【グランドセイコー、腕に輝く9の物語。】Vol. 2 進化し続ける、 セイコースタイルとは。

  • 写真:溝口 健
  • 文:迫田哲也

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日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。長い年月をかけて生み出された“クオーツを超えるクオーツ”キャリバー9Fと“伝統と革新のメカニカル”キャリバー9S、ふたつのキャリバーを紐解きます。

日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。デザイナーと技術者が限界に挑戦し生み出されたキャリバー9Fとキャリバー9S、ふたつのキャリバーの秘密に迫ります。

発売以降、その精度で世界の頂点に迫ろうとしていた初代グランドセイコーですが、世界の高級時計と比べると、まだなにかが足りていませんでした。デザイナーのT氏がその差を埋めようと生みだしたのが、後に「セイコースタイル」と呼ばれることになる全く新しいデザインでした。現在にいたるまで進化し続けるそのスタイルと、そこに託されたデザイナーのメッセージを探っていきます。

難しいなら、やってみよう。

メカニカルキャリバー9S55を搭載し、1998年に誕生した「SBGR001」。ムーブメントのみならず、デザインや研磨技術も進化を続けている。

初代グランドセイコーが発売されて数年後、その精度は世界の頂点へ近づいていた。当時グランドセイコーを担当していたデザイナーのΤ氏は、何度も銀座の時計店を訪れたという。世界の高級時計を、じっくりと検分するためであった。おそらく彼はこう呟いたことだろう。

「わかった。足りないのは、光だ」

Τ氏が手がけ、名作と呼ばれる1967年の「44GS」は、それまでの腕時計のデザインとは一線を画し、セイコースタイルという新しい「文法」を生んだ。超鏡面に磨き上げられた平面と直線で構成されるその造形は、世界最高レベルの高精度を誇る日本の腕時計に、燦然と輝く新しい存在感を付与するために必要だった。

現在のグランドセイコーのデザインを担うK氏は駆け出しのころ、44GSのデザインは「悪例」とされたことを憶えている。デザインの良し悪しではなく、非常に高度な職人技が必要なため製造現場の効率が下がってしまうのが理由だった。

しかしK 氏はこう考える。ハードルに挑むことで職人の技は磨かれていく。それはつまり、腕時計デザインの可能性を広げることにつながるのだ、と。だからK 氏は常に現場に出向き、こう言う。

「難しい? よし、それならやってみよう」

K氏の手がけた、長く優雅な弧を描く新しいデザインは、やはり超鏡面に磨き上げられている。更新されていくセイコースタイル、その美しさを支える新しい技を引き出すことも、デザイナーとしての仕事です、とK氏は言った。

キャリバー9Sを読み解く

「44GS」は、なぜ名機と呼ばれるのか。

44GS(1967年)

「セイコースタイル」は、1967年に誕生した44GSによって確立されました。①平面と二次曲面で造形し ②ダイヤル、針の平面部を広く取り ③各面を歪みのない鏡面で仕上げる。以上はいずれも「光」を最大限に意識したものであり、グランドセイコーの高精度を美しい輝きで表現したと言えるでしょう。名機の理由は他にもあります。同じ67年に諏訪精工舎で国産初の10振動モデルであるロードマーベル36000が製造され、翌68年には61GSというグランドセイコー10振動モデルが登場。44GSを産んだ第二精工舎からも45GSが発売され、10振動による高精度化という時代の流れが強まるなか、44GSは5振動のロービートで高精度を実現した、最後期のモデルでもあるからです。

セイコースタイルの要、「ザラツ研磨」とは。

「ザラツ研磨」による、歪みのない鏡面。Photo:Jun Udagawa

グランドセイコーのケースを数多く製造する林精器が1950年代に導入したある研磨機には、「GEBR.SALLAZ」という刻印があります。GEBR. は「兄弟」、SALLAZをドイツ語で発音すれば「ザラツ」なので「ザラツ兄弟社」と訳すことができます。スイスのグレンヘンで精密加工機器を製造していたザラツ兄弟社の製品のひとつに、回転する円盤の側面ではなく、正面を使って研磨を行うものがあり、その機器を使う工程を日本で「ザラツ研磨」と呼ぶようになりました。平面と平面が接する「稜線」を研磨によってくっきり浮かび上がらせる「セイコースタイル」は、このマシンとそれを使いこなす職人がいて、初めて可能になったのです。

「キャリバー9S」に課された条件。

部品の加工精度も時計の精度を左右する。

クロノメーター規格以上の数値を設定した「新GS 規格」が定められたのは、グランドセイコーの新しい機械式ムーブメントの最低条件を示すためでした。過去のキャリバーの改良ではそのハードルを越えることはできない、と判断した開発陣は、コンピュータ上でのシミュレーションとメカニズム模型での実験を繰り返し、輪列機構の最適解を追究しました。同時に調速機構を一新し、特殊カーブのひげぜんまいを組み込むことで、新たな規格をクリアする新キャリバー9S5系が1998年に誕生することになります。その後、新素材ぜんまいの開発、超細密製造技術を駆使した脱進機を採用し、キャリバー9Sは72時間持続の6系、10振動の8系へと進化を続けています。

進化を形にした記念モデル。

1998年にグランドセイコー専用の機械式ムーブメントとして誕生したキャリバー9S。今年3月に登場したその20周年記念モデルはいずれも「セイコースタイル」を継承した優美で精緻なフォルムをもち、10振動のキャリバー9S85を搭載。グランドセイコーのエポックメイキングなムーブメントを象徴するモデルです。

SBGH266(左)

18Kイエローゴールドのケース。ダイヤルには「第二精工舎( 現セイコーインスツル)」を象徴する「S」マークを放射状にデザイン。「SPECIAL」という文字は、10振動のキャリバー9S85を特別調整しGS規格より厳しい「グランドセイコースペシャル規格検定」に合格した証しだ。自動巻、18K イエローゴールドケース、ケース径39.5㎜、世界限定150本、マスターショップ限定モデル。2,800,000円+税

SBGH267(右)

グランドセイコーのブランドカラーである濃紺のダイヤルに金色の「GS」が輝く。ハイビートキャリバー9S85の自動巻機構を支える「回転錘」にも、陽極酸化処理による濃青のチタンが採用されている。裏ぶたのサファイアガラスを透して、その動きを楽しむことができる。自動巻、ステンレススチールケース、ケース径39.5㎜、世界限定1500本、マスターショップ限定モデル。650,000円+税

※価格は2018年4月現在のメーカー希望小売価格(税抜き)を表示しています。