ポーリーン・デルトゥア、優雅なシンプリシティ

  • 文:土田貴宏

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デザインの精鋭たち File.04:フランスの感性がデザインに起こす新しい波。

現代の生活感を的確に捉える。

アレッシイから発表されて評価を得た「A Tempo」のバリエーション。(photo © Manfred Jarisch)
フランス国立高等装飾美術学校を2007年に卒業したポーリーン・デルトゥアは、在学中からミュンヘンのコンスタンティン・グルチッチのデザイン事務所でインターンをしていました。デルトゥアにとってグルチッチは、本当の意味でデザインに目覚めるきっかけになった存在。卒業後は本格的に彼の事務所で働き始め、多くのことを学びます。上の写真、2010年に発売された「A Tempo」は、デルトゥアが卒業制作でデザインし、グルチッチとの仕事と並行して開発したもの。工業素材であるワイヤーに一定のルールに基づいた造形を施すことで、視覚的な楽しさと洗練が備わっています。このシリーズは、バスケット、ディッシュドライヤー、スツールへと発展していきました。
無印良品で発売された「Desktop items」は、端材の活用から発想した。
無印良品から発売されたデスクトップ用のツール「Desktop items」(上写真)は、キッチンを製造する際に出た木の端材を活用したプロダクトです。ごくシンプルな手法によって無垢材を成形することで、さまざまな用途に使えるトレイやペン立てなどに仕上げています。素材や価格について制約の大きいデザインだったことは容易に想像できますが、フォルムとボリューム感にデルトゥアの好みが表れています。実際にペンを挿したり、クリップなどを置くことで、コンテンポラリーな趣が漂うのです。日常の中で主張しすぎない、収まりのいい存在感は、彼女が日々の生活を見据える視線の優しさを感じさせます。

シンプルさによって伝わる趣。

リミテッドエディション作品専門のデザインレーベル、デザイナーボックスから発売された「Process」。(photo © Katrin Greiling)
無印良品の「Desktop items」と似た機能をもつアイテムに、今年、デザイナーボックスから発売された上写真の「Process」があります。この元になったのは、2011年にポーリーン・デルトゥアが試作したアルミニウム製の日用品でした。この時に彼女は、建材などの材料になるアルミの押出し材を単純にカットすることで、そこに機能を見出そうとしました。この素材は形状のバリエーションが豊富で、アルマイト塗装により多様な着色も可能です。「Process」は、カードを置いたりペンを置いたりして使えますが、同時にデスクの上でジュエリーのような輝きを放ちます。こうした艶のあるデザインが、インダストリアルな素材や技術から生まれるところが痛快。機能、美観、工業的要素のバランスは、グルチッチからの影響もうかがわせます。
イタリアのインテリアブランド、Disciplineで話題となった「Roulé」。
銅と真鍮を素材にしたトレイなどのコレクション「Roulé」は、イタリアの新進ブランド、Disciplineから発表されている彼女の代表作です。特徴は、きわめてシンプルな形状と、素材の持ち味をそのまま活かしていること。まったく媚びたところのない、無表情の美しさを感じさせるデザインです。周囲を丸く折り曲げることで、持ちやすさや使いやすさをクリアしていますが、装飾的な要素は見当たりません。素の輝きこそが、キッチンやダイニングテーブルを彩るのです。このデザインを発想する時、デルトゥアはアーティストのカール・アンドレの作品を参照したといいます。彼の作品には、加工していない金属の板を床に並べ、その上を人が歩けるものがありますが、「Roulé」もその作品と同様に使うたびに色合いを変化させ、ユニークピースになっていくのです。
Disciplineから2013年に発表された「Tourné」 (photo ©Carl e Paul)
上の「Tourné」も「Roulé」と同じくDisciplineから発表されているプロダクトで、無垢材を旋盤で加工してつくられる飾り気のない器です。素材はアッシュとマホガニーの2種類、いずれもかすかに民芸調の雰囲気があり、張り詰めた現代的な空間を和らげるような働きをします。無印良品の「Desktop items」と似たような控えめさを備え、木という素材の魅力の引き出し方も共通しています。生活空間にほどよく溶け込むシンプルなものを理想とするデザイナーは少なくありません。しかし、その価値は必ずしも市場に受け入れられず、たとえクオリティが高くても短命なデザインに終わってしまうことがあります。デルトゥアのデザインも、やはりシンプルであることのハードルの高さを正面から捉えながら、その限界を独自のセンスで超えようとしているようです。

フランスの伝統を再解釈する。

2013年ミラノの「ヌーヴェルヴァーグ」展で発表された「Aliasing mirror」と「Aliasing table」。 (photos ©Samuel Lehuédé)
2013年のミラノサローネで、ポーリーン・デルトゥアは「ヌーヴェルヴァーグ」と題したグループ展に参加しました。これは彼女とほぼ同世代の計6人のデザイナーが、最新作や近作を発表するという企画で、文字通りフランスの新しいデザインの波を感じさせる内容になりました。デルトゥアが新作として発表したものに「Aliasing mirror」(上写真、上)、「Aliasing table」(上写真、下)がありました。いずれもガラスにストライプ状のプリントを施し、見る角度によって異なるパターンが浮かぶようになっています。フランスの家具のデザインは昔から、装飾的な要素が多用されてきました。この2つの作品の装飾性を、そのような伝統の再解釈と捉えることができます。一方で、モードのトレンドとのつながりを見出すことも可能でしょう。
ピュイフォルカの「Argent de poche」は素材にスターリングシルバーを使用。
フランスが誇る格式ある銀器ブランド、ピュイフォルカ。日本でも知名度の高いこのブランドから、デルトゥアは昨年、「Argent de poche」を発表しました。シガーケース、キーリング、巻き尺といった小物からなるコレクションは、彼女の好みとブランドの気品が融合して軽やかな高級感が漂っています。20世紀初頭に流行したアールデコの流れを汲む、ピュイフォルカの象徴的なモチーフである円形と四角形の組み合わせを参照したものでありながら、きわめてコンテンポラリー。こうしたフランスの伝統あるブランドとのコラボレーションの相性のよさは、彼女の個性を明確に示しています。
パリの東駅に近いデルトゥアのスタジオにて。
彼女に話を聞いても、ことさらフランスというルーツについて力を込めるわけではありません。都市に生活し、ヴァカンスを海辺で過ごし、ポップミュージックや旅行を好む、われわれと等身大のデザイナーなのです。また彼女は家具よりも、器のように小さなものをデザインするのが好きだと述べています。よりシンプルな発想と手段で、ものづくりに向かえるからでしょう。潔くスマートなものを、インダストリアルな発想によってつくり上げる。自然体だからこそ、自分の背景にある文化や経験が自ずと反映される。デルトゥアのスタンスは、ある世代より上の典型的なデザイナー像とは対照的に、ごく身近なところから暮らしとデザインを結びつけていくのです。それもまた、デザインを未来へ進化させることなのではないでしょうか。(土田貴宏)