遠い? 近い? デンマークと日本のデザイン文化を再考する、金沢21世紀美術館「日々の生活―気づきのしるし」展へ。

  • 文:土田貴宏

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日本とデンマークの外交関係樹立150周年を記念した展覧会が、金沢21世紀美術館で開催されています。斬新な視点でふたつの国のデザインをとらえた会場には、暮らしに根ざした美しさとともに数々の驚きがありました。

デンマーク人デザイナーのセシリエ・マンツがキュレーションしたセクション「MATERILITY」より。キュレーター:セシリエ・マンツ+原研哉 photo:Takahiro Tsuchida

金沢21世紀美術館で「日々の生活―気づきのしるし」展が始まりました。日本とデンマークのデザイナー、アーティスト、建築家たちによる数々の作品を通して、ふたつの国の文化や創造性を多方向から見つめる意欲的な展覧会です。デザインを大きなテーマとしていますが、両国の模範的なプロダクトが並ぶような、ありきたりなデザイン展ではありません。来場者は、生活とデザインとの結びつきについてさまざまに思いを巡らし、考えさせられることになるのです。斬新な視点で展開されている展示の一部をレポートします。

日本デザインの思想と、デンマークデザインの概念。

《無印良品の思想の表象としてのタグシステム》2017 キュレーター:原研哉 撮影:木奥惠三 写真提供:金沢21世紀美術館

展覧会の冒頭のセクションでは、無印良品の商品についているタグやラベルを拡大したものが、床全体にディスプレイされています。無印良品は、個々の商品を誰がデザインしているかを明示しませんが、そのクオリティと世界的な人気を考えると、日本で最も成功しているデザイン企業と言えるでしょう。ここに並んだタグやラベルは、商品名、商品の説明、サイズ、生産国、価格などが厳格なルールに従って記されています。商品がなくても、こうした情報だけで独自のデザイン思想が伝わってくるのです。この展示を手がけたのは、日本を代表するグラフィックデザイナーであり、無印良品のアドバイザリーボードを務める原研哉。このブランドについての強い自負を感じさせる空間になっています。

4つのテーマに基いてデンマークデザインを象徴するアイテムを展示した「MATERIALITY」。photo:Takahiro Tsuchida
新旧の4脚のスツールが展示されたコーナー。時代の経過とデザインの変化が示されている。photo:Takahiro Tsuchida

「MATERIALITY」と題されたセクションでは、展覧会の共同キュレーターを務めるデンマーク人デザイナーのセシリエ・マンツが、彼女の感性を最大限に発揮しています。ここに集められたのは、家具、照明器具、電気製品、陶磁器など、デンマークのデザイナーや企業がつくり上げてきたもの。多くの人々が日常的に使っているプロダクトから、アートピースに近い工芸品まで、ジャンルは多様です。それらが「受け継がれた時間」「ほとんど何もない」「機能性」「表現豊かな技巧」という4つのテーマに選別され、セシリエならではの美意識に基いてディスプレイされています。

「この4つの分類により、私がデンマークのデザインをどうとらえているかがわかるでしょう。つまり、私たちデンマーク人が遺産を礎に発展させてきたものとして、無に限りなく近いものとして、何よりも機能的なものとして、そして個人の表現的なメッセージとして、です。特に日本の人々が気づいていない、または目にしにくいものを選びました」とセシリエはコメントしています。彼女のセレクトは、日本人の多くが思い浮かべるデンマークデザインの名作に比べて、デザインの概念がはるかに広く、身近で、インスピレーションに富むものであることを伝えます。じっくりと読み解くように鑑賞したいコーナーです。

デンマークのベン アンド セバスチャンによる《空虚部門》はコンセプチュアルな現代アート。撮影:木奥惠三 写真提供:金沢21世紀美術館
伊藤孚がガラスを素材に制作した《線/影(丸)》。撮影:木奥惠三 写真提供:金沢21世紀美術館

その次のセクション「VOID/AIRY(無/有)」では、デンマーク人アーティストのベン アンド セバスチャンの作品《空虚部門》と、金沢21世紀美術館が所蔵する日本人アーティスト伊藤孚の作品《線/影(丸)》を展示しています。《空虚部門》は、ベン アンド セバスチャンがコペンハーゲンのデザインミュージアムで見つけた、由来も機能も不明のケースにインスパイアされて制作されました。作品を見る人は、その謎を共有して、解き明かされることのない、もしかすると存在すらしない答えに想像を膨らませます。一方、《線/影(丸)》は、平面のガラスに線を彫り、球や立方体を浮かび上がらせたものです。本来、無関係な2つの作品の対比を通じて、存在と不在という根源的なテーマに対する意識の違いが無言のうちに示されるのです。

ふたつの国で通じ合う精神と美意識。

昭和初期のこぎん刺しを撮影した呉夏枝の写真と、被写体となった着物。撮影:木奥惠三 写真提供:金沢21世紀美術館
デザイナー、ルイーズ・キャンベルが制作した紙のオブジェ(部分)。photo:Takahiro Tsuchida

「TIME」というセクションでは、日本とデンマークにおいて、途方もない時間と手間をかけて生まれたものが対比されます。ひとつは、津軽地方で昭和初期につくられたこぎん刺しの着物を呉夏枝が撮影した写真で、その現物も一緒に展示されています。無名の作者の息づかいさえ伝わるような、素朴にして精緻な着物の姿は、日本の民芸の魅力にあふれています。もうひとつの作品はデンマークのデザイナー、ルイーズ・キャンベルが今回のために制作した立体作品《思い出す》。1cm幅の紙の輪を無数につなぎ合わせることで、雄大なランドスケープのような、または海洋生物のような、ミステリアスなオブジェとしています。時代も、距離も、目的も大きく異るふたつのものづくりですが、共通する精神のあり方を感じることができます。

セクション「HOME」にて、ハンス・J・ウェグナーやポール・ケアホルムの家具を並べたダイニングのシーン。柳宗理らの食器も組み合わせてある。photo:Takahiro Tsuchida
デンマークの新進デザイナーの家具に、イサム・ノグチのランプやミナ ペルホネンの服を合わせたコーナー。photo:Takahiro Tsuchida
キッチンウェアやテーブルウェアは、日本とデンマークで共通する美意識を感じさせる。photo:Takahiro Tsuchida

展覧会中、最も広いスペースを使って展示しているセクション「HOME」では、セシリエ・マンツと原研哉の共同キュレーションにより、デンマークと日本の暮らしを構成するさまざまなものをコーディネート。ハンス・J・ウェグナーの椅子やイサム・ノグチの照明器具から、バルミューダの炊飯器のような最近のプロダクトまで、おなじみのデザインの名作も並んでいて、ふたつの国のデザインの豊かさを体験できます。ここであらためて実感するのは、デンマークのデザインと日本のデザインの相性のよさ。その相性のよさは、キュレーターふたりの視点の反映でもありますが、不思議なほどしっくりくる感覚があるのです。

「このセクションに展示されている竹かごは、私が展覧会を通じて特に気に入ったもののひとつでした。竹かごのようにシンプルで日常的なものに、相当の時間が費やされていることを知ると、人々は製品の価値を意識します。子どもは特に、こうしたものの品質、クラフツマンシップ、ものづくりにおける違いを学ぶべきです。なぜ、どうやってそんな形になったのかを知り、見識として得るためです」とセシリエは述べます。

「MEMORY」の棚に並んだデンマークと日本の雑貨。photo:Takahiro Tsuchida

「MEMORY」というセクションは、来場者が参加できるユニークな試みです。その棚には、展覧会の初日、今回のキュレーターを務める金沢21世紀美術館の黒澤浩美学芸員とセシリエ・マンツが用意した、日本とデンマークの多様な雑貨や日用品が並んでいました。たとえば家具の材料のサンプル、キティちゃんの置物、コペンハーゲン郊外にあるルイジアナ美術館の紙コップなどです。そのひとつひとつには、以前の持ち主のメッセージを記したタグがつけてあります。来場者は、その中から持ち帰りたいものを見つけたら、自分の持ち物に同じようにメッセージを添えて交換できるのです。この企画には、既存のカテゴリーや作者の有名無名にこだわらずに展覧会をつくり上げた、ふたりのキュレーターのスタンスが表れているようです。

建築家やファッションデザイナーの作品も。

三分一博志の《風、水、太陽の社》は、美術館の内部に建てられた体験型の作品で、建物の内部に入ることができる。撮影:木奥惠三 写真提供:金沢21世紀美術館

金沢21世紀美術館の特徴的な光庭部分には、デンマーク王立芸術アカデミーで教授を務める建築家、三分一博志による《風、水、太陽の社》があります。社の中を進み、内部にある階段の前で立ち止まると、太陽がつくる風の動きによって紙紐が揺れる様子が見えるというものです。デンマークは冷涼で資源の乏しい国でありながら、国民が工夫を凝らして自然からの恵みを活用し、社会を発展させてきました。原子力発電所を持たず、電力需要の約4割を風力発電で賄っていることも、そのひとつの例です。日本と比べると、共通する部分も、大きく異なる部分もあるわけです。自然の働きと建築を融合したこの作品には、現代の社会の中で忘れられがちなものを見つめ直そうという意識を感じます。

ヘンリック・ヴィブスコフのインスタレーション《The Repetive Clean(繰り返し洗う)》。撮影:木奥惠三 写真提供:金沢21世紀美術館

ファッションデザイナーとして活動するヘンリック・ヴィブスコフは、そのコンセプチュアルな表現で世界的に注目される存在。この展覧会ではファッションから距離を置き、新たなインスタレーション作品《The Repetive Clean(繰り返し洗う)》を手がけました。キッチンのような設備と陶器の皿などで構成されたもので、毎日繰り返される家庭での皿洗いがテーマになっています。大胆に用いられた赤は、日本の国旗にもデンマークの国旗にも用いられている色。特製の皿は日本的でもありますが、見たことのない形で、割いた竹がセットされています。彼の豊かなイマジネーションは、日本の誰もがイメージする北欧流のクリエイションをあっさりと裏切るものではないでしょうか。そこには一種の爽快感すら覚えます。

フィン・ユールやボーエ・モーエンセンら巨匠たちの名作椅子も並ぶ「CHAIR PARADE」。photo:Takahiro Tsuchida

「CHAIR PARADE」と題されたスペースには、日本とデンマークの椅子が15脚ずつ展示されています。それぞれの国でデザインの名作として広く知られているものも多く、いずれも実際に座って休息を取ることができます。「ここに並んだいろいろな椅子に座ってもらえたらうれしいです。見るだけでなく、感じてください」とセシリエ。「日々の生活―気づきのしるし」展は、観て楽しむために頭を使うことになる展覧会です。こうして休める場所が展示の一部として用意されているのは、なかなか気が利いています。

一方、この展覧会を観ていくと、よく知られた椅子のデザインが、2つの国のクリエイションの一面にすぎないことがわかります。また展覧会の中では、デンマークの作品と日本の作品がしばしば対比されますが、それらは共通性とともに意外なほどの多様性を伝えています。日本とデンマークの間に交流が生まれて150年。その間、両国は時に影響を与え合いましたが、計り知れない距離があったのも確かです。この展覧会は、そんなふたつの国のオリジナリティが異なるものでありながら、その違いを超えて美しく共振する様子を浮かび上がらせています。

「日々の生活─気づきのしるし」

開催期間:2017 年8月5日(土)〜11月5日(日)
開催場所:金沢21世紀美術館
金沢市広坂1-2-1
TEL:076-220-2800
開館時間:10時〜18時(金・土曜日は20時まで)
休館日:月(9月18日、10月9日、10月30日は開場)、9月19日、10月10日
入場料:一般¥1,000
www.kanazawa21.jp