【デザイン担当副社長 アラン・ダイ 独占インタビュー】Apple Watchの文字盤に潜む、底知れない創意工夫。

  • 文:林 信行

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2020年9月に発表されたApple WachのSeries 6。さらなる進化の裏側にある数々の仕掛けや試みをジャーナリスト林 信行が、Appleのデザイン担当副社長、アラン・ダイ氏に聞いた。

Series 6の登場とともに新たなデザインや仕掛けを採用し、次なる次元へと進んだApple Watchの文字盤デザイン。

コロナ禍、人々の健康志向が高まったことで、Apple Watchがますます注目を集めている。そんな中、アップルは9月に、より手頃なApple Watch SEと血中酸素など最新の健康指標が測れるSeries 6を発表。腕時計の概念を変える新しいバンド、ソロループも同時発表し、その人気をますます強固なものにしている。だが、Apple Watchの魅力は健康に配慮した機能だけではない。

製品がもつ、そもそもの操作性の良さ、そして使う人が自分好みのものを選んでカスタマイズできる多彩な文字盤も大きな魅力の一つだ。今回、その文字盤などを含む画面デザイン全体を監修するヒューマン・インターフェース・デザイン担当の副社長、アラン・ダイ氏が独占インタビューに応じてくれた。普段何気なく選んでいるApple Watchの文字盤は、その1つ1つの裏に膨大なストーリーや創意工夫があるが、それを知ることは商品への愛着を深めるだけでなく、選択によっては人類の歴史とのつながりをも感じさせてくれることになるかも知れない。


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見るたびに表情を変える文字盤の誕生。

アップル社のヒューマンインターフェイス担当バイスプレジデントを務めるアラン・ダイ。(写真は2020年6月に行われたWWDCのプレゼンテーションより)

9月、新しいApple Watchとともに、そのOSであるwatch OS 7が発表され、Apple Watchにいくつか新しい文字盤が加わった。中でも話題になっているのが、目の部分が時刻表示になった、顔のイラストの「アーティスト」という文字盤と、画面中央に大きく数字が描かれた「タイポグラフィ」という文字盤だ。どちらも、時刻以外の情報を表示しないシンプルな文字盤になっている。

「アーティスト」という文字盤のイラストを手がけたのは、カナダ出身のグラフィックデザイナー、Geoff McFetridge(ジェフ・マクフェトリッジ)。アラン・ダイ氏を筆頭とするアップルのデザインチームがずっと敬愛してきたアーティストの1人のようだが、そのコラボレーションはなかなか興味深いものになっている。

一緒にプロジェクトを進める中、「見るたびに色と形が変わって違うフェイスが登場する」というアイディアが出てきたとき、ダイ氏は「愛らしく、抗しがたいアイディアだと思った」と振り返る。

では、それをどうやって形にするか?

「(マクフェトリッジ氏のアイディアを実現する)一番簡単な方法は、いくつかの絵をシンプルに切り替え表示するという方法でしょう。でも、ジェフもチームもApple Watchにしかできない体験を創り出したいと考えていました。そこで、我々は彼が描く顔のイラストをデジタル化して、分析して、コンピューターアルゴリズムで色や形を変えたバリエーションを再現できるようにしました。このプログラムを使って毎回、少しだけ形や色がかわる顔を描き出させることで、何百万通りのバリエーションが浮かび上がる文字盤が誕生しました。アーティストにとっても従来の方法ではできなかった表現になり、まさにApple Watchならではの表現でありながら、それでいてちゃんと彼の世界観に合っている。素晴らしいコラボレーションになったと自負しています」

グラフィックデザイナー、ジェフ・マクフェトリッジのアイデアを具現化した「アーティスト」文字盤。
「アーティスト」文字盤はマクフェトリッジが描くイラストを分析し、コンピューターアルゴリズムでバリエーションを再現している。

では、「タイポグラフィ」の文字盤についてはどうか。
ダイ氏は急に表情を緩めると、「実はこれは個人的なお気に入りなんです。」と自分のApple Watchを見せてくれた。4つの数字が中央に表示された文字盤が表示されていた。
「アップルという会社は、タイポグラフィ(文字表現)というものに非常にこだわってきた歴史をもちます。実際、いちばん最初のApple Watchをつくった時も、この小さな画面サイズでも明瞭で読みやすい完全にオリジナルの字体をつくることから始めたほどこだわりを持っています」とダイ氏。

Apple Watch発表直後、この字体の名前は公表されていなかったが、アップル社が20年ぶりに、ゼロから新しい字体をデザインしたとして、字体デザイナーなどタイポグラフィ界隈で大きな話題となった。その後、「San Francisco Compact」という名が明かされ、現在ではそのバリエーションがmacOSやiOS、iPadOSなど、その他のアップル製品でも使われている。

「Apple Watchの数年の歴史の中、我々はいくつかの字体のバリエーションも生み出してきました。我々が生み出した字体や新しいフォントやキャラクターセット(同じ世界観でつくられた字体のセット)をちゃんと祝福する文字盤をつくりたいと思ったんです。従来の腕時計への敬意を表し、クラシックでエレガントなものになっています」とダイ氏は振り返る。

この「タイポグラフィ」の文字盤は、数字の種類(アラビア数字、ローマ数字、アラビア・インド数字、デーバナーガリ数字)や、どの数字を表示するかなどをカスタマイズできるが、アップルはそこで使う字体や文字の配置にも試行錯誤を重ね、細心の注意を払ったという。

例えば「12、3、6、9」の数字が、中央に並ぶ基本形。
「(単純に数字を並べただけのように見えますが、)6の数字の上端と3の数字の真ん中がくっつきそうになっているこの部分も、非常に繊細で正確な試行錯誤を繰り返し、それぞれの数字がお互いに美しく配置されるような表示になっており、それは我々のタイポグラフィに対しての敬意の表れになっています」とダイ氏。

アラン・ダイが自身のお気に入りと語る「タイポグラフィ」文字盤。アラビア数字、ローマ数字、アラビア・インド数字、デーバナーガリ数字など様々な数字が登場する。基本形は中段の左端。

タイポグラフィへのこだわりは、エルメス社とのコラボレーション製品であるApple Watch Hermèsにも反映されている。

「エルメスと我々(アップルのデザインチーム)は、クラフトマンシップや品質へのこだわりなど多くの価値観を共有しており、お互いから多くを学びあっています」というダイ氏。そんなエルメスのタイポグラフィへのこだわりは、腕時計の文字盤に一番よく表れているのだと言う。「アップルは、そのエルメスのタイポグラフィをApple Watchで使えるように一緒にデジタル化してきました」と言う。

エルメスならではのタイポを使うApple Watch Hermès。写真は2連のレザーストラップ、アトラージュ・ドゥブルトゥールの仕様。

伝統と革新のハイブリッド

機械式の腕時計への敬意をもとにApple Watchならではの価値を追加した「クロノグラフ」文字盤。

アップルのデザインチームは「Apple Watchならではの表現」を目指す一方で、腕時計の歴史や伝統に対しても大きな敬意を払っている。

「伝統的な時計、いやもっと広く人類がいかに時間の経過を計ってきたかの歴史そのものが、我々のデザインにおいて大きなインスピレーションとなってきました。我々、デザインチームは、これから取り組む領域の理解を深めるために、非常に多くの時間を調査・学習に割きます。Apple Watchの開発を始めた時にも、ホロロジー(時計学)や天文学、そして時間経過を計る上で人類が重ねてきたアート(試み)やクラフト(創作)を学ぶことに膨大な時間をかけました。もちろん、デザインのプロセスには、それよりさらに長い時間をかけています」

Apple Watchに太陽を含む星の運行や月の満ち欠けなど天体を扱った文字盤が多い理由はここにありそうだ。

「昨年リリースしたソーラー・ダイアルという文字盤も、こうした伝統的な時計にインスピレーションを得たものです。我々はあの文字盤をデジタル時代における日時計の再解釈だと思っています。日時計と比べると、手が混んでいて表示される情報も多いのですが、インスピレーションの源泉はそこにあるのです」

「我々はこのように、どこかで常に伝統的な時計を拠り所にしたいという思いがあります。ただ、さらに一歩進んでApple Watchだからこそ実現できることを取り入れていきたいのです」とダイ氏は言う。

たとえば初期のApple Watchから搭載していたクロノグラフという文字盤があるが、これも機械式のクロノグラフ時計を基にしながら、コンプリケーションと呼ばれる追加情報をユーザーがカスタマイズできるようにしたりとApple Watchだからこそできる価値を追加したのだという。

伝統的なクロノグラフ表示の周辺に、ユーザーがカスタマイズした情報を追加できる。

「今回、新たに追加された文字盤のGMTも同様です。」

世界を旅する人なら、GMTがグリニッジ標準時であって、この文字盤が異なる都市の時間をわかりやすくするためのものだと、すぐにわかるだろう。

ダイ氏はこの文字盤が、アップルのデザインチームがソフトウェアのデザインだけをするチームではなく、物理的なハードウェアのデザインもソフトウェアのデザインも両方手がけているからこそ可能であった文字盤だと言う。

この文字盤を表示した状態で、デジタルクラウン(Apple Watchのリューズ)に触れると画面の中央に世界の主要都市を表す3文字の記号の一覧が現れる。そしてリューズを回すと、心地よい触感とともに選んでいる都市が切り替わり、それに合わせて時計の外周にある2色のプレートが回転するのだ(この外周の文字盤が、その都市での時刻を教えてくれる)。

切り替え可能な文字盤のひとつひとつにも、ものすごく真摯にとりくみ、丁寧なデザインプロセスを重ねるアップル。語りはしないが、形にこそなっていないが、その裏には膨大な数の採用されなかった案も眠っていることは容易に想像できる。そういえばテムズ川越しに見るビッグベンやセーヌ川越しのエッフェル塔など、世界主要都市の象徴的な風景で時間の変化を感じ取れるタイムラプスという文字盤も、6年前の秋のApple Watch発表会では紹介されたものの、半年後に実際に発売されたApple Watch series 1には搭載されていなかった(その後、watchOS 2から採用)。こうしたエピソードからも、アップルがひとつひとつの文字盤の品質に対して大変厳しい目と姿勢で臨んでいることが伺える。

そう言えばアップルには「1000回、Noと言う」という言葉がある。先日十周忌を迎えた故スティーブ・ジョブズ氏が良い製品作りの鉄則として挙げていた言葉で、ティム・クックCEOも、この言葉をよく使う。つまり、1つの良い製品の裏には1000はボツになったアイディアがあるという意味だ。

今回から追加された「GMT」文字盤。世界中の都市の時間帯をわかりやすく表示する。

生み出したのは、他に類を見ないデザインスタジオ

グラフィカルインターフェイスを中心に、Apple社内のデザインを統括する立場にあるアラン・ダイ。

ここで、改めてアラン・ダイ氏の肩書きや役職を紹介しよう。彼の肩書はヒューマン・インターフェース・デザイン担当の副社長だ。「デザイン」という言葉は馴染みがあるが、「ヒューマンインターフェース」とは一体どういう意味だろう。

「これはユーザーと製品の間のやりとりを指す言葉です」とダイ氏。「一般にデザインというと、物の形をつくる仕事、ルック&フィール(外見や印象)をつくる仕事のことだと思われがちです。もちろん、我々はそれにも十分な時間を割いていますが、我々の仕事は、そのずっと前の段階からスタートします。製品がどんな目的を持つものかを定め、その目的を果たすのにどう振舞うべきかを決めるのです。製品の最終的な見た目がどうなるかは、その過程で話されてきた膨大なアイディアや課題に対応した結果の副産物に過ぎません」

パソコンやスマートフォン、スマートウォッチといったデジタル製品をつくる会社は世の中にたくさんあるが、その多くは他社との機能や価格の差で勝負をしている。
それに対してアップルがiPhone、iPad、Apple Watchといった他に類をみない新カテゴリーの製品を出して、新しいトレンドを生み出し続けられたのは、すべての部門と横断的に関わるこのチームがあるからかも知れない。

「私たちの仕事の大半は、iPhone、Apple WatchやMacで見かけるグラフィカルユーザーインターフェース(操作画面)のデザインですが、画面を介さない体験も設計しています。最近の事例で言うと、AirPodsの体験がそうですがそのユーザー体験にはとても誇りを持っています」

AirPodsを使ったことがある人なら、Mac、iPhone、Apple Watchなど使う機器が替わっても自然に接続が切り替わったり、耳から外すとピタっと音楽の再生が止まり、再び装着すると再生が再開するといった心地よい体験、さらにAirPods Proの肢の部分をつまむと、ポワンと音がして周囲の雑音が消える魔法のような体験に感動を覚えた人もいるだろう。

技術を魔法に変える演出、まさにそれを手がけるのがダイ氏のチームで、社内のデザインスタジオという場所に所属している。
「デザインスタジオは、Apple社内のデザインをすべて横断的に請け負う組織。ハードウェア、ソフトウェアの両方を監修すべく、工業デザイナーやUI(ユーザーインターフェース)デザイナーといったデザイナーが揃っているのはもちろんですが、それ以外にも例えば触感のエキスパートやサウンドデザイナー、タイポグラファー(字体のエキスパート)、色についてのエキスパート、グラフィックデザイナー、サンプル模型をつくるエキスパートなど幅広い分野のエキスパートが揃っている。その1人1人が、我々が解決しようとしている課題に対し、それぞれの専門性を発揮してくれているおかげで良いものをつくれている」という。

確かに日本でも、このAppleのデザインスタジオと直接やりとりをしている工場や職人たちがいるので、アップル社内のそうしたエキスパートについては聞いたことがある。皆、それぞれがその分野の有名人で、圧倒的な才能の持ち主だという。

そうした第一人者の集団が、まずはその物の持つ意味から考え始めてモノをつくる。この作り方のプロセスそのものが、Appleの製品を、他社と比較した機能や価格を出発点につくられる競合他社のものと異なる、特別な存在にしているのだろう。

Appleにおいて製品を生み出すプロセスでは、外見からそこで得られる“体験”まで綿密な検証をもとに設計されている。

大成功を支えたデザインの先見性

Apple Watchは今年で発売開始から5周年の節目を迎えた。そのデザインを主導してきた1人、ダイ氏はこの5年間をどのように振り返るのか。

「この仕事はデザインチームにとっても大きな冒険でした。そして、この成功には、我々がデザインの初期段階で行ったさまざまなデザイン上の工夫があります。例えば視覚的な言語を開発し、確立して、時計の文字盤の字体、情報をどのように配置するかの(画面上には表示されない)ガイドラインの設定などを行いました。そのわかりやすい例がコンプリケーションです。将来的により多くのコンプリケーションを文字盤に表示させることを見据えて、今後も長く引き継がれていきそうなデザイン言語を当初から構築することがとても重要でした。」

自分だけの見た目にパーソナライズできることや、その上でより使い勝手がいいようにカスタマイズできることも、デザインチームが出した重要なアイディアだった。

「身に着ける製品ということでかなりパーソナルな製品であるApple Watchはユーザー1人1人でまったく異なったものになる個性を持たせたいと考えました。カスタマイゼーションとパーソナライゼーションに対して柔軟でありながらも、どんなにカスタマイズしても、ちゃんとApple Watchという同じ製品としての感触を持つ。これもデザインをする上では大きなチャレンジでした」

世界で一番売れているのに、1人1人で文字盤も異なるApple Watch。パーソナリゼーションとカスタマイゼーションの工夫はApple Watchが、人類史上もっとも売れた腕時計となったことを考えても、先見性のある判断だったのではないかと思えてくる。


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