暮らし、コミュニケーション、伝統、地域──。グッドデザイン賞の受賞プロジェクトから、デザインと社会のつながり方を考えた。

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:久保寺潤子
  • 協力:日本デザイン振興会

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日本で最も知名度の高いデザイン賞であり、よりよい暮らしや社会を目指す活動に贈られるグッドデザイン賞。2019年度に受賞を果たした4つのプロジェクトにフォーカスし、デザインをめぐる現在・未来について考えた。

「デザインによって私たちの暮らしや社会をよりよくしていく」ことを目指して、1957年に始まったグッドデザイン賞。以来、シンボルである「Gマーク」でお馴染みのこの賞は、プロダクトや建築、ソフトウェア、システム、サービスなど私たちを取り巻くさまざまなものごとを対象とするものとなった。毎年、受賞デザインのうち完成度や今後の期待度が特に高いと評価されたものがグッドデザイン・ベスト100に選ばれ、さらに大賞、金賞、グッドフォーカス賞が決定される。前回2019年度は、過去最多となる1420のデザインが受賞。これは国内はもとより、アジア圏を中心とした海外からの応募作品も含まれている。

いま、世の中に必要とされるデザインとは、いったいどのようなものなのだろう? 今回Pen Onlineでは、2019年度に金賞を受賞した自動運転バスGACHA、音知覚装置Ontenna、地域包括ケアigoku、さらにグッドフォーカス賞を受賞した焼き物1616/arita japanの4プロジェクトを取材。それぞれの取り組みを紹介しながら、デザインと社会の関わりについて考えた。

無印良品の自動運転バスは、地域になにをもたらすのか?

「GACHAというプロダクトのみならず、GACHAが走る近未来をデザインしたい」と、グッドデザイン賞応募への思いを語った良品計画の矢野直子さん。

コロンと丸みを帯びたオモチャのような「GACHA(ガチャ)」は、デジタルマップとセンシング技術により、あらゆる気象条件で機能する自動運転バス。2020年の実用化を目指し、フィンランド発のプロジェクトに無印良品がデザインパートナーとして参加した。

「審査委員の方には、GACHAのもつ社会性を評価していただいたのではないかと思っています」。金賞を受賞したGACHAについて、ディレクターを務めた良品計画の生活雑貨部企画デザイン担当部長の矢野直子さんはこう語る。交通の発達した都市部に比べ、地方では十分な交通手段のない地域も多く、高齢化によるドライバー不足は世界共通の問題となっている。

「自動車メーカーがつくる自動運転車は、燃料やスピード、車体デザイン中心になってしまいがちです。業種の異なる当社だからこそ、動くものがいかに街づくりに貢献しうるかという発想ができたと思っています」

デジタルマップに記憶された見えない路線を正確にトレースしながら走る自動運転システムは、決められたルートだけでなく、ユーザーのリクエストに応じて最適なルートを選択しながら効率よく運行させることも可能だ。アプリで位置情報を確認し、バスが近付いてくるのを待ってその場で乗り込むこともできる。さらにGACHAは人を運ぶだけでなく、車内での販売サービスや地域のコミュニティづくりの一助としても期待されている。

フィンランドの企業Sensible4の自動運転ソフトウェアを搭載し、無印良品が“使う側の立場”でデザインした自動運転バスGACHA。フィンランドでは公共交通システムとシームレスにつなげ、実用化の計画が進められている。

2019年のグッドデザイン賞ファイナリストを眺めてみると、デザインでいかに社会的課題を解決するか、という点がいずれも評価されていると矢野さんは言う。

「消費社会へのアンチテーゼを掲げて誕生した無印良品では、“デザインしないデザイナー”を募集してきました。社会でいま起きているさまざまな課題に目を向け、どのようにビジネスを生み出しながら環境負荷を減らすのかを考えることも、デザインと言える。『これからの暮らしを考える人=デザイナー』と呼ぶ時代が来るでしょう。私たちがずっと考えてきたことの延長上に、GACHAの開発があるのです」

2019年6月には、フィンランドのエスポー市で実用試験運行を行ったGACHA。2021年3月頃までには日本の地方都市での走行テストも実施予定だという。幸せを運ぶトイカプセルが、社会を楽しく快適に変える日も近そうだ。



コミュニケーションをつくり出す、新たな音知覚装置。

Ontenna開発チームのメンバー。「プロトタイプをもとに、ユーザーの意見を上手に取捨選択し、形にするのがデザイナーの仕事」と本多達也さん(中央)は語る。

大学1年の時にろう者と出会ったことがきっかけで、手話通訳のボランティアや手話サークルを立ち上げ、NPOを設立した本多達也さん。デザインやテクノロジーを用いてろう者に音を届けたいという思いから、新しい音知覚装置の研究を始めた。2016年に富士通に入社後はプロのデザイナーやエンジニアとともにOntenna(オンテナ)プロジェクトを立ち上げ、約3年にわたって全国のろう学校やろう団体を対象に調査を行い、プロジェクトを進めた。

Ontennaは、髪の毛や耳たぶ、えり元やそで口などに付け、振動と光によって音の特徴を身体で感じる、まったく新しいユーザーインターフェースだ。2016年にプロトタイプがグッドデザイン特別賞を受賞したことで、製品化を期待する声が多く寄せられるようになり、開発チームのモチベーション向上につながったという。

「2016年当初は、音の大きさを振動と光へリアルタイムに変換することで音の強弱やパターンを感じられるシンプルなものでした。今回製品化したOntennaは、より振動が細かくなり、フルカラーLEDの搭載や、マグネット式充電器も導入しています。さらに通信機能をつけることでコントローラーから複数のOntennaへ音を伝えることも可能になり、多くの人と共有できるようになりました」

クリップが付いているOntennaは、髪の毛や耳たぶ、えり元などに装着することができる。マイク、バイブレーター、LEDを内蔵しており、マイクが音圧に応じてリアルタイムに振動し、チカチカ光る仕組みだ。

こうして完成したOntennaは発話・発音練習や音楽・ダンス教育から映画やスポーツ、狂言や音楽会といったさまざまなジャンルにおいて、聴覚障がい者と健聴者がともに楽しむ場を生み出している。グッドデザイン賞の審査委員からは「国境や国籍、年齢や性別を超え、五感をメッセージに変換した新時代のコミュニケーションツールであり、人と人とのつながりに広がりをもたらした」と評価され、金賞を受賞した。

Ontennaは、発売が決定してから、全国のろう学校の約8割に当たる86校に無償配布された。今後は海外のろう者も視野に入れ、人工知能や機械学習といったテクノロジーを用いてよりパーソナライズされた課題を解決できるような仕組みを開発していきたい、と本多さんは語る。

「近年、デザインはモノからコトへと考え方が変化していて、空間やプロセスも重視されるようになりました。デザインは、ゼロから新たな価値をつくっていくための大切な要素だと思っています。今回の取り組みを評価していただけたことで、多くの人たちがデザインやテクノロジーを用いて社会課題にチャレンジするきっかけになれば、と思います」

デザインの力で、伝統をつなげていく。

百田陶園の百田大成さん(左)と、デザイナーの柳原照弘さん(右)。400年の歴史をもつ有田焼の物語をつなぐ新たなブランドを生み出した。

日本有数の磁器として知られる有田焼。江戸時代より窯焼きの仕事に従事し、現在は有田焼の商社として伝統をいまに伝える百田陶園が、デザイナーの柳原照弘さんとの協働により2012年、まったく新しい有田焼のブランド「1616/arita japan」を誕生させた。「世界中で認められるスタンダード」を目指してつくられたこの新ブランドは、絵付けのないフラットな質感という、それまでの有田焼のイメージを一新するものとなった。伝統工法とモダンデザインとの妥協のない試行錯誤の末に生まれた作品は、発表直後にミラノサローネで大絶賛され、世界で注目を浴びることとなる。グッドデザイン賞ではグッドフォーカス賞〔技術・伝承デザイン〕を受賞し、登壇した百田大成さんは、1616/arita japanのデザインの特徴をこう説明した。

「有田焼といえば、絵付けがされたものという固定概念がありました。新シリーズでは非常に強度のある高密度の陶土を用いて、用途を限定しないフレキシブルな形状に仕上げています。これまでに培ってきた技術と経験をもとに、次の時代へつなげるのが1616プロジェクトの使命です」

1616/arita japanのコレクションは、柳原照弘による「スタンダード」(写真)と、オランダ人デザイナーのショルテン&バイングスによる「カラーポーセリン」、フランス人デザイナーのピエール・シャルパンによる「アウトライン」で構成されている。

ミラノサローネ出展後にはヨーロッパの若手デザイナーが有田を訪れ、3カ月間職人とともにプロダクトを製作するという「クリエイティブ産業協定」が結ばれ、国境を越えた文化交流という副産物をももたらした。そのような姿勢を、グッドデザイン賞審査委員は「産地の伝統を現代の生活につなぐテーブルウェアのデザインにより、国際的な発信も活発になされた。ものづくりをとりまく環境を、より豊かなものへ動かしていく良例」と評価している。

「国内で危機的な状況にあった有田焼が、いまでは海外での認知度がより高くなっています。デンマークやスウェーデンの3つ星レストランでも使われているんですよ。グッドデザインを受賞したことで、日本での認知度も高まったと感じています」と百田さん。今後は10年、20年と長い月日を経てもなお、世界中の食卓で使ってもらえるテーブルウェアをつくっていきたいという。

「柳原さんはよく、『デザインできる状況をデザインする』と言うんですが、我々のテーブルウェアがどんな空間で使われるのか、生活空間をイメージしながらものづくりを行うことが大切だと思っています」

歴史ある産地の文化を新たな解釈によって再生し、国境を越えて共振力を発する1616/arita japanの存在は、デザインが時代をつなぐことを教えてくれた。



人々の暮らしを、クリエイティブの力で動かす。

igokuのメンバーは、いわき市役所職員やフリーランスの地元クリエイターたちから成る。「自分たちが興味をもって読みたいか、楽しいと思えるか」を基準に、プロジェクトを進めている。

2019年度グッドデザイン賞において、ファイナリストに選ばれた5つの団体の中で唯一の地方発であり、形のないコミュニティデザインのプロジェクトであるigoku。「いごく」とは、いわきの方言で「動く」を意味する。「人は動けなくなるまで、動いていくもの。誰かがどこかで動いているからこそ、暮らしは成り立つ。その誰かの動きを伝えたい」との思いから、ウェブマガジン『igoku』はスタートした。

igoku編集部は、福島県いわき市地域包括ケア推進課の職員と、市内のクリエイター、エディター、ライターたちによって構成された官民共創のデザインチーム。ウェブマガジン『igoku』と『紙のigoku』を中心に、医療、福祉、介護、まちづくりなど、社会包摂に関わるさまざまなプロジェクトのデザインを行っている。その活動の特徴は、メンバー全員が「動く」こと。2020年春までigokuのプロデューサーを務めた、いわき市役所の職員である猪狩僚さん(上写真中央)が、プロジェクト立ち上げの経緯を語ってくれた。

「2016年4月、地域包括ケア推進課へ異動になり、地域のじいちゃんやばあちゃんの集まりから医療、介護など専門職の勉強会まで、いろんなところに顔を出しました。そこで老いや死といった普段目を背けがちなテーマを、本人が元気なうちに考え、大切な人に話しておくことが大事だと思ったんです」

医療や介護など専門職の人たちの情熱にも触れ、そのエネルギーを多くの人に伝えたいとチームを結成。

「93歳のヨガの達人や夜な夜なレイヴパーティを開いているじいちゃんとばあちゃんたちに出会い、彼らのたくましさ、楽しさに触れた体験を、さまざまな媒体で発信しています」

フリーペーパー『紙のigoku』。老・病・死をテーマに、地域や隣近所といったコミュニティのあり方を改めて見直す。いわきに暮らす人が本当に欲しい情報をどのように伝えるのか、というキュレーション的目線を大事にしている。
グッドデザイン賞受賞後は各所へ報告に行った。「『俺たちが受賞したんじゃない。いわきのじじいとばばあが受賞したんだ』で、受賞報告に行ったら、着物を着させられて、一緒に踊り祝いました(笑)」と猪狩さん。一人暮らしの高齢者が多い地域で、月に一度昼食や体操を共にする集いを開く「北二区集会所」での記念写真。

igokuの取り組みは幅広く、市民や医療・介護のプレイヤーも巻き込んだ体験イベントも展開している。年に一度のイベントでは、(自称)史上初「ペアで入れる」入棺体験用の棺桶を葬祭業者が作成し、アパレルメーカーがTシャツをつくり、魚の仲卸会社が地域のおばあちゃんたちと一緒に商品開発をするなど、さまざまなプレイヤーがigokuを中心に有機的に出会い、コラボしているのが特徴だ。

「よりよく死ぬことは、よりよく生きることにつながる。人生でいちばん大変だけど、いちばん大事な“最期”にもっと目を向けてほしいとの思いがあります。重いテーマではあるけれど、クリエイティブやエンターテインメントの力を使って、関心のない人たちにも興味をもってもらえたら」

これまでデザインやクリエイティブとは縁遠いと思われていた医療や介護、行政といった領域でも、その情熱や仕事の重要性、面白みをポジティブに発信することで、人材確保にもつながっているという。

「igokuの活動は、クリエイティブの地産地消という副産物も生み出しました。世の中にはデザインやクリエイティブを必要としている領域がまだまだたくさんあります。華々しいプロダクトデザインではないけれど、地域の問題を魅力として捉え、視点を変えて提案していきたい」

目玉商品やキャンペーンを目的とするのではなく、市民の抱える問題を新しい視点で捉え直し発信していくために、デザインの役割は限りない広がりを見せ始めている。

「共振力」が象徴する、いまデザインに求められる価値。

Gのマークでお馴染みのグッドデザイン賞。ロゴは1957年、グラフィックデザイナーの亀倉雄策によってデザインされた。

2019年度グッドデザイン賞の審査委員長を務めた柴田文江さんは、審査のテーマに「共振力」を挙げた。デザインの概念が広がり、デザインとして見立てられるものごとが増えた現在、審査の基準となるのは「いまの社会やこれからの社会のために私たちが納得し、共感できるか」という点だ。こうして生まれたデザインに新しい美の価値を見出し、業界や形、ことの違いを超越してより多くの人へ広く伝わってほしいという思いが込められている。

大賞を受賞した富士フイルムの「結核迅速診断キット」。操作手順が一目でわかるグラフィックと、検査者の技能を問わない簡便さが多くの共感を呼んだ。国外市場向け(2020年5月現在)。

2019年度の大賞を受賞した富士フイルムの診断キットは、そのようなテーマを象徴するものと言えるだろう。世界で年間160万人が死亡し、HIV感染の死因の筆頭になっている結核を安全・簡単に検査することができるこの製品は、富士フイルムが従来から開発してきたフイルムの銀塩増幅技術を全く新たなプロダクトへと実用化したものだ。くしくも新型コロナウィルスの脅威にさらされた現在、温故知新の発想が新たな道を切り開く可能性を示唆してくれた。

そして今回取り上げた4つのデザインの取り組みもまた、社会課題と真摯に向き合う姿勢が、多くの人に共感を与えるものとなった。デザインという言葉がどこまで広がりをみせ、世の中を変えるのか、我々も身近なところからその可能性に注視していきたい。

なお、2020年度のグッドデザイン賞はこのほど応募が締め切られ、これから審査が本格的に開始される。10月1日に結果が発表される予定だ。