構成されるケース形状」というものが挙げられます。

つまり歪みのない鏡面とその鏡面が生み出すキレのある稜線こそが、グランドセイコーらしさの源でもあるのです。こういった繊細な鏡面をもつケースは、どれだけ加工精度が高い工作機械であってもつくることができません。硬く耐久性が高いステンレススチール素材に対して、ザラツ研磨という特殊技法で熟練した職人がていねいに磨く……。その積み重ねによって到達する、手仕事の極致とも言えるものなのです。

素材や仕上げへの探求心が、新たな美しさを引き出す。

下の「鉄錆皿」とその上に載せた「真鍮匙」は、ともに私物として使用しているもの。今回掲載した作品は、下記のギャラリーで鑑賞・購入することができる。「銀匙」各¥8,640(税込)、「鉄錆皿」¥20,520(税込)、「真鍮匙」¥20,520(税込)。●gallery & cafe yaichi(ギャラリー&カフェ ヤイチ) 住所:埼玉県北本市中央2-64 TEL:048-593-8188 営業時間:11時~19時 定休日:月、第1火曜 www.yabedesign.com/yaichi

伝統を継承し、新たに発信していくこと。

長谷川まみの金工作品は、日常で使用することを前提としてつくられた道具でもあります。10年以上も使っていれば、スプーンには細かな傷が付いたり、鉄皿も多少歪んだりすることもあるでしょう。しかしそういった経年変化は、その作品と過ごした時間の軌跡であり、所有者のライフスタイルを色濃く反映した証しとも言えるものなのです。

今回掲載した作品は、埼玉県北本市にある「gallery & cafe yaichi(ギャラリー&カフェ ヤイチ)」に協力いただいて撮影を行いました。職人の手仕事による暮らしの道具や、日本各地の伝統工芸を新たな感性で紹介する企画展を開催。長谷川まみをはじめ、注目の作家のコレクションを常設展示するギャラリーとしても知られています。実際に手で触れ、じっくりと眺めることで、その繊細な手仕事の技と作品に込められた思いを感じ取ってみてください。

小振りなケースに、最新の高性能自動巻ムーブメントを搭載した本格派のレディスウオッチ。エレガンスコレクション「STGK007」¥648,000(税込)。グランドセイコーブティック、グランドセイコーサロン、グランドセイコーマスターショップ専用モデル。

普遍的な魅力を宿したレディスウオッチ

高性能な自社製自動巻ムーブメント「Cal.9S27」を搭載するレディスウオッチ。ケース径は27.8mmと小振りなので女性の手首に馴染みつつ、ダイヤモンドインデックスの煌めきによって華やかな印象を演出してくれます。歪みのない鏡面で構成されたケースや、古くから日本で親しまれてきた麻布をモチーフとしたダイヤルデザイン、職人が手で仕上げるブルーの秒針など、グランドセイコーのモノづくりを継承しています。

ディテールのつくり込みも細かく、腕時計を見るという行為自体が楽しくなるレディスモデルと言えるでしょう。正確な時刻を知るための実用品ですが、職人技を駆使したディテールのおかげで工芸品としての魅力も加わり、所有する喜びも実感できます。こういった腕時計と一緒に毎日を過ごすことで、流れゆく時を豊かな時間へと変えることができるのではないでしょうか。

問い合わせ先/セイコーウオッチ お客様相談室
TEL:0120-302-617
www.grand-seiko.com