“ひらかれた器”と出合う、小野哲平の個展に注目。

  • 撮影:森本菜穂子
  • 文:牧野容子

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シボネ青山にて10月24日から、陶芸家・小野哲平さんのエキシビションが行われます。いま改めて注目が集まる、小野さんのうつわづくりについてご紹介します。 

この秋、シボネ青山にて注目の展覧会が開催されます。それは陶芸家、小野哲平さんの器(うつわ)展。
2014年のリニューアル以来、長い時間をかけてものと付き合うことを提案しているCIBONE が、一人の陶芸家を取り上げて展覧会をするのは初めての試みです。いったいどんな作品が紹介されるのでしょうか? 高知県の山あいにある小さな村へ、作陶の現場を訪ねました。

素朴な風景の中で、落ち着いた、優しいうつわがつくられる。

折り重なる山と棚田の狭間にぽつぽつと浮かんで見える白い壁の建物が、小野さんの工房と住まい。周囲には小川のせせらぎと鳥の声が響く。

高知空港からクルマで土佐中街道を北東へ走ること約40分。コンビニを目印に国道を曲がり、お店も信号もまったくない山道を登っていきます。油断すると下に落ちてしまいそうな狭いカーブを、いったい何回切り抜けただろうか……。たどり着いたのは、山と棚田が織りなす美しい緑のグラデーションの世界。小野哲平さんの窯がある高知県香美市の谷相(たにあい)の村です。

工房で、ろくろを回す小野さん。見上げる窓の外には、稲穂が波打つ風景が広がっています。「初めてここまで山を上がってきたとき、空がとても広くて、光がぴかぴかで、強烈な印象を受けました。高知は光が違うんですよ」

土のかたまりから、あっという間に大皿が現れてくる。

愛媛県に生まれた小野さんは、高校を出てやきものの道に進み、備前、沖縄を経て、常滑の陶芸家、鯉江良二さんのもとで修業を積みました。結婚を機に独立し、その後は妻や子どもと連れ立って、タイ、ラオス、ネパール、マレーシア、インドネシア、インドなど、アジア各地を旅しながら作陶を続けます。そして、1998年に現在の場所に移り住むことを決意。周囲を棚田に囲まれ、小川が流れる土地に工房と住まいを建てて、3年がかりで薪窯を完成させました。


「定住する以前から高知市内で2、3回、展覧会をしたことがあって、来るたびに人間が面白いんです。同じ四国でも、僕は瀬戸内海に面した愛媛県松山市の出身。松山は保守的でいつも東京の方を向いている雰囲気があるんだけど、ここの人は、あんまり東京のことを気にしていないような感じで。僕の勝手な都合のいい解釈かもしれないけれど(笑)。この自然の中で、人とつながりながら、生まれてくる気持ち……。それが、つくるうえでとても大事なんじゃないかと思いました」

土がやわらかいうちに櫛目をつけることで、力強く素朴な表情が生まれる。
低温で1回素焼きをし、強度をもたせてから釉薬をかける。

陶芸家にとって、土は何よりも大事なもの。小野さんは、独立間もない頃に出合った土を愛知県常滑から毎年取り寄せています。谷相のようにやきものの産地でない場所でうつわをつくることは、土や釉薬のことを考えるとけっして便利とはいえない。それでも、その不便さよりも、この場所でつくっていくことのほうが自分にとっては意味があるといいます。


「都市にはなくて、都市に住んでいる人たちが、もしかしたら必要としているもの。それが田舎にはあると思う。この安全な場所でつくり続けて、それを失っている人たちのところに届けることができれば……。そんなことを思いながらやっています」

素朴で自然な色合いのなかに、土の温もりやざらつきさえも感じられそうな小野さんのうつわたち。手にとってみると、ほどよい厚みの飯碗は指や手のひらにすんなりと馴染み、堂々たる大皿は手応えのある重量と力強さのなかに、のんびりと落ち着いた優しさを漂わせています。

追い求めているのは、薪窯でしかできないこと。

窯焚きは三日三晩かけて行う。油をもつ力強い松の薪を次々とくべていく。

薪を燃料とする薪窯で焼成されるうつわは、炎の熱や、薪が燃えて出る灰を浴びて、表面の土がさまざまな反応を起こすことで色や模様が現れます。ガスや電気の窯と比べると、薪の窯は温度がゆっくりと上がり、ゆっくりと冷めていくので、そのゆるやかな温度変化が灰や土の反応に影響を及ぼします。さらに、その日の天気や風向きも燃え方に影響を与えます。人の手が形づくるものとはいえ、さまざまな条件が重なり合って完成する薪窯のやきものには、人の考えが及ばない自然の風合いが生まれてくるのです。薪窯でしかできないこと。それを小野さんは追求し続けています。

一つひとつ手に取って、焼き上がりを確認。

「うちのような背の高い窯だと、うつわを置く場所によっても温度に差が出てきます。たとえば、火の前になるか後ろになるかで、火や灰の影響が違いますし、燠(おき=薪が燃えて炭の状態になったもの)が近くにあるとかないとか、そういうことでも温度は違ってくる。そのときどきの条件によって、釉薬の溶け具合もさまざま。だから、うつわの一つひとつ、それぞれ表情が違います」

窯焚きの際には、焼成の目安とするために、リング状に形成した土に釉薬をかけたものを窯の中に入れてうつわと一緒に焼き、定期的に取り出して焼け具合をチェックします。

「データをとりながら何回か焼いていくうちに少しずつわかってくることもあって。一つの窯の中でもこの場所はあまり温度が上がらないから溶けやすい釉薬のものを置こうとか、ここは火の前で温度も高いから、強い土と釉薬をかけたものにしよう……と、より適した場所を考えています」


経験である程度までの予測はできるけれど、すべてが思惑通りになるわけではない、と小野さん。それも薪窯で焼く醍醐味なのかもしれません。薪窯がもたらしてくれることは、まだまだあります。

「窯焚きは体力勝負です。大きな窯だとなかなか一人では作業できないので、うちに勉強に来ている人や、手伝いに来てくれる人たちと一緒になって、最低でも3日間は作業をします。若い人たちと向かい合いながら一つの作業をすることは、とても有意義なことです」

人の手がつくり出したものなのに、自然物のような親しみやすさ。同じ表情のうつわは二つとない。
やきものが土から生み出される生活道具であることを改めて思い出させてくれる。

「僕らの生活はとても火が近いんです。窯を焚いているとき、炎がぼうぼうと目の前に迫ってくると、とても怖いし、興奮もします。火を見ることで感じることがいろいろあって、とても面白いんです」
工房の横の敷地には、届いたばかりだという松の大木が大量に積まれていました。それが薪となるには、チェーンソーでカットしてから斧で細かく割り、さらに何カ月も乾かす時間が必要なのだとか。

「こんな山の中でも常に薪を確保するのはなかなか大変だし、やきものづくりで簡単にいくことは何もない。でも、やっぱりそれだけの意味があるんだと思います」

薪は、いまや小野さんの生活に欠かせないものになっています。妻で布作家の早川ユミさんが、こう話してくれました
「薪の火の魅力を知ると、もうやめられません。あたたかくて、やわらかくて。うちはお風呂もストーブも薪。薪で焚くお風呂はとても気持ちがいいですよ。焚いたあとの灰も、やきものの釉薬に使うだけでなく、畑の果樹に撒くと実のつき方がぐんとよくなるし、こんにゃくをつくるととてもおいしくなる。利用価値が高いので、いつも灰の取り合いになってしまいます(笑)」

うつわだから、毎日使われるものであってほしい。

庭先にオリーブやバナナの木が茂る母屋は、アジアのどこかの村にいるような雰囲気。

ランチタイムになり、工房から、敷地内を流れる小川を越えて数m離れた母屋に移動すると、キッチンでまさにユミさんとスタッフの方々が盛りつけをしている最中でした。クロスの上に次々と運ばれる手料理に思わず上がる歓声。うつわはもちろん、すべて小野さんがつくったものです。小野哲平のうつわ使いの楽しい実例が、目の前にありました。

カラフルなかき揚げが大皿の上で絵画のように美しく並び、ミニトマトや薬味の葱は、鉢の中でみずみずしさが引き立っています。直径30㎝を越える大皿でもパスタやサラダはもちろん、煮物、餃子……。何をのせても合いそうです。

ワイヤーブラシで土をかき落とした「鉄化粧」の鉢
合わせる料理を選ばない小野さんの大皿。パスタ、揚げ物、サラダ……。豪快に盛ってみんなで取り分ける。

「食事どきはいつもこんなスタイルです。誰かしらお客さんやお弟子さんがいて、父の大皿にどんとのせた料理をみんなで囲んで。僕が物心ついた頃から、ほぼずっとそういう生活でした」と話すのは、長男の象平さん。象平さんと弟の鯛さんは二人とも陶芸家を目指して修業中だそうです。
小野さんが焼いたうつわにユミさんがつくった料理をのせて、家族や仲間とともに食べる。ここではその営みがとても自然につながっている。小野さんのうつわがこの生活の中で生まれる道具なのだということを、改めて実感させられる気がしました。

小野さんの家のうつわたち。何年も使い込まれるほどに味わいも深くなる。

「うつわだから、やっぱり毎日使われるものであってほしいと思いますね。食器がたくさんあると、いつものように手がいくものはだんだん決まってきて、手がいかないものはどんどん棚の奥の暗い部分に押しやられていく。それはもう用がなくなってしまうということなので、そこへいっちゃだめだという思いはあります。でも、たとえば日常的に使わないとしても、存在が近いというか、ずっとそばにあるようなことってあると思う。その人の心の中に常に入っているような感じ……。そんなうつわであったらいいなと思います」

この秋、高知の棚田に囲まれた薪窯から生まれたばかりのうつわが展覧会に並びます。直径30㎝を越える大皿をはじめ、鉢、飯碗、取り皿、カップ、ワインクーラー、花瓶、壺など800点の作品が揃い、さらに、小野さんの自宅で実際に使われて育ったうつわも展示されるそうです。ぜひ一度、その温もりを肌で感じてみてください。(牧野容子)

「OPENNESS 器はひらかれている TEPPEI ONO」

会場:シボネ青山
住所:東京都港区南青山2-27-25オリックス南青山ビル 2F
会期:2015年10月24日(土)〜11月17日(火)
会期中無休
開場時間:11時~21時 
入場無料
●問い合わせ先:シボネ青山 TEL:03-3475-8017
www.cibone.com


※一般発売にさきがけて、小野哲平作品集『TEPPEIONO』がシボネ青山にて販売されます。

小野哲平作品集 『TEPPEI ONO』
写真:広瀬達郎 若木信吾
企画/編集:祥見知生
A4変型、160頁
価格:¥3,800(税抜き)
青幻舎より11月上旬刊行予定