百田陶園の百田大成さん(左)と、デザイナーの柳原照弘さん(右)。400年の歴史をもつ有田焼の物語をつなぐ新たなブランドを生み出した。
日本有数の磁器として知られる有田焼。江戸時代より窯焼きの仕事に従事し、現在は有田焼の商社として伝統をいまに伝える百田陶園が、デザイナーの柳原照弘さんとの協働により2012年、まったく新しい有田焼のブランド「1616/arita japan」を誕生させた。「世界中で認められるスタンダード」を目指してつくられたこの新ブランドは、絵付けのないフラットな質感という、それまでの有田焼のイメージを一新するものとなった。伝統工法とモダンデザインとの妥協のない試行錯誤の末に生まれた作品は、発表直後にミラノサローネで大絶賛され、世界で注目を浴びることとなる。グッドデザイン賞ではグッドフォーカス賞〔技術・伝承デザイン〕を受賞し、登壇した百田大成さんは、1616/arita japanのデザインの特徴をこう説明した。
「有田焼といえば、絵付けがされたものという固定概念がありました。新シリーズでは非常に強度のある高密度の陶土を用いて、用途を限定しないフレキシブルな形状に仕上げています。これまでに培ってきた技術と経験をもとに、次の時代へつなげるのが1616プロジェクトの使命です」
1616/arita japanのコレクションは、柳原照弘による「スタンダード」(写真)と、オランダ人デザイナーのショルテン&バイングスによる「カラーポーセリン」、フランス人デザイナーのピエール・シャルパンによる「アウトライン」で構成されている。
ミラノサローネ出展後にはヨーロッパの若手デザイナーが有田を訪れ、3カ月間職人とともにプロダクトを製作するという「クリエイティブ産業協定」が結ばれ、国境を越えた文化交流という副産物をももたらした。そのような姿勢を、グッドデザイン賞審査委員は「産地の伝統を現代の生活につなぐテーブルウェアのデザインにより、国際的な発信も活発になされた。ものづくりをとりまく環境を、より豊かなものへ動かしていく良例」と評価している。
「国内で危機的な状況にあった有田焼が、いまでは海外での認知度がより高くなっています。デンマークやスウェーデンの3つ星レストランでも使われているんですよ。グッドデザインを受賞したことで、日本での認知度も高まったと感じています」と百田さん。今後は10年、20年と長い月日を経てもなお、世界中の食卓で使ってもらえるテーブルウェアをつくっていきたいという。
「柳原さんはよく、『デザインできる状況をデザインする』と言うんですが、我々のテーブルウェアがどんな空間で使われるのか、生活空間をイメージしながらものづくりを行うことが大切だと思っています」
歴史ある産地の文化を新たな解釈によって再生し、国境を越えて共振力を発する1616/arita japanの存在は、デザインが時代をつなぐことを教えてくれた。
人々の暮らしを、クリエイティブの力で動かす。
igokuのメンバーは、いわき市役所職員やフリーランスの地元クリエイターたちから成る。「自分たちが興味をもって読みたいか、楽しいと思えるか」を基準に、プロジェクトを進めている。
2019年度グッドデザイン賞において、ファイナリストに選ばれた5つの団体の中で唯一の地方発であり、形のないコミュニティデザインのプロジェクトであるigoku。「いごく」とは、いわきの方言で「動く」を意味する。「人は動けなくなるまで、動いていくもの。誰かがどこかで動いているからこそ、暮らしは成り立つ。その誰かの動きを伝えたい」との思いから、ウェブマガジン『igoku』はスタートした。
igoku編集部は、福島県いわき市地域包括ケア推進課の職員と、市内のクリエイター、エディター、ライターたちによって構成された官民共創のデザインチーム。ウェブマガジン『igoku』と『紙のigoku』を中心に、医療、福祉、介護、まちづくりなど、社会包摂に関わるさまざまなプロジェクトのデザインを行っている。その活動の特徴は、メンバー全員が「動く」こと。2020年春までigokuのプロデューサーを務めた、いわき市役所の職員である猪狩僚さん(上写真中央)が、プロジェクト立ち上げの経緯を語ってくれた。
「2016年4月、地域包括ケア推進課へ異動になり、地域のじいちゃんやばあちゃんの集まりから医療、介護など専門職の勉強会まで、いろんなところに顔を出しました。そこで老いや死といった普段目を背けがちなテーマを、本人が元気なうちに考え、大切な人に話しておくことが大事だと思ったんです」
医療や介護など専門職の人たちの情熱にも触れ、そのエネルギーを多くの人に伝えたいとチームを結成。
「93歳のヨガの達人や夜な夜なレイヴパーティを開いているじいちゃんとばあちゃんたちに出会い、彼らのたくましさ、楽しさに触れた体験を、さまざまな媒体で発信しています」
フリーペーパー『紙のigoku』。老・病・死をテーマに、地域や隣近所といったコミュニティのあり方を改めて見直す。いわきに暮らす人が本当に欲しい情報をどのように伝えるのか、というキュレーション的目線を大事にしている。
グッドデザイン賞受賞後は各所へ報告に行った。「『俺たちが受賞したんじゃない。いわきのじじいとばばあが受賞したんだ』で、受賞報告に行ったら、着物を着させられて、一緒に踊り祝いました(笑)」と猪狩さん。一人暮らしの高齢者が多い地域で、月に一度昼食や体操を共にする集いを開く「北二区集会所」での記念写真。
igokuの取り組みは幅広く、市民や医療・介護のプレイヤーも巻き込んだ体験イベントも展開している。年に一度のイベントでは、(自称)史上初「ペアで入れる」入棺体験用の棺桶を葬祭業者が作成し、アパレルメーカーがTシャツをつくり、魚の仲卸会社が地域のおばあちゃんたちと一緒に商品開発をするなど、さまざまなプレイヤーがigokuを中心に有機的に出会い、コラボしているのが特徴だ。
「よりよく死ぬことは、よりよく生きることにつながる。人生でいちばん大変だけど、いちばん大事な“最期”にもっと目を向けてほしいとの思いがあります。重いテーマではあるけれど、クリエイティブやエンターテインメントの力を使って、関心のない人たちにも興味をもってもらえたら」
これまでデザインやクリエイティブとは縁遠いと思われていた医療や介護、行政といった領域でも、その情熱や仕事の重要性、面白みをポジティブに発信することで、人材確保にもつながっているという。
「igokuの活動は、クリエイティブの地産地消という副産物も生み出しました。世の中にはデザインやクリエイティブを必要としている領域がまだまだたくさんあります。華々しいプロダクトデザインではないけれど、地域の問題を魅力として捉え、視点を変えて提案していきたい」
目玉商品やキャンペーンを目的とするのではなく、市民の抱える問題を新しい視点で捉え直し発信していくために、デザインの役割は限りない広がりを見せ始めている。