「レニュー」の再生ポリエステル糸は、通常のポリエステル糸と同様の扱いができる。伊藤忠商事のグローバルな生産背景を活用することで、意匠性の高い生地開発や加工への対応も可能。既製品に完全に置き換えられる合繊素材だ。
清史さんは自在に扱えるリサイクル素材の登場について、「合繊を使いたい服があっても、これまではリサイクル素材を活用するというオプションがなかったから、ザ・イノウエブラザーズでは使えませんでした。それが実現できる可能性が見えてきたのは希望が湧きますよね。アルパカ製品をリサイクルして製品化する際に一緒に使うポリエステルもリサイクル品なら、お客様に100%リサイクルされたアイテムだという強いメッセージを発信できます。みながそういう活動をすれば、ムーブメントになっていきます」と話す。
聡さんもこの意見に同意する。「デンマーク人が食材からオーガニックムーブメントを起こそうとした時、最初に手をつけたのは国民が毎日飲む『ミルク』でした。オーガニックミルクを買う人が増えた結果、値段も抑えられ、オーガニック食材の美味しさも認知され、『同じものを買うならオーガニックを選ぶ』という小さな意識の変化がおきました。いまではデンマークが世界で最もオーガニックの食材が豊富な国になりました。ファッション分野で多く使われる素材がポリエステルなら、『レニュー』からみんなの意識が変わっていくかもしれません」。
下田さんも、「発信力があるザ・イノウエブラザーズのアルパカやオーガニックコットンと一緒に、我々の『レニュー』素材が使われればとても嬉しいです。ここからムーブメントが起こり、最終的にサステイナブル素材が消費者に認知されていくきっかけになれたら」と期待を寄せる。
「レニュー」を使用したブルゾンのサンプル。ポリエステルは同じ石油由来のナイロンと比べ、引張り強度が高く弾力性がある。洗濯しても乾きやすく、耐熱性もあることからケアしやすいとされ、日常的な衣服に使われることが多い。
いいことずくめに思える「レニュー」のリサイクル素材だが、課題も残されている。そのひとつは、綿ポリエステルといった混紡生地はリサイクルしにくいこと。単に古着を集めて機械に投げ込めばリサイクルポリエステル素材が完成するのではない。その点を下田さんが以下のように説明する。
「混ざりものがある素材を、もう一度、個々の単一素材に戻すのはとても難しい技術です。現状『レニュー』の原料は、100%ポリエステルであったり、高い混率のものに限っています。ゆくゆくは、複数の素材が混在する製品をいかに無駄なく再利用するかについても考えていく必要があり、それは、服作りにもかかわるファッション業界全体の課題だと思います。サステイナブルの考え方が広まっていくと、あらかじめリサイクルすることを前提にした製品がデザインされるようになるかもしれません。こうした社会を目指し、その時々に求められる技術を見い出し、提供していくのが我々商社の使命です」
聡さんは、リサイクル素材を使うファッションブランド側の問題点も指摘する。「“グリーン・ウォッシング”という言葉で表される、たとえばリサイクル素材を少ししか使わずに、『我々はサステイナブルなブランドです』と謳っているようなブランドがたくさんあります。今後は使用混率の基準を厳しく設けるなど、提供する企業によるサステイナブル素材の扱い方がより重要なポイントになるでしょう。なぜなら購入する消費者はピュアな気持ちだから。エコフレンドリーな生活を望む人がたくさんいるのに、サステイナブルな気持ちがない企業がトレンドに乗っているだけの現状に危機感を感じています。一般消費者が企業の姿勢を見極めるのはとても難しいですから」
「レニュー」を使ったデサントが展開する「リ:デサント」のTシャツ。ほかにH&M、グローバルワーク、GU、ハンティングワールドなどが賛同して「レニュー」のポリエステルを採用し、製品タグにも「レニュー」のロゴを入れるなどして商品化している。
服の「素材」について、多くの人々に着目させるPR活動も重要な課題だ。この点について清史さんは、「たとえばこの記事のように人々に伝えるコミュニケーションをていねいにやっていけばいいと思います。『レニュー』自体もすでにひとつのムーブメントになってきているように感じますし、新しい価値観こそがムーブメントのパワーになります」と希望を口にする。
ザ・イノウエブラザーズが、ファンや社会意識の高いショップバイヤーに支持されるのは、消費者が感情的な絆を感じる “エモーショナル・アタッチメント” があるからだ。
聡さんいわく、「サステイナブルなものを浸透させるブランディングとして、人が気持ちを込めて買ってくれる、または、ブランドとつながりがあるという気持ちにさせることが重要。でも、まずモノがよくないとそこに到達するのは難しいんですよ。若い人に話を聞くと、いまいちばん心配しているのが環境問題です。『海のプラスチックがきれいになりますように』と、子供たちが作文で書く世の中になりました。将来的には『レニュー』のロゴが服のタグについていることが、地球に貢献しているブランドと認められるようになるかもしれません」。
今回この場で意見交換して、下田さんも井上兄弟も次へ歩む確かな手応えを感じたようだ。
「ザ・イノウエブラザーズの活動は、本当に素晴らしいと思います。信念をもった姿勢に共感しますし、今回お話をさせていただいて改めて本気度を感じ、感銘を受けました。お二人に素材の提供やどんな形であれ協力できたら、個人的にもとても嬉しいです。ぜひ今後そうしたお話をさせてください」(下田さん)
「新型コロナが落ち着いたら、ぜひ直接お会いしたいですね。新しい技術や我々が専門でない分野を学べるチャンスをもらえるだけでも感謝します。ペルーのアンデスに住んでる先住民たちの何千年の歴史のあるアルパカのカルチャーと最新の技術をミックスすることは、今後のムーブメントのためにも重要になりそうです。天然のものとハイテク技術が一緒にならないと、いま以上の進展は望めないと考えていますので」(聡さん)
サステイナビリティに関して、「ひとりが1万歩前に進むのではなく、1万人が一歩前に進めば社会に変化が起きる」という考えで活動を続ける井上兄弟。今後、さらに幅を広げて社会に貢献しようとする「レニュー」プロジェクト。我々消費者も、いま着ている服の素材がどのような由来なのか、少し思いを馳せるだけでも、永遠の未来が見えてくるかもしれない。