「ふじようちえん」の加藤積一園長。園内を歩くと、子どもたちが駆け寄ってくる。2020年度の園児は約680人。
東京都立川市にある「ふじようちえん」は、子どもが自ら育つ力をはぐくむ「モンテッソーリ教育」を採り入れ、1971年に開園。サラリーマンを経て家業を継いだ園長の加藤積一は、2000年頃から木造園舎の建て替えを検討していた。その時、遊具・教材開発会社のジャクエツに紹介されたのが、佐藤だった。
「NHKの『トップランナー』に可士和さんが出られた時に、『病院や幼稚園のデザインもやってみたい』とおっしゃったらしいんです。それを聞いたジャクエツの方が、『よい方がいますよ』と私に教えてくれて。まずお伝えしたのは、『ウチは土と木しかないですけど、大丈夫ですか?』ということ。そうしたら可士和さんが、『いや、それ最高ですよ』と(笑)。すぐに意気投合しまして、『面白い! この方ならお願いできる』と思いました」
佐藤は、『屋根の家』などで知られる建築家・手塚貴晴+手塚由比夫妻を紹介。三者で話し合いの日々を重ね、07年に誕生したのが、現在の楕円形の園舎だ。
「世界一楽しい幼稚園」と称される、ふじようちえん。園舎は平屋で楕円形。園児たちは1周180mの屋上を走り回り、滑り台で中央の中庭に降りていく。教室には壁がなく、間仕切りしている家具を外すと、800人まで収容可能だ。それまでホテルで行っていた入園式や卒園式を、園舎で行えるようにした。
園舎設計にあたり、加藤園長がこだわったのは「学びをデザインする」こと。
「戸なんか、ちゃんと閉まらなくていいんです。そのほうが『寒い』と周りの子に言われて、戻って閉める。不便な方が、物事をきちんとする癖ができるんですよ。そんなふうに『学びをデザインしたい』と話したら、可士和さんが『わかりました。状況をデザインしましょう』と言ってくれたんだけど、僕にはチンプンカンプン(笑)。それを手塚先生たちが、建築に落とし込んでくれました」
そうして、片手では閉めにくいドアや、水を出し過ぎると自分の足にかかってしまう『流し台のない蛇口』などを設置。独創的な園舎は、ユネスコやOECD(経済協力開発機構)により「世界で最も優れた学校」に選ばれた。
「当時、上空からの写真が読売新聞の一面に載って、驚きました。知り合いからたくさん電話をもらって、可士和さんからも『園長先生、よかったですね』って。その時、言われたんですよ。『園長先生に園舎が似合ってる』と。その人に似合うものをつくることが、アートディレクションなんだとわかりました」
佐藤可士和デザインによる、見るだけで楽しい気持ちになるロゴ。このロゴをあしらったスクールバスやTシャツも人気で、見学者が購入することもあるほどだ。
「子どもを通わせたい」と遠方からわざわざ引っ越してくる家族まで現れた、ふじようちえん。加藤園長にとって、佐藤は「主治医のような存在」だという。
「普通、施主は建築家に『何部屋欲しい』と頼んで、建築家は『何部屋なら、ここにトイレですね』とスペックを並べますよ。でも可士和さんは、そういうことは一切言わない。『ビルではなく、できるだけ田舎臭くしたい』『園庭は狭くしたくないけど、建物は平屋にしたい』と構わず言うと、意見を整理してくれて、『求めているのは、これでしょ?』と処方箋を差し出してくれるんです」
新しい園舎になって14年が経ち、初期の卒園生は成人に近づいている。
「この前、卒園生のお母さんが、私の講演会に来てくれたんですよ。そして『ウチの子はいまでも、幼稚園は楽しかった〜、いっぱい遊んだなあ、と懐かしそうに話すんです』と教えてくれました。園舎でいろんな賞もいただいたけど、私はもう、それだけで充分ですよ。よい時間を過ごしたと思ってもらえたら、それが財産。これからもウチなりに、一歩一歩歩んでいきます」
加藤積一●1957年、東京都生まれ。会社員、会社経営などを経て、91年、ふじようちえん入社。2000年に園長、11年に学校法人みんなのひろば理事長に。園舎は日本建築学会賞など受賞。著書に『ふじようちえんのひみつ』がある。