山形県庄内から次世代の街づくりを発信する、「ヤマガタデザイン」の新たな試みとは。

  • 写真:宇田川 淳
  • 文:西田嘉孝

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東北地方の人口減少エリアでありながら、いま日本で最もポジティブなエネルギーに満ちている地方都市のひとつである山形県鶴岡市。そのエネルギーの源泉を探るべく、山形県庄内地方において完全地域主導の“街づくり”を提案する、「ヤマガタデザイン」のオフィスを訪ねました。

完成間近の「ショウナイホテル スイデンテラス」の前に立つ、「ヤマガタデザイン」の創業者で代表取締役を務める山中大介さん。

美しい水田風景が広がる山形県庄内地方。この地で“街づくり”を行う「ヤマガタデザイン」のオフィスは、合成クモ糸繊維「クモノス」の開発に成功したスパイバーをはじめ、世界的に注目されるバイオベンチャー企業が集う鶴岡サイエンスパークの一角にあります。

ゼロから産業を生むための基礎研究に着目し、鶴岡市が市内の約21haの未整備地を活用した「サイエンスパーク構想」を打ち出したのは1999年のこと。2001年に慶應義塾大学先端生命科学研究所の誘致に成功したことを皮切りに、現在まで6社のベンチャー企業を生むなど、地方創生の成功モデルとして大きな注目を集めています。

しかし、ベンチャー企業群の急激な成長のスピードに行政主導の開発では追い付かなくなり、約21haのうち未整備の14haは取り残されてしまう状態に……。こうした未整備地の開発を引き継ぐことになったのが、大手不動産ディベロッパーを退職し、ふらりと地縁のないこの地に足を踏み入れた山中大介さんです。偶然か必然か――。どちらにせよこの運命的な出合いが、山形県庄内を大きく変える街づくりカンパニー、「ヤマガタデザイン」誕生のきっかけとなったのです。

その地域に必要なものを、すべて自分たちでつくるという決断。

「その地域に住んでいるからこそ見える課題は多く、我々がやることは無限にある」。そう話す30代の山中さんをはじめ、若手メンバーが中心になって自分たちの街をデザインしていく。

ヤマガタデザインの創業者で代表取締役を務める山中大介さんは、もともと三井不動産で商業施設の開発などを担当していました。「周囲の人たちとの関係もよくてやりがいもあり、居心地のいい会社だったのですが……。会社の枠を超えた自分にしかできない、大きな価値を生む仕事がしたいと考えるようになり、思い切って退社したのです」と、山中さんは当時を振り返ります。

その後、家族ぐるみの付き合いをしていた友人の父親だった、慶應義塾大学先端生命科学研究所所長の冨田勝さんに誘われ、視察がてら鶴岡サイエンスパークへ。一度はスパイバーに入社するものの、民間主導での開発を求める周囲の期待が高まる中で、鶴岡サイエンスパークの未整備地開発を手がけるヤマガタデザインを設立。山中さんが家族とともに庄内に移り住んでわずか数カ月後の、2014年8月のことでした。

今年8月1日よりプレオープンとなる「ショウナイホテル スイデンテラス」。木材を基調とした自然と調和するミニマルなデザインだ。スタートアップのベンチャー企業や学生のグループには、ドミトリー(相部屋タイプの宿泊施設)としても開放される。
143室が用意される客室の特徴は「くつろげる広さ」。最も小さなダブルの部屋でも22㎡と、通常のビジネスホテルに比べておよそ2倍の広さで、滞在するすべての人がゆったりと過ごすことができる。

当初は資本金10万円からのスタート。社員数は年々増えて現在は約50人のチームに拡大し、事業内容も鶴岡サイエンスパーク内の未整備地開発から庄内地方全体の“街づくり”へと急速なスケールアップを遂げているヤマガタデザイン。

「たとえば、鶴岡サイエンスパークが世界的な注目を浴びているからといって、地域の人にとっては遠い話ですし、やはり温度差がある。サイエンスパーク構想の本来の目的である、Iターン人口を増やそうという話にしても、外から移り住んだ人と地域に住む人が断絶しているのでは意味がありません。どこで生まれようが、庄内地方で住むことには変わりない。結局は地域に住む人も外から来た人も、誰もが暮らしやすい環境をこの地域につくる必要があります。そう考えてみると、自分たちが庄内地方に移り住んでみて、この地域に必要だと思うものはたくさんある。そうした地域に必要なものを、我々はすべてつくろうと考えているのです」

地域の子育て支援施設としての役割をもつ「キッズドーム ソライ」。名称は、江戸時代の儒学者である荻生徂徠(おぎゅうそらい)が提唱し、庄内藩が長く教育指針として採用した徂徠学から名付けられた。
徂徠学教育のベースにある「天性重視、個性伸長」をキーワードに、子どもたちが自由な発想で過ごせる遊びや学びの空間をシームレスに配置。科学から伝統工芸まで、教育プログラムの充実も図られる。

2018年9月には、143の客室を備えた交流宿泊施設「ショウナイホテル スイデンテラス」と、全天候型の子ども向け遊戯施設である「キッズドーム ソライ」を鶴岡サイエンスパーク内にオープン。建築界のノーベル賞とも評されるプリツカー賞の受賞歴もある建築家の坂茂さんが、両施設の設計を手がけています。

その名の通り、まさに水田に浮かぶように立つホテルのコンセプトは「自然体で過ごす交流と滞在の拠点」。空間を広く取った客室に加え、水田を眺めながら酒を酌み交わせるテラスや源泉かけ流しの温泉、フィットネススタジオやビジネスルーム、地元産の食材を使った料理を提供するレストランなど、滞在者と地域の人々が交流を図れる共用スペースも充実しています。

一方のキッズドーム ソライのコンセプトは、「本能と創造性が爆発する遊び場」。世の中に存在するすべての色や建築資材などのあらゆる素材、さらにはそれを加工するための道具やサイエンスツールなどが揃い、訪れる子どもたちは自由に使うことができます。また、この場所でつくった作品をグローバルに発信できる仕組みや、鶴岡サイエンスパーク内の企業に勤める技術者と子どもたちが交流できるプログラムなども準備される予定です。

地域の自然や資源を、“カッコよく”デザインするということ。

「地域がリスクを取らない街づくりに活路はない」と語る山中さん。同社の基本理念は「ノブレス・オブリージュ」。欧米社会における道徳観を表すこの言葉を直訳すれば、「責任ある者が負うべき義務」となる。

「庄内地方に住民票を移すことが、当社の数少ない入社条件です。ホテルにしても子どもたちの遊び場にしても、地域の人間である我々が、この地域に必要だと感じたからつくったもの。どちらも観光施設とは考えていません。地域の人が喜んで活用してくれて、その上で『面白い施設があるからおいでよ』と知り合いを連れてきてくれるようになればいいな、と。そもそも庄内地方にも魅力的な観光資源はありますが、地元の人が自分たちの住む土地の魅力に気づいていなかったり、面白がっていなかったりしますよね。それは他の地方都市でも同様ですが、だからこそ今回のホテルのように、地域の魅力をカッコよくデザインすることが大切になると思うのです」

地域の魅力を“カッコよく”デザインする――。山中さんが語ったそのキーワードは、現在ヤマガタデザインが進める数々のプロジェクトに共通するものです。たとえば、鶴岡市内の豊田地区で展開される「イロドリ」プロジェクト。2017年に古民家や蔵を“リ・デザイン”してオープンした「ファーマーズ ダイニングカフェ イロドリ」では、無農薬で育てられた地元の米や野菜、庄内豚や地鶏などを使ったカレーやルーローファン、ガイヤーンといったエスニック料理が提供されています。

「地元の農家の人には『そんな食べ方だと味がわからない』と怒られますが(笑)、これからの時代にオーガニックは当たり前ですからね。和食は家庭でいつでも食べられますから、地元の米や野菜をそうじゃない料理に“デザイン”して、若い人たちに山形県庄内の食材をより身近に感じてもらおうという試みです」

鶴岡サイエンスパークから少し離れた田園地帯にある「ファーマーズ ダイニングカフェ イロドリ」。ショップである左の蔵と合わせて古民家を“リ・デザイン”したものだ。
併設されたショップに並ぶのは、山形の日本酒やワイン、加工食品などを中心に、国内外からセレクトされた食材。地域の生産者たちに、新たな発想を与える場としても機能する場所だ。

カフェに隣接するエリアでは、12棟のハウスを設置して無農薬野菜を栽培。現在の生産能力は年間約150t、3年後にはハウスを100棟まで増やし、年間1500tの収穫を目指します。

「野菜づくりを始めたのも、庄内地方では冬場に野菜を生産する農家がなかったからです。これだけの農地があるのに高い物流コストを払って他県の野菜を食べるのもおかしな話ですから、それなら我々がつくろうと。農業については、庄内地方から将来的に、農薬の使用をなくすことも我々のミッションと考えています。いま計画を進めているのは、農薬を使わずに米づくりをするためのプラットフォームの提供や、収穫された米をJAよりも高く買い取れる仕組みづくり。既に農作物加工場の建設も予定していますが、この仕組みができて計画が進めば進むほど、庄内平野が自然な形に戻っていく。次の世代に街を残すという意味でも、農薬を使わない農業の実現はとても重要だと思っています」

カフェの窓の外には、まさに日本の原風景ともいうべき田園地帯が広がる。取材時は平日だったが、木の温もりが感じられる店内には、昼時になると多くの地元の人たちで賑わっていた。
庄内豚のルーローファンと白米のセット¥980(税込)。白米は酵素玄米に変えることも可能。他にも山形ハーブ鶏のガイヤーンやカレー、汁なし担々麺などがメニューに並ぶ。

厳しさを増す都市間競争を生き抜くための施策が、いち民間企業から次々と打ち出され、驚くべきスピードで実現されていく――。その背景にあるのは、地域の人々を巻き込んだ圧倒的にポジティブなエネルギーです。そしてもちろんその中心には、約5年前にふらりとこの地に降り立った山中さんが率いるヤマガタデザインというチームがあります。

「私自身、勉強したら人はなんでもできると思っていますし、街づくりには大手資本やマーケティングのロジックを超えた、“できる”というポジティブなエネルギーが重要だと思います。我々が地元の人たちから応援してもらえるのは、すべての施設や人への投資を自分たちが借り入れた資本で行うなど、地域の人間としてリスクを取ってチャレンジしているから。資本金10万円からスタートして、現在では約40社の地元企業や地銀にも支援していただいていますが、今後は庄内地方に住む約27万人の人たちが、当社に直接投資できるような仕組みもつくりたいと考えています」

このように今後の展望を語る山中さんの熱い思いや理念、そして人柄に魅せられ、遠く広島やアメリカなど国内外からも優秀な人材がヤマガタデザインに入社しています。もちろん、彼らは山形県庄内に移り住み、自身や家族の幸せな暮らしを模索しながら、地域の人たちとともにワクワクする街を、カッコよくデザインしていきます。

ヤマガタデザイン

問い合わせ先/ヤマガタデザイン
TEL:0235-26-9107
www.yamagata-design.com