アディダスの最先端テクノロジー、ブーストがミッドソールに革命を起こす!

  • 写真:今井広一(1P)、ジャンニ・プレッシャ(2〜5P)
  • 文:南井正弘(1P)、藪野淳(2〜5P)

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2013年、ブーストが誕生したことにより、30年以上ほとんど変化のなかったミッドソール素材に変革が起こった。この素材がいかに偉大な存在であるかを検証する。

2019年下半期の新作はブーストに硬度をもたらした「パルスブースト HD」¥14,000(右/税別)と最新作の「ウルトラブースト 19」¥22,000(左/税別)。

現在のスポーツシューズのほとんどすべてにミッドソールというパーツが用いられている。足を包むアッパー(甲被)と地面に接するアウトソール(本底)の間に配された部材であり、着地時に体重の3倍程度の衝撃がかかるといわれるランニングシューズにおいて、とくに重要な存在である。

初期はゴムを発泡させたラバースポンジが使用されていたが、より軽量で衝撃吸収性に優れたEVA(エチレンビニルアセテート)が70年代に登場。上級モデルのみに採用されたが、80年代には最もポピュラーなミッドソール素材となり、のちに圧縮成型することで耐久性と衝撃吸収反発性を向上させたタイプも現れた。若干重量は重くなるが、優れた耐久性とクッション性を両立していたPU(ポリウレタン)とともに、スポーツシューズのミッドソールの定番素材となった。

各ブランドは、これらのマテリアルに独自開発したテクノロジーをプラスして機能性を競ったが、ミッドソールはあくまでEVAかPUであり、この点に関しては30年以上大きな変化はなかったのである。


ブーストフォームは、従来にない走行感を提供。

そんな状況を打破すべく2013年にアディダスが発表したのがブーストフォームだ。ランニングシューズの「エナジーブースト」に初搭載されたこの素材は、TPU(熱可塑性ポリウレタンエラストマー)を粒子(ペレット)状に一粒ずつ発泡させた状態のE-TPU内部に微細で均一な独立気泡を閉じ込め、小さなエネルギーカプセルが発泡、連結する構造が従来にない衝撃吸収反発性を発揮。500km走行後も劣化が少なく、長期で衝撃吸収と反発機能を両立することに成功した。

さらに気温による硬度変化も少なく、耐熱性・耐寒性があることも大きな特長だ。実際にブースト搭載シューズに足を入れてみると、そのフワフワと沈み込んだ後に力強く押し返す独特なクッション性で、どのシューズとも異なる唯一無二の感覚の履き心地に驚く。

着地の衝撃を効率よく反発力に変換することで、自然と足が前に出るような走行感をランナーに与えてくれる。

ブーストは70年代からほとんど変わることがなく、旧態依然だったスポーツシューズのミッドソールを変革。アディダスのみならず業界を代表するミッドソール素材として君臨するようになり、現在では使用量によりクッション性能を調節したり、軽量性を向上させた「ブーストライト」、走行安定性を重視すべく硬度をアップさせた「ブースト HD」も開発された。あらゆるタイプのアスリートに対応可能なラインアップを揃えている。

最高のランニングシューズを生んだ、聖地へ。

アディダスのエキスパートが結集し、約4000人のランナーとの“共創”によって生み出された「ウルトラブースト 19」。その鍵を握る5人に開発秘話を聞いた。

「レーシーズ」という名前は、アトリウムの吹き抜けに配された交差する渡り廊下が“シューレース”のように見えることに由来。モダンなデザインもさることながら、部署間を効率的に移動できるように設計されたものだ。

アディダスの研究開発における中枢は、ドイツ本社(ヘルツォーゲンアウラッハ)に2011年にオープンした「レーシーズ」だ。ここには、デザインや素材研究、エンジニア、プロダクトデベロップメント、マーケティング、ブランドユニットまで製品に関する部署が集結。イノベーションの要である「フューチャーラボ」やテストセンターもあり、1700人以上が働く。

また「レーシーズ」内には、「メーカーラボ」と呼ばれる、いわば社員のための〝工作室〞も構える。部屋の中には、ミシンや3Dプリンター、レーザーカッターなどの機械と、多種多様な素材やパーツが揃う。社員は誰でも、新しく思いついたアイデアを自由に試し、形にすることができるのだ。それが実際の商品開発につながることもあり、そこには自由な発想やクリエイティビティを大切にするアディダスの社風が表れている。

最先端テクノロジーを駆使した「ウルトラブースト 19」は、そんな環境の中で働く各分野のエキスパートと、約4000人のランナーの〝共創〞を通じて生み出された。その背景には、どんなストーリーがあったのだろう? 開発秘話を聞くため、5人のキーパーソンを訪ねた。


最先端シューズ、「ウルトラブースト 19」とは?

サム・ハンディ 1980年イギリス生まれ。2009年入社。5年間アディダス オリジナルスのシューズデザインを監修し、フットボールのデザイン部門を経て、2018年からランニング部門を担当。

「チーム一丸となって、世界で最も優れたランニングシューズをつくる」

これこそが、「ウルトラブースト 19」の開発チームを率いたサム・ハンディが掲げたゴールだ。

「私が初めて『ウルトラブースト』を履いたとき、いままでとは何かが違うすばらしさを感じた。そして、エナジーリターンという斬新な発想で、『ウルトラブースト』は当時最高のランニングシューズになった。今回挑んだのは、どうすればさらにいいものにできるのか? ということ。その結果、足を入れたときに4年前と同じような衝撃を与えられるものに仕上がった」

開発に費やされた期間は、約3年。プロジェクトは、4000人のランナーへのヒアリングからスタートした。開発チームの中には初代「ウルトラブースト」に携わったメンバーも多数。

しかし、これまでの知識や考え方をゼロから見直し、格段に優れた体験を実現するためにすべてをつくり変えた。「デザインへのアプローチに関しては、まずチーム全員を集め、数日間をかけて既存モデルの全要素を探求するところからはじめた。例えば、何時間もかけて、『トルションスプリング』だけのことを考えるといったように。その後は、ドローイングで埋め尽くされた部屋で最もエキサイティングなアイデアを選び、それを膨らませながらまとめ上げた。つまり、チーム全体で多くのアイデアを出し、それから小さなチームでその実現方法を考える、というプロセスの繰り返しだった」

開発の最優先事項は、常に高いパフォーマンス

ストリートカルチャーやファッションの世界でも支持を集めた「ウルトラブースト」は、デザイン性の高さでも知られる。その点を、「ライフスタイルに受け入れられたことはすばらしい」としながらも、「常にパフォーマンスが最優先」とサムは言い切る。

「パフォーマンスを重視することが、美しいデザイン、そうでなければ驚きのあるデザインを生み出すと信じている。特定の目的のためにつくられたアイテムは特別な魅力を持ち、ランニングシューズをスニーカーとして履くのは、スニーカーをスニーカーとして履くのとはまったく異なること。正真正銘のランニングのためにイノベーションを凝縮したシューズは、すばらしいパフォーマンスだけでなく、他のファッションスニーカーとは異なる感覚をカラダにもたらすだろう」

そして、イノベーションを追求する挑戦に終わりはない。

「これからの開発のキーワードは、“モア&ベター”。『プライムニット』や『ブーストフォーム』はすばらしい素材であり、コンスタントに改良を続ける。その一方で、デザインにも新たな視点を取り入れていく」

ランニングシーンの変化に応える、最新シューズ

マティアス・アーム 1980年ドイツ生まれ。アディダスでプロダクトマーケティングを担当して8年目。過去には、「クライマクール」や「アディゼロ」「ソーラー」シリーズなどの開発に携わってきた。

「5年前とくらべて、ランニングシーンは大きく進展している」

そう語るのは、サムとともに開発の中心となった、マティアス・アーム。

「ランニングは、マラソン大会などのレースに参加することを目的としたスポーツから、気軽に取り組め、仲間と楽しめるソーシャルアクティビティに変化している。例えば、ロサンゼルスには、ランニングを通して街中にあるグラフィティを巡る『ブラックリストLA』というグループがいる。ストリートカルチャーやアート、音楽とも交わり、ランニングカルチャーは、とても速いペースで進化しているんだ」

「ウルトラブースト 19」のターゲット層は、従来のランニングスタイルに満足しておらず、進化を求めるランナーたち。それが、デザイン面にも大きく反映されているという。

「ランニングシューズであるからには、優れたパフォーマンスを備えることは大前提だけど、デザインという観点ではいかにターゲット層の心を動かすことができるか? これが重要になる。だから『ウルトラブースト 19』はテクニカルでありながら、ストリートカルチャーとしてのスタイルを融合したシンプルなものになっているよ」

「ウルトラブースト 19」の中心となる、「プライムニット360」「トルションスプリング」「オプティマイズド ブーストフォーム」「3Dヒールフレーム」という4 つのキーコンポーネント。

4つのコンポーネントに、フォーカスした理由。

「ウルトラブースト 19」の最大の特徴は、17におよぶ従来のコンポーネントをすべて見直し、必要不可欠な4つを中心に絞ったこと。そして、デザインの考え方や生産方法を2Dから3Dへと変えることに取り組んだ。

「4つのコンポーネントにフォーカスしたのは、ランナーから高く評価されているエナジーリターンと快適性を支える要素であり、フューチャーチームやエンジニアが最適化できるポテンシャルを持っていたから。それぞれの改良を重ね、隙間をなくすことで従来の『ウルトラブースト』より20%増量された『オプティマイズド・ブーストフォーム』のミッドソールと『3Dヒールカウンター』が縫い目のないソックスのような『プライムニット360』のアッパーを包み込む、一体感のあるデザインに仕上がった。また、スピードランナー向けの『アディゼロ ジャパン』を参考にした前足部までをカバーする新しい『トルションスプリング』が、エナジーリターンを高めている」

その誕生により、再びランニングシューズの歴史は塗り替えられた。

「重要なのは、誰もがランニングを楽しめること、そしてゴールへの到達を助けること。『ブースト』のおかげで、より多くの人がランニングを楽しめるようになったけど、世界新記録を目指すプロもいれば、ライフスタイルの一部として走る人もいる。私たちが取り組んでいるのは、それぞれの体験をいかに高められるかということ。そのひとつとして、増えるシティランナーに向けた『パルスブースト HD』という新モデルも開発した。異なるニーズに応えるバリエーションが必要なんだ」

ランニングカルチャーの変化に合わせ、これからも「ブースト」シリーズは進化を続けていく。

シティランナーにフォーカスした「パルスブースト HD」に搭載された、新たなミッドソール「ブースト HD」。高密度製法により硬度を増すことで、安定性を高めている。
より軽量でシンプルに仕上げられた「ウルトラブースト 19」。屈曲性に優れた「ストレッチウェブアウトソール」が、「ブーストフォーム」の効果を最大限に引き出す。
「パルスブースト HD」は1000人以上のシティランナーの走行データを解析して開発された、コンチネンタル社製のアウトソールを採用。グリップ性に優れ、素早い方向転換が可能。

イノベーションの秘密基地、「フューチャーラボ」

テクノロジーの最先端を追求する「フューチャーラボ」は、アディダスのイノベーションに欠かせない存在だ。同施設がシューズの生産工場を構えるシャインフェルドから「レーシーズ」内に移設されたのは、2011年のこと。現在は、リサーチャー、エンジニア、デザイナー、デベロッパーなどからなるフューチャーチームが日々、既成概念を打ち砕くイノベーションや新たなクリエイティブコンセプト、未来を見据えたリサーチプロジェクトに取り組んでいる。

開発の鍵を握るのは、アスリートたちの声。

「フューチャーラボ」の重要な役割のひとつとして挙げられるのが、開発中のパフォーマンス製品のためのテストだ。施設内には、ランニングフォームを忠実に再現するロボットやキックロボット、3Dモーションキャプチャーシステム、ハイスピードカメラなど、独自に開発された設備が揃う。また、別のフロアには素材の研究開発を行うラボもあるという。

かつて創業者のアドルフ・ダスラーは、アスリートのニーズやフィードバックに耳を傾け、改良を重ねるというプロセスで靴作りに取り組んでいた。その目的は、ただひとつ。すべてのアスリートたちに最高のエキップメントを提供することだ。そして、はるかに高度な技術や先進的な研究設備を擁するいまなお、アディダスが取り組んでいることは変わらない。現在も契約選手たちを本社に迎え、カスタマイズのシューズやウェアを製作するとともに、アスリートの協力を得て新製品開発・改良のためのテストを行っている。

実際、ランニングシューズの常識を覆した「ブーストフォーム」の開発も、アスリートの声が出発点だった。彼らが口にしたのは、快適性のためにパフォーマンスを犠牲にしている、もしくはその逆という悩み。そこから、新たなクッショニング・テクノロジーの探求がはじまった。その結果、当時スポーツ業界では使われていなかった粒子状のTPU素材を活用する可能性を模索し、ドイツの総合化学メーカーBASF社との共同開発のもと、「ブースト」が誕生したのだ。

ランニングシューズの全プロトタイプで行うテストは、114台のカメラを駆使した3Dモーションキャプチャーシステムと4方向から足にフォーカスしたハイスピードカメラ、足裏の動きを計測するフォースプレートを使用。生体力学的にランナーの動きとシューズの性能を分析。

コラボレーションが、未来のスニーカーを生む。

このように、新たなアイデアやテクノロジーの具現化にも、「フューチャーラボ」は大きく寄与している。そこで取り入れているのは、オープンソースという考え方。外部のさまざまな企業や組織とのコラボレーションを積極的に受け入れるというものだ。

その代表例が、100%リサイクル可能なランニングシューズ「フューチャークラフト・ループ」と、3Dプリンターで形成したミッドソール「アディダス 4D」だ。「フューチャークラフト・ループ」では、従来のシューズは材料の複雑な混合と接着剤による貼り付けが必要なためにリサイクルが困難という点に着目。BASF社をはじめ、アジア、ヨーロッパ、北米のパートナーと10年をかけて研究を続け、100%再生可能なTPU素材のみを用いたシューズを開発した。

一方、「アディダス 4D」では、アディダスが数年間にわたり蓄積したアスリートの走行データの分析結果と、アメリカの3Dプリンターメーカーであるカーボン社が開発した3Dプリント技術を融合。複雑なデザインが実現できるようになり、アスリートの求める動きやクッション性、安定と快適のレベルを精密に反映した単一構造のミッドソールの製造を可能にした。

そんな歴史を変えるような製品開発の背景には、常に「フューチャーラボ」の存在がある。

ランニングフォームを忠実に再現可能な「ラン トゥ ロボット」。ランナーが着地する際の足の動きをフォースプレートからコンピュータに取り込み、異なるスピードやさまざまなシューズで同じ動きや耐久性などを試すことができる。
中央にトレッドミルが設置された箱型スペースの「クライマーチェンバー」エリア。ここは異なる環境下でのランニングをテストするためにつくられた部屋だ。マイナス30度から50 度までの気温を再現可能で、湿度や風量もコントロールできる。
テスト設備が揃う「フューチャーラボ」。「ウルトラブースト」の開発や「ウルトラブースト 19」のコンポーネントの絞り込みには、ラボ内にあるモーションキャプチャーシステム「アラミス」を活用し、ランナーの走行データを細かく分析した。

「ベストな製品を生み続けるため、新たなイノベーションに取り組む」

ポール・スミス(右) 1980年カナダ生まれ。ハイコ・シュラーブ(左) 1970年ドイツ生まれ。ともにアディダスの社歴は10年以上。「ブーストフォーム」の開発からを知る貴重な存在。

ハイコ・シュラーブとポール・スミスは、「フューチャーラボ」でランニングシューズの未来を探求する生体工学のエキスパートだ。「フューチャーラボ」が担う役割について、「アスリートの心理を深く理解すること」とポール。「もうひとつは、ベストな製品を生み出し続けるために、新たなイノベーションに取り組むこと」とハイコが続ける。

そんなふたりは、「ブーストフォーム」の開発時を知る貴重な存在でもある。「素材の特性を最大限に生かしながら、ランニングシューズに採用するためにアディダス独自の適切なプロセスを見出すという、大きなチャレンジだった」とポールは振り返る。一方、ハイコは「最初のプロトタイプをアスリートが履いたとき、『なぜかははっきりと説明できないが、とても気に入った』と言っていたのが印象的だった。その理由を探り、優れたエナジーリターンとクッショニングの柔らかさの組み合せが、パフォーマンスと快適さの両方を叶えるという答えにたどり着いた。今回、最適化された『ブーストフォーム』により、『ウルトラブースト』は新たなレベルに達した」と自信を見せる。


「テストにおいて重要なのは、ターゲットとゴールへの理解」

ヨナス・ハッシュ 1988年ドイツ生まれ。インターンを経て、アディダスに入社。ソーシング部門でキャリアを積み、2016年にランニングシューズのテスティングマネージャーに就任した。

ヨナス・ハッシュは、開発中のランニングシューズをさまざまな観点から検証するテスティングマネージャーだ。「フューチャーラボ」でのラボテストに加え、消費者の協力のもと行われるパーセプションテストを担当している。「パーセプションテストでは、まずランナーが初めて足を入れた時の感覚や履き心地をチェック。その後、週50キロを走る一般ランナー数人にテストモデルを送り、実際に使用した後の状態を4~8週間ごとに検証する。そして最後に行うのは、異なる消費者グループへの商品比較テストだ。僕たちは、開発段階で彼らのリアルな声を聞くことができる、唯一の存在だからね」

そして、これらのテストは、新たなプロトタイプができるたびに実施される。中でも、「ウルトラブースト 19」は「最もトリッキーなアイテムだった」とヨナス。「テストの回数は通常の4 倍で、非常に長い プロセスを要した。その中で重要と考えていたのは、開発に携わる他のチームと密接な関係を築き、ターゲットとゴールをしっかり理解すること。そうすることで、改良のためのより的確なフィードバックをもたらすことができるんだ」と説明する。

問い合わせ先/アディダスグループお客様窓口 0570-033-033 公式サイトはこちら