【グランドセイコー、腕に輝く9の物語。】Vol.4「9S」の仕上げに潜む、つくり手たちの想い。

  • 写真:溝口 健
  • 文:迫田哲也

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日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。長い年月をかけて生み出された“クオーツを超えるクオーツ”キャリバー9Fと“伝統と革新のメカニカル”キャリバー9S、ふたつのキャリバーを紐解きます。

日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。デザイナーと技術者が限界に挑戦し生み出されたキャリバー9Fとキャリバー9S、ふたつのキャリバーの秘密に迫ります。

グランドセイコーの美しい佇まいを実現する研磨技術。光り輝く鏡面を作り出す独自の研磨は「ザラツ」と呼ばれ、セイコースタイルのデザインの要となっています。腕時計の美しい稜線を研ぎ出す「ザラツ」の秘密を探ります。

美しい「エッジ」を立てるために。

視覚的なシャープさを保ちながら、物理的な鋭さを除去すること。その困難な課題に応えられるのは、一流の研磨職人だけであるという。

機械式のキャリバー9Sを搭載するグランドセイコー、その数々のモデルを研磨してきた名人S氏に尋ねた。歪みのない鏡面下地を仕上げるのに、ザラツ研磨以外の方法はないのでしょうか? すると、S氏は即答した。「ありません」

スイスにあったザラツ兄弟社の研磨機が、日本に導入されたのは半世紀以上前。いつしか研磨の職人たちは、その研磨機を使う工程そのものを「ザラツ」と呼ぶようになった。鏡面仕上げの下地をつくるザラツは、セイコースタイルの要といえる。

それにしても研磨の方法は多種多様であるのに、なぜザラツでなければならないのか? それはグランドセイコーの面と面が、シャープな稜線で接しているからである。鏡面への最終仕上げはバフ掛けという工程だが、バフ掛けをすればするほど、稜線の視覚上の鋭さが失われてしまう。つまり「角」がとれてしまうのだ。そのバフ掛けを最小限にとどめるため、ザラツで超平滑な面をつくっておく必要がある。

S氏が新しいグランドセイコーの試作をしている仕事場に、そのデザインを担当したK氏が訪れる。そして研磨の細部についていくつかのポイントを指摘する。それはきまって、S氏自身にも迷いが残ったところだ。「現場を知っているから、不可能な注文はありません。ただ難しい注文は多いです。そのおかげで我々も腕を磨かせてもらっている、と思います」。寡黙なS氏は静かにそう言った。

キャリバー9Sを読み解く。

研磨機と研磨剤も、自分でつくる。

職人は指先で金属と「会話」しているのです。

ザラツ研磨は回転する円盤の正面に研磨面を押し当てますが、円盤の中心部と周辺部では同じ回転数でもその速度が異なります。その微妙な違いを感じ取りながら、研磨面をデザインに倣って滑らかに移動させるには熟練の職人技が求められるのです。この加工に使われる研磨機は半世紀以上前にスイスの「ザラツ兄弟社」から輸入されたものが原形ですが、今日現存するものは既になく、自製の研磨機に置き換わっています。かつてのマシンを進化させ、回転数を無段階に設定できるようにするなど、ハイスペック化が図られています。また、超微粒子を配合した研磨剤も試行錯誤を繰り返しつつ、ステンレススチールやブライトチタンに適した、独自に配合したものを使用しています。

金属塊が、ケースになるまで。

先端技術と職人技が融合した造形美。

キャリバー9S が搭載されるケースは、まず300トンのプレスマシンによる「冷間鍛造」で成形されます。といっても一度のプレスではなく複数の金型を使い分け、1000度を超える熱処理を繰り返しながら、徐々に細部をつくっていきます。次がCNC(Computer Numerical Control= コンピュータ数値制御)マシンによる切削加工で、金属彫刻を機械で施す工程といってもいいかもしれません。鍛造成形されたケースを精密加工することで、その表面約0.1 ミリを「剥」きます。最後が研磨の工程であり、デザインにもよりますが、この研磨だけで50 工程ほどあるといいます。研磨工程の最後から二番目に位置するのが、「ザラツ」研磨による鏡面の下地づくりなのです。

「小さな針」部門賞というニュース。

特別仕様の限定モデル(2014年)。

2014年10月。グランドセイコー メカニカルハイビート36000GMT 限定モデルはジュネーブ時計グランプリ「小さな針」(“La Petite Aiguille” プティット・エギュィーユ)部門賞(8,000スイスフラン以下の時計を対象とした部門)を獲得しました。キャリバー9S86を搭載したこのモデルは同年に「現代の名工」に選出された小杉修弘によってデザインされたものですが、ムーブメントの組み立ては岩手、ケースの製造は福島でした。ふたつの工場はいずれもその3年前の東日本大震災で被災していました。このジュネーブ時計グランプリ部門賞受賞というニュースは、困難な状況を乗り越えた復興を祝す世界からの声援として、職人たちの胸に刻まれたのです。

20周年を迎えた、キャリバー9S

グランドセイコーの新しいメカニカルムーブメントとして1998年に誕生したキャリバー9S。その組み立て、調整は岩手県の雫石高級時計工房ですべて行われています。20周年を記念して登場した限定モデルは、そこに脈々と息づくクラフトマンシップを象徴するデザインで登場しました。

Grand Seiko SBGR311

ダイヤルのカラーは、平安時代に淵源を持つといわれる雫石の鍛冶の「火入れ」をモチーフとして、融鉄の灼熱を表現しています。さらに、グランドセイコーの「G」と「S」、9Sメカニカルを生んだセイコーインスツルの前身、第二精工舎の「S」。以上3 種の記号が放射状に細かく型打ちされています。自動巻、ステンレススチールケース、ケース径42.0㎜、世界限定1300本、500,000円+税

※価格は2018年6月現在のメーカー希望小売価格(税抜き)を表示しています。