【グランドセイコー、美しき「時」を伝える腕時計。】Vol.1 日本ならではの美意識が、ミラノを沸かせた。

  • 文:篠田哲生

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昨年に続き、ミラノ・デザインウィーク2019に出展したグランドセイコー。今回の展示テーマとなる「THE NATURE OF TIME」は、グランドセイコーの世界観を指し示すもの。美しく、象徴的に表現された日本ならではの時間意識と感性、そしてモノづくりの本質をひも解いていきます。

スプリングドライブ・ムーブメントのパーツを使ったオブジェ。時計ブランドの展示であるが、会場内に腕時計は1本しか展示していない。あくまでもインスタレーションが主役となった。

世界最大規模のデザインの祭典であるミラノ・デザインウィークに多くの企業が参加するのは、製品に込めた思いやブランドの哲学を、デザインを通じて伝えるため。2度目の出展となるグランドセイコーは、ミラノ市内のポルディ・ペッツォーリ美術館を会場に「THE NATURE OF TIME」というインスタレーションを行いました。NATUREには“自然”と“本質”というふたつの意味があります。すべての営みを自然の一部と捉え、寄り添うのが日本ならではの時間意識であり、移ろいゆく時とその永続性を表現して、グランドセイコーというブランドの本質を伝えました。

静謐な空間で、ただゆっくりと時が流れていく。

発光するパウダーでつくられた流体が、ゆっくりと循環していくインスタレーション「FLUX」。光が空間へと溶け込んでいく映像作品と組み合わせて、移ろいゆく時間を可視化している。

移ろいゆく時、その永続性を体現。

ムーブメントの設計から製造、組み立て等をすべて自社で担うグランドセイコーにとって、機能的な価値を語るのはたやすいこと。しかし日本発の時計ブランドとして、製品に込めた思いやモノづくりの哲学を世界に発信する必要があります。ミラノ・デザインウィークはその世界観を具現化する場所なのです。

グランドセイコーのインスタレーション「THE NATURE OF TIME」は3部構成になっており、第1と第2の空間はデザインスタジオwe+(ウィープラス)が手がけた作品「FLUX」を展示。第1の空間では光を表現した映像作品が流れ、ムーブメントパーツを使ったオブジェの周囲を発光パウダーと水を混ぜた流体がゆっくりと動いています。オブジェへの光を受けて流体は発光し、その波紋が徐々に崩れていく。それはすなわち、止まることがなく、二度と戻ることはできないという“時間の本質”を表現しているのです。

ガラス製のオブジェの中のほのかな光は、徐々に暗くなっていく。その静謐な時間の流れは、静かに時を伝えるスプリングドライブ・ムーブメントを思わせる。

時の流れとは、とてもはかないもの。

第2の空間には、「FLUX」の世界観を凝縮したオブジェが展示されています。有機的なフォルムのガラスの中にはスプリングドライブ・ムーブメントのパーツが収められ、その下に発光パウダーが配されています。ほのかに発光するパウダーが幻想的にパーツを包み込む光景は、まるで小さな宇宙のようにも見えます。

時計は時間という概念を可視化する機械ですが、それがパーツになってしまえば、また時間は見えなくなる。時間とは、とてもはかないものなのです。そして来場者はこの繊細なガラスのオブジェを、愛おしそうに手の中に収めます。それはまるで、はかない時間のかけらを守っているようにも見えました。

スプリングドライブがつくり出す“時間知覚”の穏やかな変化を表現した映像作品「movement」。刻々と移り変わる大都会の風景が、心の小旅行を体験させてくれる。

大都会の中で、なめらかに流れる時間。

第3の空間は、CGディレクターの阿部伸吾さんによる映像作品「movement」を上映しています。阿部さんは秒針をなめらかに動かすスプリングドライブ・ムーブメントの力を、見る人の心をどこか遠くへと運んでいく“動力”と考えて、映像作品をつくり上げました。

舞台は東京。多くの人やクルマが行き交う大都会を移動しながら、カメラがなめらかに風景を切り取っていく。その不思議な映像作品は普段、日本に暮らす我々にとっても刺激的です。このなめらかに流れる映像を見ていると、まるで時間旅行をしているような不思議な感覚にとらわれます。ミラノ・デザインウィークの喧騒をふと忘れる……。それもまた、時の豊かさを感じる瞬間なのです。

時をテーマにした、新進クリエイターのアプローチ

テレビCMやCIデザイン、ミュージックビデオなどのディレクターも行う、CGディレクターの阿部伸吾。今回は映像作品「movement」を手がけた。

製品が生まれる場所、長野県塩尻で感じた驚き。

「FLUX」を手がけたwe+は今回のプロジェクトを前に、長野県塩尻市に出向きました。スプリングドライブ・ムーブメントをもつグランドセイコーが生まれる場所を見るのが目的です。

「まずは哲学を理解したかった。グランドセイコーは精緻につくられた時計ですが、手仕事も大切にしている。つくり込みの限界に挑戦しているのです。製品が生み出される現場を目にして、“技術”と“感性”のバランスが取れた時計であることを理解できました。塩尻で感じたこの驚きが、インスタレーションへと結びついた。もちろん技術も凄いのですが、ここまで突き詰めてつくっているのだという驚きを伝えたかったのです」と林登志也さん。

we+(ウィープラス)は林登志也(写真右)と安藤北斗(写真左)により、2013年に設立したコンテンポラリーデザインスタジオ。国内外で作品を発表している。

移ろいゆく時をカタチにするために。

しかしその道のりは、容易ではありませんでした。

「多くのブランドが参加するミラノ・デザインウィークで、際立った存在になるにはどうするべきか。そこで注目したのが発光パウダーでした。時間の経過とともに光は減衰する。つまり“時間軸を絡めた素材”なのです。この素材を流体にして台の上に満たし、少しずつ動かしています。発光する光の輪が少しずつ暗くなり、形が崩れていくことで移ろいゆく時を表現しました。来場者には『日本的な表現だね』と言われましたね。要素を絞り込んでていねいに情景を切り取っていくと、必然的に“日本的”に見えてくるのでしょう」と安藤北斗さん。

この静かなインスタレーションの前では、誰もが言葉を失う。多くの人が足を止め、流れる時を感じ取っていくのです。

今回の会場は、貴族ポルディ・ペッツォーリ家が蒐集した絵画や工芸コレクションを公開するための邸宅美術館。セイコーの創業年と同じく、1881年に開館した。

情緒的、感性的な価値を表現すること。

時計ブランドのインスタレーションですが、展示される時計は1本のみ。ここにも理由があります。

「機能的な価値を知らせるのならスペックシートがあればいい。各国の言語でつくれば、間違いなく伝わります。しかし情緒的な価値に言葉はいりません。だから時計を象徴的に使う。機能を見せるのではなく、グランドセイコーやスプリングドライブの世界観を伝えることが求められているのです」と林登志也さん。

情緒的、感性的な価値はたくさんの情報を並べても伝わりません。目に見えるものを説明するのではなく、目に見えないものを表現する。それは時間という見えない概念を、美しい時計というカタチで表現しているグランドセイコーの本質を語る上で、最も自然な方法なのかもしれません。

美しく流れる時を映し出す、独創の機構。

セイコー独自の機構と優れた精度を有し、しかも美しく仕上げられたスプリングドライブ・ムーブメント「Cal.9R65」。

独自に開発された、新世代のムーブメント

今回の出展作品に使われたのが、セイコー独自のムーブメントであるスプリングドライブです。「機械式時計をクオーツによって制御する」というスプリングドライブの発想は、1977年に生まれました。この技術が実用化されたのが99年。まずは手巻式として製品化し、2004年に自動巻式へと進化し、グランドセイコーに搭載されます。

この機構の仕組みは、回転錘や人の手で巻き上げるぜんまいの力で歯車を回転させるところまでは機械式時計と同じ。しかしぜんまいの力の一部を利用して発電し、その電気を使ってクオーツ回路を動かすのが特徴です。水晶振動子によって導き出された正確無比なリズムで歯車の回転速度をコントロールし、高精度を実現するだけでなく、秒針はチクタク音をさせずにスーッとなめらかに動く。そのため美しく流れる時を表現できるのです。

スプリングドライブを搭載したグランドセイコーを代表するモデル、ヘリテージコレクション「SBGA211」¥669,600(税込)。繊細な表情を見せる“雪白ダイヤル”を採用している。

革新的であり、情緒的な時計。

グランドセイコーは歪みのない平滑な磨きや稜線の際立つケースサイドなど、ケースの美しさで目を惹きつけます。また近年は、ダイヤルにも美的表現を取り入れています。ダイヤモンドカットを施したバーインデックスや太い時分針などの“実用的な美しさ”が特徴ですが、この「SBGA211」はダイヤル装飾にも注目してください。

信州の山々に降り積もった雪がつくり出す自然の凹凸を表現しており、じっくりと眺めていたくなる情緒的な魅力に満ちています。本来時計を見るという行為は時間を知るためのものですが、この時計の場合は「時計を見る」という行為自体が目的となります。そこには、とても贅沢な時間が流れているのです。

問い合わせ先/セイコーウオッチ お客様相談室
TEL:0120-302-617(グランドセイコー専用ダイヤル)
www.grand-seiko.com