Feature Design ヨーロッパの辺境から新しい建築の姿を模索した、北欧の巨匠アルヴァ・アアルトを追って。

ヨーロッパの辺境から新しい建築の姿を模索した、北欧の巨匠アルヴァ・アアルトを追って。

写真・文:山田泰巨

今年、生誕120年目を迎えるフィンランドの建築家、アルヴァ・アアルト。20世紀を代表する建築家であるのはもちろん、家具や照明器具、ファブリックなどさまざまなアイテムで今日まで北欧のモダンデザインを牽引する存在です。なぜアアルトは誰より早く地域性に目を向け、温かみある建築や家具を実現できたのか。その作品をひも解きながら、魅力の源泉をたどりましょう。

ヨーロッパの辺境から新しい建築の姿を模索した、北欧の巨匠アルヴァ・アアルトを追って。

わずか35歳のアルヴァ・アアルトが1933年に完成させた「パイミオのサナトリウム」。松林のなかに突如現れるモダンな建築は、完成から85年を経たいまも色褪せません。煙突に付帯する白い筒は煙突の熱を使って水を温めていた装置。モダンなデザインと細部へのこだわり、そして実験性に富んだ初期の名作です。

まもなく19世紀が終わろうとする1898年、アルヴァ・アアルトはフィンランドの小さな街、クオルタネに生まれました。測量技師の父が、この地で森林を調査し管理をしていたのです。やがてその父が町議員に選出されたことから、家族はフィンランド中部にあるユヴァスキュラへ居を移します。アアルトは、後年にいくつもの名作を遺すことになるこの街で大学入学までを過ごしました。幼年期から絵を描くことが好きだった彼は地元の画家に絵を習い、14歳の頃には新聞や書籍の表紙用に絵が購入されるほどの腕前だったといいます。

やがてアアルトはヘルシンキ工科大学に入学しますが、学生時代にフィンランドは激動の時代を迎えることになります。入学の翌年にフィンランドがロシアから独立。続いて始まった内戦ではアアルト自身も独立を守る運動に参加しました。やがて情勢が落ち着き、大学卒業後の23年にはユバスキュラに自身の設計事務所を設立。翌年には建築家のアイノ・マルシオと結婚しました。キャリアの最初期であるユバスキュラ時代には、後に北欧古典主義と呼ばれる装飾的な様式を用いていたアアルト。しかしアイノ・アアルトとの新婚旅行ででかけたヨーロッパでの体験を経て、その目はモダニズム建築へと向けられるようになります。

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