2018年度グッドデザイン賞が決定! キーワードとなったのは“美しいデザイン”でした。

  • 写真:後藤武浩(インタビュー)
  • 文:小川 彩
  • 協力:公益財団法人日本デザイン振興会

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2018年度のグッドデザイン賞が決まりました! さまざまな分野に浸透する“グッドデザイン”は今年、どのようなものが選ばれたのでしょう? 新たに審査委員長に就任した柴田文江さん、副委員長になった齋藤精一さんのおふたりに、今年のグッドデザイン賞について聞きました。

今年も前年を上回る応募数を記録したグッドデザイン賞。60年目を迎えた昨年よりも約300近く増え、4,789 件のエントリーがありました。その背景には国内外の注目度だけでなく、デザインが関わる社会の領域がますます広がっていることが挙げられるでしょう。あらゆるものに「デザイン」というタグがついてもおかしくないいま、グッドデザイン賞が今年提起したのは、「美しいデザインへと昇華されているか」というメッセージでした。「美しい」という言葉はなぜ必要だったのでしょうか。柴田さんと齋藤さんが投げかけたこの言葉に込めたものをインタビューからひも解きました。

2018年の審査は、ここが変わった。

10月3日のグッドデザイン賞、グッドデザイン・ベスト100、グッドデザイン・ロングライフデザイン賞発表に続き、10月10日には特別賞審査などが開催される。
審査委員長を務めたプロダクトデザイナーの柴田文江さん。「審査委員の方々の高いポテンシャルを、審査や会議の場で引き出すのが私の役目でした」

今年のグッドデザイン賞を象徴する「美しさ」という視点を掘り下げる前に、まずグッドデザイン賞について改めて振り返ってみましょう。「Gマーク」の愛称でおなじみのグッドデザイン賞は、1957年に創設されて以来、日本で唯一の総合的なデザインの評価と推奨の仕組みとして広く知られています。プロダクトデザインや建築はもちろん、医療や産業のシステム、メディア、パッケージ、地方創生や町づくりなどの取り組みや、近年は働き方を改善する仕組みなど、意匠性が問われるものから目に見えないシステムまで、応募領域の幅が急速に広がっています。

審査委員には国内外のデザイナーや建築家、さまざまな領域のスペシャリストたち約80名が毎年選ばれ、半年間に及ぶ審査を行います。また、審査委員長と副委員長は、私たちの暮らしを豊かにする「よいデザイン」を発見するための方針づくりや、すべての審査のディレクションを担当します。今年4月、柴田さんと齋藤さんがエントリー募集時に発表した「美しいデザインへと昇華されているか」というメッセージは、今年の審査全体を通したテーマにもなりました。

3年間の審査委員を経て、副委員長に任命されたクリエイティブ/テクニカルディレクター・齋藤精一さん。

生活プロダクトや情報機器、モビリティや住宅などのユニットごとに応募を受け付け、書類選考を経て、現品審査と応募者プレゼンが行われる2次審査へと進みます。2次審査会場である幕張メッセの会場には、約3000以上もの応募作品が並べられます。「この会場の雰囲気を国内外を問わず応募者の方々に感じてほしい。いま、海外からの応募の審査は各国に審査委員が出張して行っていますが、海外からエントリーしてくださった応募者の方にも、日本の2次審査会場の雰囲気を感じていただきたいですね」と柴田さん。齋藤さんは「エントリーした作品がホールに並んでいる様子から、非常に高いポテンシャルを感じます」と、“場の力”について強調しました。この2次審査を通過するとグッドデザイン賞が確定。その中から「ベスト100」が非公開審査で選ばれます。

今年の2次審査の様子。ユニットリーダーになった審査委員が、各ユニットごとに選んだベスト100候補の解説を行う。
ベスト100選考会。審査委員長と副委員長、ユニットリーダーとフォーカスイシューディレクターが議論を重ね、その年を象徴するデザインを100点選ぶ。

金賞をはじめとする特別賞は、毎年ベスト100の中から非公開審査で選ばれていましたが、今年は初めてその審査の一部が公開されます。公開されるのは「ベスト100」に選ばれた方々のプレゼンと審査委員のやり取り。応募者によるプレゼンテーションが年々重視される傾向にありますが、それを直に見られるまたとないチャンスです。グッドデザイン賞に選ばれるデザインとは? デザイナーとの協業の仕方やデザインプロセスはどのようなもの? など、企業やプロジェクトでデザイナーの起用やデザインについて検討したい方は、さまざまな事例に学ぶ機会となるでしょう。この公開プレゼンの後に行われる非公開審査を経て、10月31日の授賞式で金賞とグッドフォーカス賞(2018年度創設)の特別賞を発表。最後に金賞の中から2018年の大賞が選ばれます。

グッドデザイン賞の審査は、未来の「美しさ」のタネ探し。

「デザインしたものの素晴らしさは、私たちを幸せにしてくれるかどうか、ということだと思います」と柴田さん。

今年の審査のキーワードとなった「美しさ」。実は柴田さんは2003年に初めてグッドデザイン賞に審査委員として関わったころから、このことを意識していたそうです。
「だいぶ前からデザインの領域が変化し始めて、ここ数年、以前にない分野からの応募が目立つようになり、デザインの領域がすごく膨らんだと思います。それは喜ばしいことですが、グッドデザイン賞では“それをデザインと呼んで良いのか?”と常に考えなければならないと思うんです。新規性や合理性であるとか技術面ももちろん大事ですが、私はあえて“美しい”という言葉を使うことで、もう一度デザインの役割を考えたかった。“そのデザインによって未来にすてきなことが起きるだろうか? いまこの瞬間は新しいけれども、何年か先を想像して、あの時デザインしたものによって、私たちが幸せになったといえるだろうか?” そういう起点となるようなものを探したいんです」

1970年発売以来、軽自動車唯一の本格クロスカントリー4WD車ジムニーがフルモデルチェンジ。「ジムニー/ジムニーシエラ」(スズキ)。
初代から12年ぶりにアップデートした、エンタテインメントロボット「aibo」(ソニー)。愛らしく丸みを帯びたデザイン、本体とクラウドを連携させたAI技術で感情表現がさらに豊かに。
宿泊施設「hanare」(HAGI STUDIO)。ひとつの建物を宿として完結するのではなく、銭湯や飲食店、商店街をホテルの機能と見立てることで、下町全体をホテルに。

柴田さんの提案に“いいですね!”とすぐに応えた齋藤さん。「美しさという言葉には、“総合性”という意味が隠れていると思うんです。もともと僕はパッケージやコンテンツのプロデューサーなので、4年前に審査に関わり始めた時、取り組みはいいんだけどインターフェイスがいまひとつとか、製品はとても良いのにパッケージやウェブサイトのデザインがもう一歩と感じることがありました。総合的に見て、すべての要素が美しいか。それがグッドデザイン賞の次のレベルであるような気がしていたんです」と振り返りました。そして、「以前は自分が関わっていたコンテンツ・パッケージのユニットの認知度を上げたり、底上げしたいという思いがありましたが、今回総合的に美しいかどうかという判断をするようになった。一個一個の分野をそのスペシャリストだけで判断するという時代から、分野外の人も入って考えようという意識を、審査委員のみなさんが持つようになりましたね」と続けました。

「かつてデザインを語る時にこむずかしい言葉を使うことが多かった」という齋藤さんに、「美しさってありふれた言葉だけど、あえて使うのには勇気がいる」と柴田さん。

柴田さんは、美しさという概念も変わってきているといいます。「ただ単にフォルムの美しさだけでなく、フェアだなとか、みんなにとってよいよねとか、過剰じゃないねとか、シェアできていいよねとか。いろいろな美しさを審査委員のみなさんが意識をして審査をしてくれた。“何年後かにいいねと感じてもらえるようなものを”という私たちが議論を重ねた意図に対して、すごくウェルカムだったんです」。デザインの世界が広がり、こうなったらなんでもデザイン、誰でもデザイナーと呼べるのでは、となりそうな風潮に、“美しい”という価値観の幅の広い言葉を投げかけたお二人。今回のグッドデザイン賞の審査のプロセスでは、あらゆる要素を見ながらトーンを調整していく、現代のデザイナーの役割の大切さが浮かび上がっていたような気がします。

「ミズベリング・プロジェクト」(ミズベリング・プロジェクト事務局)。河川敷などの水辺空間を活用する事例紹介やイベント開催など、官民を超えた町づくりの取組み。
「はじめてばこキャンペーン」(電通+テレビ新広島+テレビ愛媛+テレビ長崎+青森放送+石川テレビ+テレビ西日本+鹿児島テレビ)。各県で生まれた赤ちゃんを祝福するプレゼントボックス。

いま必要なのは総合力? 拡張するデザイナーの役割。

「グッドデザイン賞を受賞したものが、“あの時代から始まったんだ”というひとつの指標になればと思います」と齋藤さん。

ベスト100の審査を終えたお二人に、今年のグッドデザイン賞の傾向を振り返っていただきました。柴田さんは「家電メーカーや広告代理店など、企業や応募者が持っている純粋なドメインのいちばんいいところが出ていたものが印象に残りました。またデザインに真摯に取り組んだ良さが現れているものも見ることができました。全体的にものづくりや開発において、本当の意味でデザインがごく普通のこととして取り入れられるようになったのでは」と感じたそう。

齋藤さんは「デザイナー、ものをつくっている人、そして現場の方たちの多くが、“どれだけ美しくするか “に取り組んでいる。意識が変わってきたことを感じます」と続けました。実際にベスト100を選び終えたとき、総合的に見て作品の顔ぶれがなんだかきれいだね、という声が審査委員の方からも上がったそうです。

「カリスマ性のあるものはないかもしれないけど、本当に普通のこととして内側から滲み出てくるデザインを感じるものがあった」と柴田さん。

齋藤さんは、メーカーはじめ企業やプロジェクトをスタートする方にとって、グッドデザイン賞はベンチマークになるべき、といいます。
「例えば街づくりのプロジェクトにおいて、過去の受賞作品と比較して、現在どこまで到達できているか、という判断基準になればよいと思います。レビューして足りなかったここの部分はプロに頼めばいい、という改善もできるわけです。受賞作品が、あの時代のこのデザインから始まったんだ、というひとつの指標になればいいですね」。柴田さんは「街で暮らしながら、どこにいったらこのデザインや問題が改善されるの? と思うことってたくさんありますよね。それに対して応えられるものがグッドデザイン賞にあると思います。例えば東京駅の駅前広場がひとつの典型例。パブリックスペースで素晴らしいと思うものになかなか出合えませんが、みんなが“うちの街っていいでしょ”と誇らしく思えるものを生み出すために、未来の方向性を評価できたのでは」と、賞の役割を再認識したといいます。

「スターバックス リージョナルランドマークストア」(スターバックスコーヒー)。日本各地の文化や伝統技術を店舗デザインに落とし込み、地域の誇りとなる空間を創造。
「アルプロード 23NP」(オカムラ)。空港や駅などのロビーチェア。耐久性やメンテナンス性だけでなく、パブリックスペースの風景を意識したシンプルなデザイン。
「丸の内駅前広場から行幸通りに繋がる景観」(東日本旅客鉄道+東京都)。東京駅から皇居に至る首都東京にふさわしい顔を、と都市空間を整備した好例。

2018年の審査を通じて、齋藤さんは「60年続いているグッドデザイン賞のDNAに学んで、デザイナーってこうあるべき、という(認識の)ギアが、ひとつ違うところに入った気がします。現在は特別なデザインが誕生しにくいといわれますが、突飛なものよりも、ちゃんと周囲に馴染んでいたり、ポテンシャルの高さが重視されている」と感じたそうです。柴田さんは、今年ベスト100を受賞したスターバックスのリージョナルランドマークストアを例にとって、ひとつ良い事例が現れると、社会や街全体にインパクトを与えることができる、とデザインの可能性に触れました。

「本当の意味でみんなが喜ぶデザインが、実を結び始めていると感じました。本音はもっとできてほしいけど(笑)、みんなに受け入れられるものでよいものが理想だし、そのようなデザインをこれからグッドデザイン賞で見つけていきたい。(そのデザインが実現する)未来が美しいこと。そういう風にしてくれてありがとう! と言いたくなるデザインがもっと増えるといいな、と思います」

2018年のグッドデザイン賞が選ばれる過程から見えたのは、デザイナーに求められる意識がより総合的で、パブリックなものへと変化してきたことでした。時間をかけて世の中に送られるさまざまなジャンルのデザイン。背景を深掘りして見ると、さらにその面白さを発見できるでしょう。

審査委員長の柴田文江さんと、副委員長の齋藤精一さん。二人が参加するトークイベントも開催されるグッドデザイン賞受賞展は、10月31日から東京ミッドタウンでスタート。また、GOOD DESIGN marunouchiでは、10月3日から毎年好評の企画展「私の選んだ一品 2018年度グッドデザイン賞 審査委員セレクション」も行われます。

私の選んだ一品 2018年度グッドデザイン賞 審査委員セレクション
開催期間:2018年10月3日(水)~11月4日(日)
開催場所:GOOD DESIGN Marunouchi 東京都千代田区丸の内3-4-1 新国際ビル1F
開場時間:11時~20時 会期中無休
入場無料  
www.g-mark.org/gdm


グッドデザイン賞受賞展「GOOD DESIGN EXHIBITION 2018」
開催期間:2018年10月31日(水)~11月4日(日)
開催場所:東京ミッドタウン 東京都港区赤坂9
開場時間:11時~20時(最終日は18時まで)
入場料:1,000円(税込、5日間有効)  
※会場内一部無料エリアあり/大学生以下無料

●問い合わせ先/日本デザイン振興会 http://www.g-mark.org