インスタントラーメンを発明した創業者・安藤百福の孫にあたり、2015年、日清食品社長に就任した安藤徳隆。
佐藤可士和がブランディングに関わっている企業のひとつが、日清食品だ。同社社長の安藤徳隆(のりたか)と佐藤の出会いは、2009年。安藤は当時、「カップヌードルミュージアム」の構想を練り、クリエイティブのパートナーを探していた。
「たまたま私の親戚が可士和さんとパパ友で、『夕食会の席が一席空いたから来ない?』と誘われたんです。可士和さんのお仕事は、さまざまメディアで拝見していたので、一度お会いしたいなと思っていました。これは何かの縁かもしれないと思い、慌てて『佐藤可士和の超整理術』を読みました(笑)。改めて可士和さんがどういう思考をお持ちの方なのかを勉強して、『これはもう、可士和さんしかいない』と。会食の当日は、質問攻めにしてしまい(笑)、その翌日には『一緒にミュージアムをつくっていただけませんか?』とメールしました」
こうして、佐藤とともにつくり上げた『カップヌードルミュージアム 横浜』は11年にオープン。外観からコンテンツまでユニークな同館は横浜の新たな人気スポットとなり、1年弱で来館者100万人を突破して話題になった。
日清食品の名刺の数々。「いまは30種類くらいあります。私はその時の気分で、売りたい商品の名刺を出しています」
2018年発行の「日清食品60年史」。「『欲しい』と言ってもらえる社史にしたいと思い、創業者である祖父を侍に仕立てたコミックで作りました。社史にも関わらず、『この社史はフィクションである』から始まるんです(笑)。」
「会社の歴史からイズムまで、すべてを理解していただかないと企業ミュージアムはつくれない。最初に可士和さんとミュージアムをつくったことが、のちのちの仕事にも大きく役立っています」と安藤。以降、二人三脚で立ち上げた「カレーメシ」が大ヒット。「チキンラーメン」「日清焼そばU.F.O.」のブランドコミュニケーション、商品型の名刺やハードボイルドコミック社史なども佐藤が担当している。
「私が社長になった頃、『なにを売っているのか、すぐわかる名刺にしたい』と相談すると、商品パッケージそのままの形をした名刺を提案されました。さっそく役員会で提案したら、『ふざけすぎている』『お葬式で使えないじゃないか』と年配の役員からはさんざん文句を言われました。でも、いざ名刺を変えてみると、文句を言っていた役員が『この名刺、とても評判がいいんですよ』と(笑)。初めてお会いする人でも、この名刺があれば話が弾みます。『違う商品の名刺も欲しい』とおっしゃる方も多い。日清食品のユニークさを第一印象から感じ取ってもらえるので、非常に役立っています」
同様に「ユニークさ」を発信したのが、ハードボイルドコミック社史や、関西工場の見学施設だ。社史は世界的広告・デザイン賞の「D&AD」でYELLOW PENCIL(金賞)を受賞。関西工場の見学施設は、国内最高峰の広告賞「ACC TOKYOCREATIVITY AWARDS」にて総務大臣賞/ACCグランプリに輝いた。
2019年に手がけた日清食品 関西工場の見学施設。上空から見ると、エントランスの屋根がカップヌードルの蓋になっている。
関西工場の見学通路。200メートルもの長さの通路にモニターが並び、工場の音をサンプリングした電子音楽が流れる。「生産ラインに入れないなら、インスタレーションのように見せようというアイデアをいただきました」
出会いから12年。安藤にとって、佐藤は“茶聖”千利休のような存在だという。
「戦国時代の茶室は、刀を置いて入る、絶対の安全空間。信長や秀吉ら武将たちは、そこで自分の戦略を話し、問答していたと思います。私も月に1度、可士和さんと『クリエイティブディナー』という場を設けています。そこでは新しい企画だけでなく、会社の経営やこれからのあり方などについて私の胸の内を明かし、可士和さんの考えを聞いて、ブラッシュアップしていくんです。そういうことができるクリエイティブディレクターは、ほかにいない。戦略の参謀であり、軍師のような存在です」
信頼する参謀の意外な一面を聞くと「テレビ番組の『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』や『サンデー・ジャポン』のような庶民的な番組が好きなところ」と笑う。
「もっと難しそうな番組を見て、高尚なことを考えているのかと思ったら、意外ですよね(笑)。そんな普通の感覚と、トップ・オブ・トップのクリエイティビティ。両極を持ち合わせているからこそ、多くの人に広く受け容れられるところまでアイデアをデザインに落とし込めるのだと思います。日清食品のビジネスは、いまのところインスタントラーメンがメインですが、次の100年を見据えれば、新たな食文化を生み出していかなければならない。そのための戦略立案やブランディングを、これから可士和さんと一緒にやっていきたいですね」
安藤徳隆●1977年、大阪府生まれ。2007年に日清食品に入社。経営企画部部長や日清食品ホールディングスCMO(グループマーケティング責任者)、CSO(グループ経営戦略責任者)などを歴任し、15年より現職。16年には日清食品ホールディングス代表取締役副社長・COO就任。ビジネス誌において「世界を動かす日本人50」に選出。