【グランドセイコー、腕に輝く9の物語。】Vol.3「9F」の腕時計は、なぜ針が美しく動くのか。

  • 写真:溝口 健
  • 文:迫田哲也

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日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。長い年月をかけて生み出された“クオーツを超えるクオーツ”キャリバー9Fと“伝統と革新のメカニカル”キャリバー9S、ふたつのキャリバーを紐解きます。

日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。デザイナーと技術者が限界に挑戦し生み出されたキャリバー9Fとキャリバー9S、ふたつのキャリバーの秘密に迫ります。

究極の腕時計を目指して開発された「グランドセイコー」。その正確さは、針の動きにまで徹底されています。美しく正確に針を動かすため、グランドセイコーにはほかのクオーツ時計にはまず見られない、ある”仕掛け”が組み込まれることとなったのです。

震えずに、止まる針。

太く大きな針を、精確に美しく動かすために、数々の新しい機構が開発された。写真はキャリバー9Fを搭載した初代のグランドセイコー。

キャリバー9Fを搭載したグランドセイコーが登場したときのことである。開発陣のリーダーだったN氏が、いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、こう言った。「この腕時計にはぜんまいも組み込んであるんですよ」

「ぜんまい」といえば、機械式腕時計の動力源であるぜんまいか、その精度を左右する調速機構に組み込まれているひげぜんまいか。いずれにせよ、水晶を使うクオーツムーブメントであるキャリバー9Fに、なんのために、ぜんまいが組み込まれているのだろう?

理由は「針の震え」だった。ふたつの歯車が噛み合うときに、歯に多少の隙間(遊び、あがき、バックラッシュともいう)がないとスムースに回転できない。しかし、その「遊び」が針を震わせる。クオーツムーブメントは通常1 秒毎に秒針を動かす。ましてキャリバー9F の秒針は長い。針が長いほど震えも増幅される。それを解決するために、機械式腕時計の部品である「ひげぜんまい」を組み込んだ新機構が開発された。秒針がすっと動いてぴたっと止まる、「バックラッシュ・オート・アジャスト」である。

開発者たちは針の精確な動き、いわゆる指示精度のことを針の「立ち居振る舞い」と呼んだ。年差を実現した腕時計であるならば、その針やカレンダーの動きもまた高精度であるべきだ。バックラッシュ・オート・アジャストは、その矜持から生まれた機構のひとつだった。

キャリバー9Fを読み解く

秒針を美しく動かす機構とは。

「ひげぜんまい」が組み込まれた制動車。

歯車を使うメカニズムは、必然的にバックラッシュを伴います。しかし、それを減らす方法はいくつか考えられてきました。キャリバー9Fのバックラッシュ・オート・アジャスト機構は、通常の駆動輪列(動力を伝える歯車で構成されるメカニズム)にひげぜんまいを組み込んだ歯車(制動車)を加え、輪列全体に回転方向とは逆のトルクを与えることで、歯車間の「遊び」を強制的に極小化します。ばねを利用してバックラッシュを減らす機構は自動車のエンジンにも見られますが、発想としては近いかもしれません。つまり、機械式腕時計の精度を担ってきたひげぜんまいに、クオーツ時計の「針の動きの精度」を高める、というもうひとつの仕事が与えられたのです。

「3軸独立ガイド機構」とは何か。

3軸独立ガイド機構図。3つの軸は接触しない。

キャリバー9Fには、時刻合わせをするときの針の「立ち居振る舞い」に焦点を合わせた「3 軸独立ガイド機構」も組み込まれています。一般的な腕時計では時刻合わせをするためにりゅうずを引き出して回すと、その力は時を刻む場合とは異なる経路で伝達され、静止しているべき秒針がぴくぴくと動いてしまうことがあります。キャリバー9Fの3軸独立ガイドは、3つの針を回すそれぞれの軸が干渉しない構造のため、そのようなことが起きません。しかし、その精確な動きを見る機会は残念ながら、多くはありません。なぜならキャリバー9Fは時刻合わせの必要が、ごくたまにしかないからです。

針の重さを克服した、ツインパルス。

新しい発想で不可能を可能にした。

クオーツは機械式と較べるとトルクが低いため、針は細く軽いのが常識です。しかし、精度と同等に時刻の読み取りやすさでも最高峰を目指したキャリバー9Fの針は、太く重くなっています。そのために開発されたのがツインパルス制御モーターで、コロンブスの卵のような発想に基づいています。一般的なクオーツは、1秒に1回、針を動かします。角度でいえば1秒は6度に相当。動かす角度を小さくすれば、必要なトルクも小さくなります。そこでキャリバー9Fは1秒に2回、針を動かすことにしました。1秒に1回、というクオーツの一般常識を捨てることで、不可能とされていた重い針を動かす力を手に入れたのです。

原点を継承するスタンダード。

グランドセイコーにキャリバー9Fが搭載されてから25年が経ちました。「正確で、時刻が読み取りやすく、美しく、永く愛用できる」。腕時計として当然のことを、誰よりも徹底的に追求したその革新性は、いまだ色褪せることがありません。「クオーツを超えたクオーツ」の原点が、ここにあるのです。

Grand Seiko SBGT235

キャリバー9Fを搭載した初代グランドセイコーのデザインを忠実に継承するスタンダードモデル。スタイルを選ばない、その潔いシンプルさは、むしろ自分の真の価値を静かに主張しているかのようだ。瞬く間に切り替わる大きなカレンダーの曜日表記は日英切り替えが可能。精度は年差±10 秒。クオーツ、ステンレススチールケース、ケース径37.0㎜、270,000 円+税

※価格は2018年5月現在のメーカー希望小売価格(税抜き)を表示しています。