全貌が見えた、新生「イッセイ ミヤケ メン」のモードとリアリティ

  • 写真:江森康之
  • 文:高橋一史

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語れる服 Vol.10:ISSEY MIYAKE MENのデザイナーに就任して3シーズン目を迎えた、高橋悠介さん。新たな「スタイル」をつくった、デザインの妙に迫ります。

明るく楽しく着こなす、トロピカルなプリントシャツ

シャツ左から、“全部盛り” の柄¥64,800、フロントのみにバナナ ¥54,000、両袖にパイナップル ¥54,000、背中にドラゴンフルーツ ¥54,000
バナナ、パイナップル、ドラゴンフルーツという、夏のトロピカル気分満載のシャツが登場です。今季のコレクションテーマ「トロピカル・ダンディーズ」らしさが濃厚な染めのシリーズ。ダイナミズムと、色彩の美しさに心惹かれる人は多いことでしょう。派手すぎて着こなせる自信がありませんか? いいえ、“着やすさ”も、デザイナーの高橋さんはぬかりなく考えているのでご安心を。彼がまず、コレクションの世界観を語ります。
「今季は、王道のリゾートスタイルです。ミコノス島やシチリアなどを自分が旅した経験から生まれたものです。西洋のリゾート地は日本よりも北にあるため、夜には涼しくなります。涼しいからジャケットを着るし、レストランではフォーマルなシャツも着ます。合わせるパンツの色は黒じゃなくて紺。そして足元はスリッポンが主流です」
上着を着ることで柄が隠れるデザイン。絵柄の配置に遊び心ある感性が。
白色の部分は、布本来の白さ。乾くとひび割れる防染糊の特色を活用した捺染。
彼がイメージした人物像とは?
「デザイン関係の仕事をしている人など、ウィットに富むものを好む人たち。これらのトロピカルシャツは、ユーモアあるモチーフを上質なテクニックでつくる感覚から生まれたアイテムです」
ジャケットを着たり脱いだりするシチュエーションが想定され、染めの図案は数パターンの配置で用意されています。上段写真の右端のものでは背中だけにドラゴンフルーツがあり、ジャケットを着ている時は、シンプルなシャツに見えます。袖だけにパイナップルが配されているシャツも同様です。
「上着を脱いだ時に大胆なフルーツが現れます。こんなシャツがあれば、着ている人も、周囲の人も楽しいですよね。それが僕の目指す“ダンディ”な男なのです。オケージョンを考慮し、パンツインできるよう裾をラウンドにし、丈もやや長めにデザインしました」
左のシャツはパイナップルの絵柄を袖にも配置。ジャケットを着る前提の右のシャツでは、袖の柄が省略されている。
メッセンジャータイプのショルダーバッグ ¥64,800
フロント、袖、背中にすべてのフルーツモチーフを配した、いわば“全部盛り”のシャツは、一枚での着こなしが想定されたものです。バナナがフロントだけに染められたシャツとの、微妙な違いがおわかりでしょうか? フロントだけに柄があるものは、ジャケットのVゾーンからさり気なく見え隠れさせるために、絵柄をわざと判別しにくく配置されています。
「マスキングの役割を果たし、乾燥するとひび割れる『防染糊』を駆使して、ヒビ割れたような滲みを表現しました。染色する前の生地はすべて真っ白の布。1枚につき幾度にもおよぶ捺染工程を経てこのシャツがつくられています」。京都の職人による手仕事の染色が、こうした繊細な仕上げを可能にしました。
デイリーにフルーツ柄を身につけたい人のために、同様のモチーフが捺染されたメッセンジャーバッグも用意されています。

バナナの繊維、パイナップルの繊維という実験。

左から時計回りに、青と白の麻の糸、パイナップルと麻混の糸、アバカと綿混の糸。
トロピカル繊維を用いたダブル6つボタンのジャケット ¥172,800
「イッセイ ミヤケ メンを物語る要素のうち、どれかひとつだけを選べと言われたら、『テキスタイル』と答えます」と高橋さん。6つボタンのダブルジャケットの布はなんと、パイナップルとバナナの木から採取した繊維が使われています。このうちバナナは厳密にいうとバナナと同属の木で、繊維の表記では「アバカ」(麻に似ていることから「マニラ麻」とも呼ばれる)になります。上の写真で高橋さんが着ているジャケットは、リネン45%・アバカ(バナナ科)28%・パイナップル14%・綿13%の生地混率です。こうしたトロピカルな樹木を用いたのはどのような理由からでしょうか?
「実を言うと、こうした繊維を使わねばならない理由はありません。品質表示を見たときに『指定外繊維(パイナップル)』と書かれていると、なんだろう? という興味をもちますよね。トロピカルというストーリーを語るために、こういった仕掛けが必要だと思うのです」
開発した糸をミックスさせ、軽やかに織り上げたツイードジャケット。
彼はフィリピンへ足を運び、アバカを木から採取する現場を目にしました。
「イッセイ ミヤケ メンの服であるからには、テキスタイルにこだわらないといけません。でもこれまでの服は、コンセプトに凝り、シルエットに凝り、ディテールに凝り、色に凝り、テキスタイルに凝るという具合で、いろいろな要素が多かった。それではいまの時代らしくないので、一着の中で1~2の要素に絞り込もうと。このジャケットはテキスタイルに凝っていますが、ほかの要素はオーソドックスなので、とても着やすくなっていると思います」
色も落ち着いているので、フォーマルなコーディネートもでき、長く愛用できるでしょう。
グラデーションストライプのジャケット ¥129,600
同染色技法のアイテム。ラックの左から、ウール・ジャケット ¥129,600、コットン・シャツ ¥60,480、ウール・イージーパンツ ¥75,600、ウール・ポンチョ ¥140,400
もう一着、高橋さんが着たブルーのジャケットは、シルエットがスリムでコンテンポラリーなイメージです。グラデーションが美しいロングビーチの色彩を染めで表現し、ディテールは前述の服と同様にシンプルに仕上げられています。これも前ページのシャツのように京都の職人による染色が施されています。4色の染料を、混ざらないように間仕切りを入れたひとつの大きな容器に注ぎ込み、静かに間仕切りを外し、白い布の上にその容器を置き、布を動かして染めています。日本の匠の技と、テーラードジャケットとを融合させた価値ある服です。

フランスの「ブルーム・アソシエーション」とコラボレーション

Tシャツ左から、スクイード ¥27,000、フィッシュ¥27,000
トートバッグ左から、フィッシュ、スクイード、ジェリーフィッシュ。
「アビス(深海)」シリーズは、フランスの海洋生物研究グループ「ブルーム・アソシエーション」とのコラボレーション・シリーズです。彼らが撮影した深海魚を、色彩を加工することなくデジタルプリントしたもの。高橋さんいわく「変えた部分があるとするなら、その大きさでしょうか。イカの実物は20cmですし、魚は32cm。バッグにも使っているクラゲに至っては、2cmしかありませんからね(笑)。地球最後のフロンティアといわれる深海は、深く潜れる探査艇が開発されたことで注目を集めるようになりました。深海魚は本当に美しいと思います」
後ろまで全面プリントされたフィッシュTシャツ。
ブルーム・アソシエーションとコラボした理由には、大規模な底引き網漁によって深海生物の生態系が破壊されていることが近年の研究によってわかってきたことを伝えたいという思いもあるようです。
「あまり知られていないことだから、世に伝えていきたい。イッセイ ミヤケ メンのお客様は、“画家”のように職業に“家”がつく人や、専門的な職種の人が多いです。欧米でも影響力があるブランドですから、ブルーム・アソシエーションとコラボレーションすることは大きな意味がありました。彼らの活動にも貢献できますし、僕らも彼らの周辺の人たちにイッセイ ミヤケ メンを知っていただきたい気持ちが重なりあって今回のコラボが実現しました」
高橋さんが手に持つジェリーフィッシュプリントの半袖シャツ ¥41,040
ジェリーフィッシュプリントを始め、新生イッセイ ミヤケ メンが力を注ぐグッズの数々。
今季コレクションの中には、パラオ共和国の島にある湖、ジェリーフィッシュレイクで撮影されたクラゲの写真を使ったアイテムもあります。シャツをはじめバッグ、財布、スニーカーなどの小物アイテムにも多用されており、豊富なバリエーションの中から好きなものを選べます。高橋さんが解説するのは、生活に馴染む工夫に満ちたシャツ。
「パリメンズコレクションのショーでも発表した服です。これはテキスタイルがポリエステルなので、見た目の印象としてまず、発色のよさが挙げられます。さらにイッセイ ミヤケ メンのアイデンティティである皺加工された“リンクルシャツ”ですから、着心地がよく、洗ってもすぐ乾き、旅行にも最適です」

ストイックに美しいスニーカー

キビラ布とレザーのコンビ・スニーカー(中央ベージュと右の黒) ¥45,360
新生イッセイ ミヤケ メンを物語る中で、外せないキーアイテムがスニーカー。ストイックでミニマルなデザインです。
「いまの時代のファッションにはスニーカーが必要です。スーツスタイルにもカジュアルスタイルにも対応できる、マルチなデザインにしたかった。このスニーカーの特徴である比翼部分は表側にステッチが出ないように裏側で工夫しています。エレガントであると同時に『一枚の布』というイッセイ ミヤケらしさも表現できました。アッパーの面積が広いから、布や革の風合いを活かすこともできます。シューレースまわりのデザインは、イッセイ ミヤケ メンを代表する比翼仕立てのシャツにインスパイアされたものです」
キビラ布とレザーをつなぎ合わせたボンディングパンツ。 ¥183,600
キビラ布とレザーをドッキングさせたマウンテンパーカ ¥356,400
コレクションで発表された服のテキスタイルもスニーカーに使われています。ベージュと白のコンビネーションが上品なモデルのアッパー素材は、ラミー(麻)の一種「キビラ」。
「キビラとは晒されていない麻を織った布です。表面にムラがあり、ドライな風合いが特徴。生地をボンディングしてハリ感を出し、耐久性の向上も図っています」
歴史あるブランドであるイッセイ ミヤケ メンの製品は、厳しい品質管理が徹底されています。下段写真の青いメタリック加工レザーのスニーカーも「素材自体は強くないのですが、ソールとアッパーの周囲を覆うように別のレザーをかませることで商品としての耐久性を確保しました」
ブルーメタリックのレザースニーカー ¥43,200
今シーズン初登場した新デザインのカラーコンビスニーカー ¥45,360
信頼のおけるブランドとして古くからのファンも多いイッセイ ミヤケ メン。デザインに新風を吹き込むことも、プロダクト品質を維持することも、デザイナーである高橋さんの肩にかかっています。デビューした2014年春夏シーズンでは、ブランドが築いてきた「染め」という難易度の高いテクニックを見直しました。その次の秋冬シーズンではシルエットをモダンに変え、モッズコートなどの男のスタンダードなスタイルにフォーカス。段階を経て少しづつ新しさを開拓し、この2015年春夏シーズンでは、彼が本当に目指している「スタイル」の改革に着手しました。その結果、生まれたアイテムの数々は、世代や国を超えて「着たい」と思わせる現代男性のワードローブです。“前衛”とひとくくりにされてきた日本ブランドの評価基準をくつがえすモードファッションが、確かに創造されています。

Yusuke Takahashi 高橋悠介
文化ファッション大学院大学在学中にファッションコンテスト「装苑賞」受賞。卒業年に三宅デザイン事務所に入社。2012年にイッセイ ミヤケ メンの企画チームに加わり、2013年に同ブランドのデザイナーに就任。

問い合わせ先/イッセイ ミヤケ TEL 03-5454-1705
www.isseymiyake.com